153_晩餐と本音
アールさんが最後に用意してくれたデートプランは、展望台の近くに立つ、高級そうなレストランだった。身なりのいい紳士淑女に囲まれて緊張していたの束の間。アールさんの軽快なトークで緊張もほぐれて、私達は絶品の晩餐に舌鼓を打った。
「んん……! この白身魚のカルパッチョ、最高に美味しいです。白身がぷりっぷりで、でもアッサリしていて果実酒にも合いますね!」
私は好物の魚料理を食べてご機嫌だった。肉厚だけど淡白な身に、特性のソースが絡んで本当に美味しい。あっさりした味わいだけど、満足感がある。
「ルナさんは、魚がお好きなんですか?」
「はい。祖父もよく魚とお酒で晩酌をしていました。私が一度お酌をしたときなんて、感激して泣いちゃって」
遠い昔の記憶だ。幼い頃、祖母を真似て祖父に酒をついであげたことがある。感動屋の祖父は何故か涙ぐんで、『お嫁に出したくない』なんて言ってたっけ。
「……って、こんな話つまらないですよね。すみません」
「とんでもない! ルナさんのご家族や故郷の話、とても興味がありますよ。続けてください」
アールさんは気を悪くするどころか、興味深そうに話の続きを促してくれた。お酒も相まってか、口が軽くなる。私はビョルンさんにもまだ話していなかった、故郷の話を口にした。もちろん、異世界であることは伏せて遠くの国だと言っているけれど。
アールさんは、私のどんな話題にも興味深そうに相槌を打ってくれる。でも私だって、アールさんの話に興味があるから話を聞きたい。
「アールさんのお店には、どんな魔法道具があるんですか?」
「火や水を出す魔法、風を起こす魔法を付呪した魔法道具が重宝されますね。他にも、ゴーレムを召喚する魔法なんかもありますよ」
「ゴーレムって?」
「機械人形よりも簡易な自動人形ですよ。ゴーレムに知能がなく使いどころが限られると言われますが、そんなことはありません。子供の遊び相手だってできるんですよ」
「ふふっ、楽しそう! その光景、見てみたいかも」
「えぇ、もちろん。なんでもお見せしますよ!」
そんな風にお互いの話をしていると、いつの間にか三本のボトルが空になっていた。さっぱりした果実の酸味ののどこしがクセになって、グイグイと進んでしまう。今日はお休みだしいいよね、なんて心の中で思いながら最後の一滴を飲み干した。
デザートとして提供されたのは、色鮮やかなフルーツのタルトだった。甘くてとろけるようなカスタードに、甘酸っぱい果実が口の中で弾ける。そんな甘味に脳まで蕩けてしまって、私は思わず本音を漏らした。
「今日は本当に楽しかったです。ビョルンさんとは、こういう観光名所に行ったことなくて」
「そうなんですか? お二人はとても良い関係に見えましたけれど」
グラスをくるくると揺らしながら、アールさんが優しく問いかける。その目はどこか不安げで、怯えているようにも見える。私は安心させるように微笑んだ。
「彼は恩人で、ビジネスパートナーですよ」
そう、ビジネスパートナー。私がこの世界で生き抜くための唯一の手段。彼なしでは、きっと私はこの世界で生き残ることができなかっただろう。
「彼と一緒にポーションを売り歩くのが、私の仕事なんです」
アールさんは私の言葉に頷いて、視線を落とした。何かを言いたげな、迷うような表情。私が頷いて促すと、言葉を選びながら紡いだ。
「それは、その……本当にルナさんのやりたいこと、なんですか?」
「え?」
「率直に言うと、あなたのことを心配しているんです」
思いもよらなかったアールさんの言葉に、私は驚きの声を漏らしてしまう。私の表情を見て、不安げにアールさんは話を続けた。
「昔……僕がまだ駆け出しだった頃の話なんですが。僕にもビジネスパートナーがいたんです」
『いた』という過去形を使うということは、今はもういないということ。それはきっと、良い理由ではないことが予想できた。
「彼のことは兄のように慕っていました。憧れで、追いつきたくて。港でがむしゃらに働いて、ようやく店を出せるくらいの資金を稼ぐことができたんです」
アールさんは一度深く息を吐いて、悲しげにぽつりと言い放つ。
「事業が軌道に乗った頃、突然彼は姿を消したんです。僕たちが稼いだ資金を全て持って。あとから知った話ですが、当時の恋人と駆け落ちしたそうです」
「そんな……」
「僕は無一文になり、ホームレスになりました。そこから這い上がるまで、五年以上はかかったんですよ」
あまりにも悲痛な表情に、私は言葉を失った。アールさんは悲しげに、しかし無理に口角をあげて言う。
「そのおかげで今の僕があるんです。今となっては、感謝していますよ」
アールさんの顔が痛々しくて、胸が詰まる。私は食べかけの皿に視線を落として、カトラリーを置いた。アールさんの心の傷は癒せないけれど、話を聞くことはできる。私はアールさんのチョコレートブラウンの瞳を見つめた。
「あなたには、同じ目にあってほしくないんです。彼は、本当に信頼に足る人物なのですか?」
アールさんは、ビョルンさんに不信感を抱いているというのは薄々勘づいていた。流浪の商人になる女は少ない。なにか事情があるのだろうと、心配してくれているんだろう。だけど、その心配は無用だ。私は首を振って否定する。
「ビョルンさんは、そんなことしませんよ」
「なぜ、彼でないといけないのですか?」
予想以上に食い下がってくるアールさん。その真剣な眼差しに触発されて、心の奥に溜まっていた不安が、言葉になって溢れ出す。
「ビョルンさんの、その、負債を……一緒に返すって、約束したからなんです」
「負債? いくらです?」
「あと、金貨八千九百枚だったかと」
「そんな大金を!?」
アールさんは驚きで声を裏返らせた。周囲の視線が集まってしまい、咳払いで誤魔化す。
「何か事情があるんだと思います」
「それはそうでしょうけれど……まさか、ビョルンさんはその理由すら話していないんですか?」
正直なところ、アールさんの心配が痛い。その言葉があまりにも柔らかいところを突き刺すから、反論の言葉がうまく出てこなかった。
「あの人は、何も話してくれないんです。ユフィリアさんのことも……」
「ユフィリア?」
「オーク族の里にいる、ビョルンさんの大切な人です」
「大切な人、というのは……恋慕の情、ということですか?」
アールさんの言葉に頷く。居心地が悪くて、机の上に置いた手を握りしめた。
「たぶん。だって二人とも、お互いが大切だって……そういう雰囲気だったし」
ビョルンさんは、ユフィリアさんが好きなんだと思う。言葉に出さないけれど、あんなに必死になるのは並々ならない思い入れがあるからだろう。
「私はただのビジネスパートナーだから。何も話してもらえない。何も、知らない」
俯いて下唇を噛み、震える声を押し殺す。
「そうでしたか……それはとても、寂しかったですね、ルナさん」
アールの手が、そっと私の手に重なる。その手の冷たさが、まるで魔法のように私の傷を癒やしていく。それと同時に、先程までは感じなかった気怠い眠気が足元から這い上がってきた。
「そっか……私、寂しかったんだ」
ぽつり、と自然にこぼれた言葉。それは紛れもなく私の本音だった。そう、さびしかった。ビョルンさんに置いていかれてしまうようで、自分の居場所が無くなってしまうようで。
「今日はもう、休んだ方がいい。おやすみなさい、ルナさん」
アールさんの言葉が、まるで子守唄みたいに柔らかく頭に響きわたる。促されるまま、微睡みの中に意識を手放そうとした、その時。
「ギャウン!」
ミニベロスの吼える声が聞こえて、一気に意識が覚醒した。ミニベロスは私の膝に一直線に飛んできて、甘えるようにじゃれついてくる。
「クロ、シロ、ブチ! なんでこんな所に!?」
「きゃうワンワン!」
そしてまるで私を守るように、アールさんに威嚇をした。アールさんは驚いたように、しかし余裕を崩さない表情でやれやれと首を振った。
「ルナさんの番犬は優秀ですね。こんな所にまで来てしまうなんて」
アールさんの視線の先には、ビョルンさんが立っていた。いつもの気だるげな歩き方ではなく、はっきりとした足取りでこちらに向かってくる。
「ルナ」
「ビョルンさ……」
「帰るぞ」
「えっ? え、ちょっ……!?」
ビョルンさんは私の傍までくると、ひょいと軽々しく抱えあげた。しかしいつもの俵担ぎではなく、お姫様抱っこの状態。
「ビョルンさんっ!? ちょっと、下ろして!?」
「待ってください、ビョルンさん」
アールさんが慌ててビョルンさんの前に立って、退路を塞ぐ。驚きと焦りの表情を浮かべて、アールさんはビョルンさんを見上げた。対するビョルンさんは絶対零度のライムグリーンで静かにアールさんを見下ろしていた。
「ルナは俺のものだ。貴様のような小僧には渡さん」
「えっ」
今、この人なんて言った?




