131_釣り人ギルド
路地裏を抜けると、海岸沿いに伸びた大通りに出た。私とビョルンさんはフードを被りながら、大通りを歩く。
ポルタ・サレはルーンデールとセレスティウムを繋ぐ中継地だ。そのため、立ち寄るのは冒険者より配達人や商売人が多いらしい。ミニベロスは匂いを嗅ぐようにフンフンと鼻を鳴らしていた。
街中には商品を運ぶための荷馬車がつけられ、大通りのカラフルな建物の一階には様々な種類の商店が立ち並んでいる。それらは同じ旗を飾っているので、おそらく商会派の商人たちが商売をしているのだろう。魚や食料品などの生活必需品はもちろん、真珠や珊瑚などの宝飾品を扱っている店もある。店先を覗くだけでもかなり楽しい。
「おい、さっさと行くぞ」
店先で立ち止まっていると、数メートル離れたところからビョルンさんが私を呼びつける。離れるなという意味だろう。
潮風が頬を撫でていって、心地よさに目を閉じる。さざなみの音と、港の活気ある声が混じり合っていた。東京では絶対に味わうことのできないのどかな空気をはいいっぱいに吸い込んで、ビョルンさんの後ろ姿を追いかけた。
そうして坂道を下ると、海岸にほど近い港に大きな漁師小屋が見えた。その小屋こそ釣り人ギルドの本部であり、ポルタ・サレの産業を支えている要である。隣の船着場には多種多様な船が並んでいて、寮から帰ったであろう漁師たちが忙しなく積荷を下ろしていた。
「釣り人ギルドの方が、商人ギルドより賑わいがありそうですね」
そう思ったのは、港で働く漁師たちの人種は多岐にわたっていたからだ。特に目についたのは獣人族が多いこと。ミャーコさんのような猫の獣人から、ワニのような顔をした爬虫類系の獣人まで様々で、人間族の方が少ないようにすら見える。
「いろんな種族の人がいますけど、エルフ族はいませんね」
「エルフは森を信仰している。わざわざ海に出る者は希少だ」
「じゃあ、ビョルンさんは希少なエルフの一人ってことですか」
「心底どうでもいい」
ビョルンさんは私の質問に、言葉の通り心底興味がなさそうにぶっきらぼうに返した。雑談くらい付き合ってくれてもいいのに。
「それで、ここで何をするつもりだ。門前払いされない策を考えているんだろうな」
「もちろん。市場調査をするんですよ」
私は周囲を見回して、釣り人ギルドの周囲を見渡す。商人ギルドとは違って実に実務的な建物が多いようで、近くには加工場や道具屋が揃っている。しかしその中でも一際目を引いたのが、樽をテーブルに見立てた酒場だった。そこには仕事帰りの漁師たちがエールを煽り、酒で蒸した貝を豪快に喰らっていた。
私はあるアイディアが思いつき、ビョルンさんのマントを引っ張って酒場に向かう。ビョルンさんは嫌そうな顔をしていたけれど、文句は言ってこなかった。
まだ日が高いけれど、酒場は活気浮いていて漁師たちの笑い声が響いている。老若男女、種族を問わないサラダボールのような場所。ここならば、順調に市場調査ができそうだ。
「ビョルンさんは、ミニベロスと一緒に待っていてください」
私は注文したばかりのエールを、ドン!とテーブルに置いてビョルンさんに言い放った。まさかの置いてけぼり宣言を喰らったビョルンさんは、目を丸めて呆気にとられたような顔をしている。その顔はミニベロスとそっくりだ。しかし今日の私はそんな子犬のような顔に釣られるほど、甘くない。
「なんだと?」
「私一人の方が都合がいいこともあるんです。ほら、エールでも飲んでいてください」
私はエールが溢れそうな木杯をビョルンさんの木杯にコツンとぶつけて、踵を返した。そして入店時から目をつけていたテーブルに、迷いなく歩いていった。
その宅には五人ほどのリザードマがエールを煽っている。その中央に座っている、トルコ石のような輝きを持つ青い鱗をもつリザードマンこそがタクさんが言っていた釣り人ギルドのギルドマスター、バルデーニさんで間違い無いだろう。
「おう、姉ちゃん。一人でどうした? 迷子か?」
「はじめまして、バルデーニさん。私は行商人のルナと申します」
礼儀正しく、しかし堂々と挨拶をする小娘に対して、バルデーニさんとリザードマンたちは品定めをするような目を向けた。
「『白鯨と海猫亭』を目当てにこの街に来たのですが、良い街なのでこのあたりでしばらく商売をしようと思っております」
「ほぉ、タクの知り合いか」
「はい。とてもお世話になっております」
爬虫類のような大きく鋭い目がコチラを射抜く。先ほどの席に座ったままのビョルンさんはこちらに視線は向けていない。しかし、その耳はこちらの会話を正確に拾っているようだった。マントの下の剣に指をかけていることも分かっている。でも、今は『商談』の場であって血生臭いことはしたくない。
ビョルンさんの武器が剣と魔法なら、私の武器はこの頭と舌だ。彼らの警戒を者ともせずにニコリと微笑んで、バルデーニさんたちの前に自分のエールを置く。
「商人どもは胡散臭くて信用ならん。この街の連中は特にな」
「私はルーンデールから流れてきた行商人なんです。ただのエール好きの、ね」
そしてカウンターに置かれていた五杯分のエールを一気に持ち上げて、ドン! と置いてみせた。
「お話、お聞きしてもよろしいでしょうか?」
もちろんこれは彼らの分だ。つまり私は『ここは一杯奢るので、お話しさせてください』とお願いしているわけだが、下手に出て舐められるのは望ましくない。程よく隙なく、友好的に見せなければならないのだ。
私は試すようにバルデーニさんの顔を見上げると、彼は大きくひとつ瞬きをする。そして私の目の前に立つと、その鋭い牙が見えるまで口を大きく開いた。
あ、やば。食われるかも。
そう直感するほどの殺気を感じるが、私はじっとバルデーニさんの目を見つめて動かなかった。本当に危険なら、ビョルンさんが助けてくれるはずだから。
賑やかだった酒場が凪を打つように静まり返る。ビョルンさんは剣を抜かない。バルデーニさんも口を開けたまま動かない。そのままどれくらいの時間が経ったのか。多分、そんなに長い時間じゃなかったけれど、緊張で指先が痺れた。
沈黙を破ったのは、バルデーニさんでも、私でもなかった。
「ギャウッ!」
ビョルンさんのそばに置いた鞄から飛び出したミニベロスが、私を守ろうと飛び出したのだ。
「あっ、ちょっと! ダメだよ、ミニベロス。噛んじゃだめ、オスワリ!」
「ギャウわう!」
「こらっ! もー……」
予想外の乱入者に、その場の一同がポカンとする。これは商談失敗だろうな、とミニベロスを抱きあげながらバルデーニさんたちを振り返った。
しかし、彼らの反応は思ったものとは異なっていて、今度は私がポカンと口を開ける番。
「がっはっはっは! いいねぇ、その肝っ玉。気に入ったぜ、姉ちゃん!」
バルデーニさんは大きな口を四十五度くらいに開いて、豪快に笑う。それに釣られるように周囲の客は笑いはじめ、私も笑顔を浮かべた。この笑顔はビジネス用ではなく、心からの笑みだった。
「恐縮です。一杯お付き合いさせていただいても?」
「おうよ。飲め、飲め!」
バルデーニさんは小さな樽を尻尾で掴んで、私の足元に置いてくれた。こうして私は、リザードマンの漁師たちの宴の参加券を手に入れたのだった。




