130_ポルタ・サレのギルド事情
「帰れ」
商人ギルドに辿り着いて、まず第一声がこれだった。
ポルタ・サレの商人ギルドの建物にはルーンデールよりも大きな玄関ホールがあり、豪華な調度品が並んでいる。その内装はまるでお城のようで、港町らしい外観とは不釣り合いにも見える。しかもせっかくの内装を見る室内の人々はどこか沈んだ顔をしていて、全体的に活気がないように思えた。
中央カウンターの奥に鎮座するギルドマスターは、私たちの顔を見るなり先ほどの言葉を述べたのだった。
「ルーンデールのギルドマスター、アニタさんから聞いていますよね? 書類手続きだって、不備はないはずです」
アニタさんの歓迎とは正反対な対応に面食って聞き返す。ギルドマスターは細く不健康そうな風貌で、その目は威圧的に暗い光が宿っている。友好的で優しかったアニタさんとは大違いだ。
「こっちにはこっちのやり方ってもんがあるんだ。新参者は断る!」
大声で叫んで、威圧するようにカウンターを叩く。敵意を感じ取ったのか、ミニベロスが腕の中で唸った。私はミニベロスの三つの頭を撫でて宥めながら、ギルドマスターを見上げた。
「お気持ちはわかりますが、我々としてもこの街に腰を据えるわけではありません。少しの期間だけ、露店商として置いてくだされば」
「しつこいぞ」
「納得のいく説明を要求します」
こちらの話に耳を貸そうともしないギルドマスターの態度に、業を煮やして反論する。ビョルンさんはというと、早々に諦めたようで窓の外をぼんやり見始めた。他人事のような態度にムカついて、思い切りその脇腹を突く。
「あのぅ……ルーンデールのルナさんとビョルンさん、ですよね?」
私たちのやり取りに萎縮した受付嬢が、ギルドマスターの脇から私に声をかけてきた。
「お二人宛に手紙が届いています。そのぅ……エリザベス・フィッツィガルディ公爵令嬢から」
「エリザベスさんから?」
受付嬢から受け取った手紙には、公爵家の封蝋にエリザベスさんの筆跡で私とビョルンさんの名前が綴られていた。
「おい待て。お前たちのみたいなド素人に、お貴族さまが何の用だってんだ」
つくづくこのギルドマスターは礼を欠く言動をする。しかし立場は向こうが上なので、今は目を瞑ろう。そう思いつつ、私は懐に大切に取っておいた羊皮紙をカウンターに広げた。
「我々はエリザベス・フィッツィガルディ様から許可を得ている商売人です。アニタさんからの書類にもそう書かれていたはずですが?」
ギルドマスターは苦い顔をして、私とビョルンさんの顔を交互に見る。そして非常に苦々しい顔をしながら、『商売認可証』に印鑑を叩きつけた。これで我々はこの街での商いを許されたということになる。私は許可証を受け取って、ニコリと笑いかけた。
「ご理解いただき感謝します、ギルドマスター」
「いいか、小娘と耳長。これだけは言っておく」
ギルドマスターは何かに怯えるように目線を揺らしながら忠告した。
「『商会派』の連中に目を付けられるんじゃねぇぞ。どうなったとしても、ギルドは責任を追わんからな」
「承知しております」
やはり、ギルドよりも商会の方がこの街での影響力を持つのだろう。ふらりと現れた行商人が、商会の機嫌を損ねて問題を起こすことを危惧しているらしい。
私は笑顔を崩さないままギルドマスターに一礼して、早々に商人ギルドを後にした。重いオーク材の扉を閉めて、笑顔を解く。
「ムカつくなぁ……」
吐き捨てるように言い放つと、ビクリとビョルンさんの耳が震えた。ミニベロスすら、ピタッと固まってしまう。
「あ、えっと。すみません。ビョルンさんたちに怒っているわけではなくて」
「知っている。それにしてもあのギルドマスター。アニタを蔑ろにするなど、命知らずとしか思えん」
「アニタさんが知ったらどうなりますかね」
「顔の形が残っているといいが」
ビョルンさんは肩を竦めて、近くの裏路地に歩き出した。
「ちょ、冗談ですよね……?」
「巨人族の拳の威力を舐めるな」
その声には、からかいの色が乗っていた。私を元気づけようとしているのかもしれない。まったく、本当に不器用な人なんだから。
私はビョルンさんの背中を追って、路地の中に滑り込んだ。
そこは昼の太陽があまり入らず、薄暗い。しかし清々しい庵風が吹き抜けていて、どうやらこの道の先は海に続いているようだ。
「あの女に救われるとはな」
あの女、とはエリザベスさんのことだろう。たしかに、今回はエリザベスさんの後ろ盾があったから、場を切り抜けることができた。いつの時代、どの世界でも、持つべきものは強力なパトロンである。
「エリザベスさんは大事な取引先ですよ。いずれは公爵家御用達にしてもらう予定なんですから、そう邪険にしないでください」
「くだらん」
「またそうやって意地悪言う」
私とビョルンさんは同時にフードを被り、裏路地の影に溶け込む。ミニベロスは人目につかないよう、背中の鞄の中にいれてあげた。
「手紙の内容は 」
ビョルンさんに促されて封蝋を開ける。すると上質な紙とインク、そして花の芳醇な香りが鼻に抜けた。
「ハルは修道院に、ルーンデール伯爵は王都に移送されたみたいです。とりあえず一件落着ですね」
「そうか」
私が読み上げた手紙の内容に、どこか安心したようにビョルンさんの耳が下がる。なんだかんだ言って、私と似たような境遇だったハルのことを心配していたのだろう。そういう隠された優しさを見つけることに、私はもう随分と慣れてきたように思える。
「ひとまず、私たちは私たちのことをしましょう」
私は荷物を抱え直しながら、海沿いに向かって路地裏を歩き始める。タクさんにもらった地図を見ながら、目的地の方角を確認した。
「何か考えがあるのか」
のそのそと気怠げについてくるビョルンさんに、私はイタズラっぽく笑って答える。
「えぇ。社畜根性、舐めないでください!」
私の張り切った声に呼応するように、ミニベロスがそれぞれワン! と吠えた。ビョルンさんは肩を竦め、マントを翻すと大通りに向かって歩き始める。私はその大きな背中を追いかけるのだった。




