129_どの世界でも世知辛いのは変わらない
荒らされた店内を片付けるのを手伝った私とビョルンさんは、再び座敷に座っていた。ミニベロスは私の膝の上で落ち着かなげにしっぽを振っている。
「もう不届き者が来ることもあるまい。牙をしまえ、駄犬」
ビョルンさんが静かに言うと、ようやくミニベロスは小さな牙をしまって鼻を鳴らした。脅威は去ったと見ていいだろう。その様子に、タクさんやミャーコさんもホッと胸を撫で下ろしていた。
「タクさん、さっきの人たちが言っていた『商会派』ってなんですか?」
タクさんは、カウンターに深く寄りかかって重い口を開いた。
「今のポルタ・サレの経済は、『白銀の錨商会』が牛耳ってるんだ。商会に入るためには莫大な資産が必要だし、商会にはいらなければさっきみたいに陰湿な嫌がらせをしてるんだ」
「そんな……ひどいですね」
「商会がこんな手を使うようになったのはここ数年の話なんだけどね。それまでは海も綺麗だったし漁獲量も多かったから」
タクさんの言葉を、ミャーコさんが引き継ぐ。
「最近は海も汚れて、魚介類の質も落ちてきてる。海で仕事する人達はみんな大変なのに、さらに商会がお金をむしり取ってくるの」
「商人ギルドは何をしているんです?ひとつの商会がそんな好き勝手をしているのに、何もしないんですか?」
二人はそれぞれ首を横に振った。その表情から察する結果は一つだけ。
「商人ギルドはあくまで中立の立場を取るってさ」
「日和見主義と言えば聞こえはいいがな」
ビョルンさんは吐き捨てるように言って、タクさんに尋ねる。
「ギルドが商会に買収されている可能性は?」
タクさんはその問いには答えなかった。商会とギルドの関係は、公の場で言葉にするのは憚られるほどのタブーなのだ。
ルーンデールとは異なるトラブルの予感に、私とビョルンさんは顔を見合わせる。しかしビョルンさんはすぐに、面倒臭そうに欠伸をした。きっとビョルンさんにとって先ほどのようなチンピラも商会も大差ない。さほどの脅威とは感じていないのだろう。
私はそこまで楽観視は出来ないけれど、ビョルンさんのどっしりと構えた姿にはどことなく安心感を覚えた。
「とりあえず、商人ギルドに行ってみるしかありませんね。私たちのビジネスのこともありますし」
商会がこの街のビジネスを牛耳っているのなら、我々のような行商人の商いはハードルが高いかもしれない。とはいえ、商売をしなければビョルンさんの負債を返すことは出来ないわけで。
「それに、町について情報収集が必要でしょう?」
「あぁ」
ビョルンさんが気にしているのは、オークの集落に停滞する瘴気のことだろう。早急に解決方法を見つけなければ、ユフィリアさんをはじめとする集落の住人ったちが危ない。私だって、オークの人たちのことを助けたい。名残惜しいけれど、そろそろ休憩はおしまいにしなければ。
「食事が終わったのなら、向かうぞ」
「はい。タクさん、ミャーコさん。ごちそうさまでした。本当に美味しかったです」
私とビョルンさんは立ち上がり、代金を渡す。少し相場よりも多めにして。
「こんなに受け取れませんよ! ただでさえ、掃除を手伝ってもらったのに」
「お気になさらず。デザートまで頂いてしまいましたし、割れたお皿のこともあるでしょうから。……それに、これはビョルンさんの奢りなので」
「そうなんですか?」
タクさんに見上げられたビョルンさんは、少しバツが悪そうに視線を逸らした。
「ビョルンさんから、私への慰謝料ってことで」
私はイタズラっぽい笑顔でタクさんに言う。タクさんは目をパチクリさせていたけれど、納得したように笑ってくれた。先程まで暗い顔をしていたから、少しでも元気になってくれて嬉しい。
「あの……ルナさん」
その声は先ほどよりも低く、警告するような響きを含んでいた。
「ルナさんは、どうしてこの街で商売をしたがるんだい? お金を稼ぐだけなら、もっといい場所があるでしょうに」
「確かに現状では行商は厳しそうですね。でも、私には目的がありまして」
「目的?」
タクさんが不思議そうに首を傾げる。彼の言う通りポルタ・サレでのビジネスに固執する必要はない。しかしビョルンさんの負債完遂のためにはお金を稼がなければならない。そしてその契約は、私が元の世界に帰るために交わしたもの。
「私は、元の世界に帰りたいんです」
ミャーコさんが息を呑む気配がした。対してタクさんは納得したような顔をする。
「私の目的を果たすために、ビョルンさんと契約を交わしました。お互いの力になる、と」
ビョルンさんを振り返ると、小さく頷いた。現在ビョルンさんにとっての最優先事項は、故郷であるオークの里に忍び寄る瘴気の原因を探ること。それは己の負債完遂よりも優先度の高いことだろう。私だって、オークの人達を助けたい。
だけど、それは決して慈善事業なんかじゃない。ビョルンさんを助けることで、自分の目的を果たすためのカードをキープしているだけ。私はそんな、薄汚い人間なのだ。自分の汚さを押し隠すように、タクさんたちには笑顔を見せる。
「何か……帰る方法についてご存じありませんか」
タクさんは、この世界に来て十年経つと言っていた。帰りたくないのか、帰れないのかはわからない。それでもこれはずっと聞きたかったことだ。タクさんは少し遠くを見た後に、残念そうに首を横に振った。
「僕にもそれは分からないんだ。ごめんね、ルナさん」
「とんでもない!私もまだ探している最中ですから。こちらこそすみません、難しいことをお聞きしてしまって」
私はタクさんを安心させるように、また笑顔を見せた。落胆していないのは本当のことだから。
会計を済ませて玄関に向かう。タクさんは見送りのために扉を開けてくれた。そして店を出る直前、私の近くに寄って耳打ちをする。
「大通りの道は商会の息がかかった連中ばかりなんだ。商会に属さない商人は大通りでは仕事はできないし、紹介に睨まれたら……さっきみたいなことになる」
タクさんの真剣な眼差しは、本気で私たちを案じていることを物語っていた。
「でも、釣り人ギルドの人たちは商会を嫌ってる。きっと力になってくれるんじゃないかな」
その言葉は何よりも大きな情報源だった。商会に属さない私たちの次なる顧客を教えてくれているのだ。
「ありがとうございます。釣り人ギルドの方にも顔を出して見ますね」
「ギルドマスターのバルデーニさんに話をしてみたらいいよ。青い鱗のリザードマンは珍しいから、すぐわかるんじゃないかな」
「リザードマン?」
「僕らの世界でいう、トカゲやワニみたいな姿をしている獣人族の一種だよ。確か、この国で一番リザードマンが多いのは、このポルタ・サレだったっけ」
タクさんは顎をさすりながら教えてくれた。私はまだまだこの世界の飲酒ついて不勉強だったみたいだ。
「バルデーニさんは陽気な人だから、きっとルナさんの話を聞いてくれるはずだよ。僕の知り合いだって言ってくれてもいいしね」
私はタクさんの目を見つめ返しながら、静かに頷いた。
「気をつけていってらっしゃい。ルナさん、ビョルンさん」
暖簾を上げながら、タクさんが玄関先まで見送ってくれる。その顔は少しの心配と、期待が込められていた。だから私は胸を張って、凛とした声で答える。
「いってきます!」
私とビョルンさんは、これからのことを話しながら店を後にした。私たちの後ろ姿を見つめるタクさんの小さなため息に気が付かないまま。




