128_食べ物を粗末にする奴は、豆腐の角に頭をぶつけてしまえばいい
「あぁ、おいしかった。そろそろ行きましょうか」
ビョルンさんもソフトフィッシュの塩焼きと白ご飯をペロリと平らげていた。なんだかんだ言いながら、初めての日本食は口にあったようでよかった。
ミニベロスもお腹がいっぱいになって、座布団の上で丸まってぷうぷうと寝息を立てている。
「あっ、待って!デザート、食べていってくださいよ」
「いえ、そこまで甘える訳にはいきませんって!」
「特製の羊羹があるんです! 味見ってことで、食べていってください」
「よ、羊羹っ……!」
私は思ってもなかった単語に、思わず唾液を飲み込んだ。そのあからさまな様子を、タクさんはにっこりと微笑む。
タクさんが誇らしげに運んできたのは、深い小豆色をした艶やかな羊羹。氷水で冷やされたそれは、見た目にも美しく、まさに日本の至宝だ。
「羊羹って、この世界でも作れるんですか?」
「港で海藻が採れるから、寒天には困らないんだ。それに、市場なら上質なお砂糖も売っているしね」
「材料が揃うとしても、この異世界でも作れるなんて素晴らしいことですよ……! お味噌とお醤油だって、作るのは簡単じゃないでしょうに」
「あはは、そう言って貰えると嬉しいな。十年間研究した甲斐があるよ」
「十年間の叡智を頂けるなんて。本当に本当にありがとうございます」
私は歓喜のあまり身悶えしながら、タクさんを拝んだ。もう、今の私に怖いものなんてない。一生の悔いすらないかもしれない。
私は震える手で楊枝を伸ばし、その宝石のように美しい一切れを、まさに口に運ぼうとした……その時。
「おい、タク! 挨拶が遅ぇんじゃねぇか!?」
凄まじい衝撃と共に、店の引き戸が蹴破られた。入ってきたのは、いかにも柄の悪そうな、しかし身なりは整えられた三人の男たちだった。
そして、あろうことかズカズカと踏み込んできた男の一人が、タクさんの胸ぐらを強引に掴み上げた。あまりにも急で強引な出来事に、私は身を固くする。ケルベロスは私の膝で唸り声を上げ、ビョルンさんは剣に手を掛けて私に『動くな』と目線で示した。
「タクちゃん!」
「おい、動くんじゃねぇぞ猫女ァ!」
男たちがミャーコさんに対して凄んだ。ミャーコさんはその場から動けないまま、タクさんは掴み上げられた腕を掴む。その声には静かな怒りが滲んでいた。
「なんのご用ですか?」
「タクよぉ。 この間の管理費、ゼロがひとつ足りてねぇんじゃないか?」
「っ、おかしいな。商人ギルドへの税は、その額が正当価格ですよ?」
「しらばっくれてんじゃねぇ! 商会に払うもの払われねェとはどういう了見だ、コラァ!」
男はタクさんを、私たちが座っていた座敷の机目掛けて力任せに投げ飛ばした。
ガッシャアァァアンッ!!!
凄まじい音と共に、机がひっくり返る。
さっきまで並んでいた美しい皿も、湯呑みも、そして楽しみだったデザートも。美しい立方体は泥まみれの土足の床へと転がり落ち、男たちのブーツによって無惨に踏み潰されてしまった。
「あっ……」
タクさんが、せっかく用意してくれたのに。しょんぼりと肩を落としそうになって、気合いを入れ直す。
いやいや、それよりも前にタクさんの救助!
「タクさん、大丈夫ですか!?」
「うっ……ルナさんは、平気でしたか?」
「私の事はいいんですよ。傷薬ありますから!」
割れた皿の破片が背中に刺さってしまって、とても痛々しい。私はすぐさまポーチから傷の回復ポーションを取り出して、タクさんに飲ませてあげた。しかしそれが気に食わなかったのか、男たちは土足で座敷に乗り込んできて、私たちを見下ろす。
「素直に払えば痛い目を見なくても済んだのによォ。今回はこれぐらいで済んで良かったな? 次は猫女の皮でも剥いで楽器にしてやろうか?」
「ミャーコちゃんは関係ないだろ!」
「おぉ? やるか? こっちとしては、店主が死のうがどうでもいいんだぜ」
「タクちゃん、やめて!」
タクさんが男に掴みかかり、男はタクさんを殴ろうと拳を構えている。この後にどんな結末が待っているかなんて、想像にかたくない。
どうしよう。今、この場で私に何ができる?
私は粉々になった皿と、踏み荒らされた店内を、ただただ絶望の眼差しで見つめた。あんなにも和やかで、素敵な場所だったのに。一瞬でこんなにも壊されてしまうなんて。悲しみと虚しさが溢れて、威嚇しているケルベロスをただ抱きしめることしか出来なかった。
「……はぁ」
私の隣から深く、長い溜息が聞こえた。
「騒々しいのは好かん」
ビョルンさんが立ち上がっていた。『やれやれ』と言わんばかりの気怠げな色が浮かんでいる。だが、その瞳の奥には、絶対零度の冷たい光が宿っていた。そして彼は静かに、しかし有無を言わせぬ声を放つ。
「我々の食事の邪魔をするとは。随分と、命知らずな真似をする」
男たちはビョルンさんの妙な落ち着きぶりに、逆に不気味さを感じたのか、一歩後ずさった。
「なんだ、エルフ如きが。まさか、俺たちに楯突く気じゃねぇだろうな?」
「案ずるな。ただの害虫駆除だ」
ビョルンさんの目が一瞬鋭く光り、指先をわずかに動かした。
「『風よ、舞い上がれ』」
次の瞬間、荒々しい嵐ではなく、精密に制御された鋭い突風が店内に巻き起こった。
「消えろ。二度と俺の視界に入るな」
「ぎゃああああッ!!?」
風の刃が男たちの足をすくい、彼らはボロ雑巾のように店の外へと叩き出された。しかしまだビョルンさんの猛攻は止まらない。外に転がった男たち目掛けて追撃の突風を叩き込み、彼らを海に突き落としてしまった。
静寂が戻った店内で、ビョルンさんは腕を組むと、呆気にとられている私をじっと見つめた。そして、不機嫌そうに口をへの字に曲げながら、自分の前に残っていた無傷の羊羹の皿を手に取った。
「ルナ」
彼は私を静かに見下ろした。そして何を思ったのか、羊羹を楊枝で刺して、私の口元へと差し出した。
「え?」
「食え」
「えっ、でも、これビョルンさんの……」
「お前に、やると言っている。さっさと食え」
「えぇえ……?」
これはいわゆる『餌付け』の状態だ。
いやいやいや、今そんなことしてる場合じゃないよね!? タクさんが机に叩きつけられちゃって、店の中ぐっちゃぐちゃなのに! 羊羹て、あんた!
「不要か」
今度はビョルンさんがあからさまに『ションボリ』と耳を垂らした。
いや、なんで! なんで今!! すみません、タクさん、ミャーコさん! ミャーコさんの顔、怖くて見れない!
「い、いただきます、けど……」
私は驚きに目を白黒させながら、差し出されたその配慮の塊、もとい羊羹を、そっと口に含んだ。
「ん、……おいひい……!」
豆の優しい甘さが、冷え切った心に染み渡っていく。それに伴い、私の身体の緊張も解けて、口元が綻んだ。その様子を見たビョルンさんは満足そうに鼻を鳴らす。
「店主。同じものを五倍の量で用意しろ」
「は、はい! 喜んで!!」
「ちょ、タクさん怪我人だから! こき使っちゃダメですから!」
タクさんが慌てて奥へ走っていく中、ビョルンさんは私と視線を合わせると、不器用な手つきで私の頭を一度だけ、ポンと叩いた。
「次は、指一本触れさせん」
「あ、ありがとう、ございます……?」
それって羊羹の話ですよね?とは聞けなかった。
それから。
「さすがに五倍の羊羹は食べられません!!」




