第3話 高校生の秘密(1)
ある日の休日の昼、へんげ屋での話だ。鶴子は気になっている事があった。この店の常連の1人である坂本万里子の様子がおかしいのだ。何か悩んでいる事があるようだ。だが、それは鶴子しか気づいていないようで、他の人は全く普通の顔のようだ。
「どないしたん?」
船木の声で、鶴子は我に返った。船木は不思議に思っていた。どうしたんだろうか?
「あの万里子さん、なんか変な表情やわ。なんか悩んでる感じやで」
言われてみればそうだ。何かを気にしているようで、様子が変だな。
「そやなぁ・・・」
鶴子は決心した。ちょっと聞いてみよう。
「聞いてみよか?」
「おう」
万里子は悩んでいた。それは誰にも言えない事だ。
「なんか悩んでへん?」
鶴子の声で、万里子は驚いた。突然、どうしたんだろうか?
「最近ね、啓ちゃんの帰りが遅いんやわ」
近頃、万里子の長男、啓一郎の帰りが遅いのだ。今までこんな事はなかったのに、どうしたんだろう。何かあったんだろうか?
「そうなんか・・・」
これはおかしい。何か変な事をしていなければいいんだけどな。
「時には朝帰りする事もあるねん」
先週日曜日は朝帰りだった。朝帰りなんて、自分もやった事がない。何があったんだろうか?
「明らかに変やなぁ」
「うん・・・」
と、そこに平吉がやって来た。万里子の注文していた海鮮ミックスお好み焼きが出来上がったようだ。
「海鮮ミックスおまち!」
「ありがとうございます」
平吉は万里子の目の前に海鮮ミックスお好み焼きを置いた。
「まぁ、食べてすっきりして!」
「うん・・・」
万里子は海鮮ミックスお好み焼きを食べ始めた。とてもおいしい。お好み焼きはどの店もおいしいけれど、やっぱりへんげ屋が一番だわ。身近で庶民的な所がいいな。
「何か悩んでるみたいやね」
鶴子が万里子の様子を見ていると、令太がやって来た。令太は今日、厨房の奥で皿洗いをしていた。休みの日は、交代で孫たちが皿洗いをしていた。小学生でもこれで社会経験をさせなければという平吉の考えだと言う。
「令ちゃん気になるん?」
「うん」
令太も気になっているようだ。小学生なのに、どうしてそんな事が気になるんだろうか?
「どないしたん?」
そこに、平吉がやって来た。平吉も、令太の様子が気になった。
「いや、何も」
「ふーん・・・」
令太は思った。この人は、どこに住んでいるのかな? 令太は家の場所を知り、お化けの姿で啓一郎を尾行しようと思った。
「おじいちゃん、どこに住んどるん?」
「なんで聞くん?」
平吉は驚いた。どうしてこんな事を聞こうとするんだろう。聞いて、どうするんだろう。
「いや、何となく」
すると、平吉は万里子の家の場所を手書きで書いた。令太はその様子をじっと見ている。平吉は戸惑っている。まさか令太が聞いてくるとは。
「ここや!」
「おじいちゃん、おおきに」
令太は場所の書かれた紙をポケットにしまった。平吉はその様子を不思議そうに見つめていた。どうして令太はそれを知りたがっているんだろうか? その家に向かおうというんだろうか? まぁいいか。あんまり気にしないようにしよう。
翌朝、今日も休みだ。令太は窓を開けた。今日もいい天気だ。窓を開けると、警報機が鳴り、阪堺電車が松田町停留場に停まり、恵美須町停留場に向かっていく。いつもの朝だ。
「今日もええ天気やな」
と、令太は万里子の家から出てくる若い男を見つけた。その男が啓一郎だろうか?
「あれっ、あの子かな?」
啓一郎は天下茶屋駅に向かった。その様子を見て、令太は布団にくるまり、お化けに変身した。この姿で尾行しようと思っているようだ。
「天下茶屋駅に向かう。塾の方向や」
啓一郎は天下茶屋駅に向かって歩いているが、お化けに気付いていない。姿を消しているからだ。いつも通りの姿だ。
しばらく行くと、天下茶屋駅が見えてきた。塾に行くのに利用している路線だ。まさか、ここでも乗るとは。今日はお化けの姿で行くので、お金はいらないだろう。
啓一郎は南海電車に乗った。天下茶屋駅には今日もいろんな電車が発着する。啓一郎と令太がホームにやって来ると、極楽橋駅に向かう特急こうやがやって来た。紅白の塗装が目を引く、高野線の主力だ。
それから程なくして、なんば行きの特急サザンがやって来た。このサザンは和歌山市寄り4両が特別料金のいる指定席、なんば寄り4両が特別料金のいらない自由席だ。啓一郎はなんば寄り4両の自由席の車両に乗った。
「南海電車に乗った!」
それを見て、令太も乗った。ドアが閉まり、電車は難波に向かう。いつも夕方から夜にかけて見ている景色、朝に見るとどこか新鮮に見える。どうしてだろう。
「どこに行くんやろ」
特急サザンはなんば駅に着いた。それとともに、多くの乗客が降りた。啓一郎と令太もなんば駅で降りた。
「なんばや」
啓一郎は改札を出た。そこには1人の女性がいる。ガールフレンドだろうか?
「あれっ、女や」
啓一郎を見つけると、女性は手を振った。どうやら2人は恋人同士のようだ。なるほど、啓一郎は恋をしていて、なんばで会っていたのか。
「まさか、デートっちゃう?」
2人は仲睦まじい様子で歩いていく。2人はとても楽しそうだ。その様子を、令太はじっと見ていた。こんな秘密があったのか。今度万里子さんに会ったら、話さないと。
「こんな秘密があったんかいな」
2人はなんば駅を歩いて、近鉄電車・阪神電車の大阪難波駅に向かって歩いていた。ここまでは地下街でつながっていて、2人はそこを歩いている。かなりの人が歩いているが、それでも令太がいるのには気づかない。姿を消しているからだ。令太は地下街の景色を新鮮な気分で見ていた。この視点から地下街を見るのは初めてだ。悪い事さえしなければ、お化けの姿もいいもんだと思っていた。
2人は戎橋に向かう商店街を歩いていた。だが、2人は全く気付いていない。その後ろに令太がいるのを。というより、そこにいるすべての人が令太に気付いていない。こんなに多くの人がいるのに。令太がお化けの力で姿を消しているためだ。
「素敵なお姉さんやな」
次第に令太は思った。素敵なお姉さんだな。自分もこんな人と恋に落ちるのかな? その時自分は、どんな大人になるんだろう。全くわからないけれど、優しい人がいいな。
そろそろお昼だ。啓一郎が何をしているのかわかった事だし、もう帰ろう。
令太は何事もなかったかのように家に帰ってきた。子供たち以外はいつものようにへんげ屋で働いている。子供たちはゲームをしたり、勉強をしている。令太は部屋に戻っても、お化けの姿でいる。この姿の方が気温など関係なく心地いい。机に座り、令太は勉強を始めた。すでに宿題は終えた。勉強熱心な令太にとって、宿題はそんなに難しくない。
昼食になり、令太はダイニングにやって来た。令太はここでは人間の姿だ。お化けの姿では、みんなが驚き、世間が大騒ぎするだろうから。
令太は昼食を食べ始めた。今日の昼食はソース焼きそばだ。今さっきへんげ屋で作った。とてもおいしい。
令太は啓一郎の事が気になっていた。啓一郎は一体、何をしていたんだろうか? あれは恋人だろうか? だったら、万里子に言わないと。
「どないしたん?」
鶴子の声で、令太は我に返った。
「いや、何もないで」
「ふーん・・・。変やね」
鶴子は不思議そうに見ていた。令太は何を考えていたんだろうか?
「そう、かな?」
令太は何事もないかのようにふるまっていた。本当は何かがあるのに。




