第15話 正平のお父さん(2)
その頃、河合さん家の前には、平吉がいた。平吉は厳しい表情だ。また正平を叱っているからだ。何度注意しても、反省しないな。今回はきつい罰を与えないとな。
突然、インターホンが鳴った。こんな時間に誰だろう。セールスマンだろうか? だったらお断りだけど。由紀奈は玄関に向かった。
由紀奈は玄関を開けた。そこには平吉がいる。仕事中なのか、平吉はエプロンを付けている。平吉は厳しい表情だ。まさか、しかっているのが聞こえたんだろうか? だったら、怒られるだろうな。
「ちょっと由紀奈さん」
「はい?」
「息子さんにその教育、ひどいやろ? 何度言ったらわかるんや!」
やっぱりそれを注意された。これでもう何度目だろう。由紀奈は落ち込んでしまった。平吉はとても頑固で、怒らせると怖いと聞いている。いくら怖い由紀奈でも、平吉の怖さには手が出ない。
「ご、ごめんなさい・・・」
「聞いたぞ! 東京旅行はなし、お昼ごはんも晩ごはんも抜き、あまりにもひどいやろ!」
やはり聞いていたようだ。申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
「すいません・・・」
「しょうがないわ。由紀奈さん、正平にお好み焼き食べさせたれ! 豚玉デラックスをな」
高い豚玉デラックスを食べさせるとは。そんなにお金がないのに、こんな高いものを食べさせて、お金を使うとは。とんでもないお仕置きだな。だけど、平吉は怖いから、受け入れないと。
「はい・・・」
昼下がりになって、へんげ屋に正平と由紀奈がやって来た。正平はまだお昼ごはんを食べていなくて、お腹が空いている。
正平はカウンター席に座った。すぐに豚玉デラックスが目の前の鉄板に置かれた。
「どうぞ!」
「いただきまーす!」
正平は食べ始めた。だが、由紀奈は食べない。すでにごはんを食べたからだ。今日のお昼はひそかにおにぎりで済ませた。
「おいしい!」
正平は豚玉デラックスをおいしそうに食べている。由紀奈はその様子をうらやましそうに見ている。だが、自分はもうおにぎりを食べてしまった。それに、お昼ごはんを抜きにしてしまった罪を受けている。
「本当にごめんね・・・」
由紀奈は正平に謝った。とても反省しているように見える。だが、平吉は厳しい表情だ。何度反省しても、また叱っているからだ。
「もうそんな事、すんなよ」
「はい・・・」
平吉は思った。完全に反省するまで、正平はしばらく家で預かる。一度、母子を引き離して、反省させよう。そうすれば、もう叱らないかもしれない。それでいいな。
「反省するまで正平はうちが預かる。それでいいな」
「はい・・・」
まさかこんな事になるとは。由紀奈は下を向いていた。だが、正平は全く気にせず、夢中で豚玉デラックスを食べている。
その夜、由紀奈は1人で寝ていた。いつもは2人で寝ているのに、今日は1人だ。寂しいな。だけど、自分に与えられた罰だ。それを受け止めないと。とても静かな夜だ。
そこに、1匹のお化けがやって来た。令太だ。令太はどんな悪夢を見せるか、考えている。後は実行するだけだ。令太は由紀奈をじっと見ている。幸せそうな寝顔だ。だが、その寝顔はやがて、恐怖に変わるだろう。令太は少し笑みを浮かべた。
令太は悪夢を思い浮かべ、全身を光らせた。そして、目を閉じて、由紀奈の額に体をくっつけた。
由紀奈は悪夢を見た。暗闇の中、正平が離れていく。正平はとても怒っている。お昼はそうじゃなかったのに、反抗期に入ったんだろうか?
「お母さんなんか、大嫌い! もう会いたない!」
「正平! 正平!」
由紀奈は追いかける。だが、正平は速くて、追いつけない。正平はどんどん小さくなっていく。由紀奈は必死で追いかけるが、どんどん離れていく。
「行かんといて! 行かんといて!」
次の瞬間、由紀奈は落ちた。真っ暗で見えないが、落とし穴のようだ。
「うわーーーーー!」
由紀奈はある場所に落ちた。由紀奈は辺りを見渡した。ここは裁判所のようだ。その真ん中には、閻魔大王らしき人がいる。由紀奈は緊張している。
「あれっ、ここは?」
「お前は息子の正平にご飯を与えなかった。お前には絶食の罰を与える」
閻魔大王らしき人物はとても怒っている。それを見て、由紀奈は下を向いた。あまりにも怖いからだ。
「そんな・・・。やめて!」
だが、横にいた鬼がこん棒で由紀奈を叩いた。
「甘ったれんじゃねぇ!」
「痛い!」
由紀奈は痛がったが、それでも鬼は叩くのをやめない。
由紀奈は起きた。今さっきの夢は何だったんだろうか? とても怖かったな。どうしてこんな夢を見てしまったんだろうか? 由紀奈はいつのまにか汗をかいていた。
「な、何やったんや・・・」
由紀奈は時計を見た。まだ深夜の2時だ。まだまだ寝ないと。
「寝よう・・・」
由紀奈は再び寝入った。その様子を、令太は見ていた。これで反省したんだろうか?
翌日、令太はいつものように目を覚ました。今日から夏休みだ。旅行はないが、令太はあまり気にしていない。僕は私立中学を目指すんだ。勉強をもっともっとしなければ、合格はないと思っている。夏休みは集中特訓の期間なんだ。
「おはよう」
「おはよう」
令太は朝食を食べ始めた。今日はごはんとみそ汁とベーコンエッグだ。今日は正平もいる。
「どや、反省しとるか?」
達郎は由紀奈が気になっていた。由紀奈は反省しているんだろうか? もう叱らないと思っているんだろうか?
「しとるけど、何度もしとるんやから、徹底的に反省せんとな」
だが、平吉は厳しい表情だ。まだまだ反省してもらわないと。
と、正平は何かを考えているような表情をしている。何を考えているんだろうか? 令太は気になった。
「どないしたん?」
「父さん、どうしとんかな思ぅて」
正平の両親は2年前に離婚して、現在は母の由紀奈が親権を持っている。正平はその時に北天下茶屋小学校に転校してきた。
「父さんか・・・」
「別れて、どうしとんのかな?」
正平は心配でたまらない。父の浅井俊二は正平をとてもかわいがっていたからだ。だけど、不倫をして、それが由紀奈にばれて、夫婦げんかになった末、離婚してしまった。
「心配なん?」
「うん。新しい人と付き合って、別れて」
それを聞いて、令太は驚いた。そんな事があったのか。
「そやったんや・・・」
正平は泉佐野市の小学校から転校してきたと聞く。どこに住んでいたかは、正平から聞いている。心配なら、自分が今の様子を見てこようかな?
天下茶屋駅を青い奇抜な特急電車が発車していく。関西空港行きの特急ラピートαだ。特急ラピートにはαとβがあり、βは南海線内は特急サザンと同じ停車駅なのに対して、αは天下茶屋を出たら泉佐野まで停まらない。だが、デビュー当時はなんばと関西空港はノンストップだったという。
天下茶屋駅を出てしばらくして、1匹のお化けが並走してきた。令太だ。だが、誰もそれに気づかない。正平の父の家がどこにあるかは、この後聞いた。そこに行ってみよう。
ラピートαはスピードを上げ、南海線を走っていく。令太はそれに並走していく。時には屋根の上に行き、時には側面、時には前に立ち、空を飛んでいた。今日は朝から快晴で、暑い日々が続いている。だが、お化けには関係ない事だ。それでもひんやりとしている。空を飛ぶのはとても気持ちいいな。
令太は泉佐野にやって来た。泉佐野駅からラピートαは空港線に入り、関西国際空港を目指す。令太はここから俊二の家を捜しに行った。駅からそんなに遠くない場所にある。
しばらく飛ぶと、そこにやって来た。そこには俊二がいるはずだ。今はどうしているんだろうか? わからないけれど、見てみよう。
「ここか・・・」
しばらく待っていると、俊二が出てきた。だが、一緒に出てきた人を見て、令太は驚いた。新しい妻と思われる女がいて、女はベビーカーを引いている。
「えっ、新しい人と子供? そんな・・・」
それを見て、令太は呆然となった。新しい女と子供を設けているとは。もう正平の事は忘れられているんだろうか?
昼下がり、平吉は由紀奈の元を訪れた。本当に反省しているんだろうか? 反省していたら、正平を由紀奈の元に帰そうと思っているんだが。
「どや。反省したか?」
由紀奈は落ち込んでいる。きっと、正平から引き離されたからだろう。正平の事を心配しているようだ。
「しとるみたいやわ」
「やっと帰れるね」
横にいた達郎はほっとした。これで正平を返してもらえるだろう。これで一件落着かな?
「うん」
2人は思った。正平を由紀奈の元に返そう。
その頃、正平は2階の座敷にいた。早く由紀奈の元に帰りたいと思っているが、平吉や達郎が許してくれない。それまではここで世話になるだろう。
「正平くん」
正平は横を向いた。そこには令太がいる。どうしたんだろうか?
「令ちゃん、どないした?」
「ちょっと話したい事あんねん」
「ええよ」
話したい事とは、何だろう。全く想像できないな。重要な事だろうか? 2人は3階の令太の部屋に向かった。
2人は令太の部屋にやって来た。令太の部屋には多くの本がある。そのほとんどが図鑑だ。優等生はこれだけ読まなければなれないのかな? これは無理だな。
「実はな、父さんを見たんやわ。新しい奥さんと、子供と一緒に楽しそうに暮らしとるわ」
令太は俊二を見たと話した。正平は驚いた。まさか、俊二を見たとは。今、どうしているのか、聞きたいな。今でも正平の事を思っているんだろうか? 気になるな。
「そうなんや・・・」
それを聞いて、正平はショックを受けた。まさか、忘れ去られたのでは? 捨てられたのでは? 正平は悲しくなった。
「どないした?」
「僕、忘れ去られちゃったんかな?」
令太は慰めている。正平は顔を上げた。令太はとても優しいな。
「つらいよな・・・。つらいよな・・・。僕はなぁ、物心つく前に父さんと母さんを失ったんや。正平くんよりもっとひどいで」
「ほんま?」
正平は呆然となった。令太は物心つく前に両親を失っていたとは。聞いた事がないから、全くわからないけれど、何かの事故だろうか? だから馬場家にいるんだな。そんなつらい過去があったとは。
「うん。だから僕はお母さんの実家で暮らしとんねん」
「そうやったんや・・・」
「うん」
と、そこに鶴子がやって来た。正平は河合さん家に戻る事になった。短い間だったけど、いい時間だったな。また機会があれば、遊びに行きたいな。
2階の玄関の前で、由紀奈は頭を下げている。正平にひどいしつけをして、申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
「本当に申し訳ございませんでした」
「もうひどいしつけ、すんなよ」
平吉は厳しい表情だ。今度こんな事があったら、もう正平を返さないからな。覚悟しろよ。
「はい・・・」
2人は家に戻っていった。家族7人は2人の後ろ姿をじっと見ている。令太は正平が気になった。父に捨てられて、かわいそうだな。




