第11話
「大丈夫かな……ティンゼル」
去っていく少女の背中を目で追いながら、ティナがぽつりと呟いた。
「彼らなら、きっと許してくれるよ」
軽い口調で返してみたものの、どうなるかは恐らく彼女次第だろう。曖昧な返事をしつつ、俺達は黒剣のクエスト報告をするために鍛冶屋へと向かった。
鍛冶屋は相変わらず熱気に包まれていて、金属を叩く音が絶え間なく響いている。中に入ると、ケイドは最初に会った時と変わらぬ動作で金床に向かっている。盗賊を倒して手に入れた「冒険者の剣」を具現化させると、ケイドがふと動きを止めてこちらを振り向いた。
「……やったのか?」
短い問いかけに、俺は無言で頷いた。ケイドは歩み寄ると、剣を手にとってまじまじと見つめている。その顔には僅かな安堵の表情が浮かんでいた。
「……間違いねぇ、こいつは俺の作った剣だ。……ありがとうよ」
「いえ、良かったです。……それじゃあ」
「……待ちな」
振り返ると、ケイドは剣を金床に置き、黙々と作業を始めた。その姿をしばらく見つめていると、数分後に立ち上がった。右手には黒光りが更に増した片手剣――オニキスブレードを握りしめている。
「……こいつを使ってやってくれ」
「いいんですか?」
「構わねぇ。どうせもう持ち主はいなくなっちまったんだ。それに、お前さんが持っていた方がこいつも喜ぶにちげぇねぇ」
ケイドから黒剣を受け取った俺は、さっそく装備欄を確認した。すると、今度はちゃんと武器欄に表示されている。背中に装備すると僅かに重みを感じるが、見た目ほどではないようだ。
攻撃力の数値はブレイドの2倍近くになっていて、それだけでも胸の高鳴りを感じた。思わず笑みをこぼしていると、隣にいるティナがほほ笑みながら声をかけてくる。
「頑張った甲斐があったね」
共に戦った仲間からの労いに、自然とこちらも笑みを返した。
鍛冶屋を後にしたところで、ティナが装備欄を確認しはじめた。そして、彼女は自身が貰ったオニキスブレードを手に取ると、こちらへと差し出してきた。
「私は使わないし、ラスタが使っていいよ」
「え……でも、取引とか出来るっぽいし、なんだったらリープに変えてもいいんじゃない?」
「う~ん……そうだけど、私は今のところ困ってないから」
「だとしても、今は取って置いて損はないと思うよ。……少なくとも、この強さならすぐに型落ちする事もないだろうし」
「……そっか。じゃあ、そうする」
ティナは少し不服そうだったが、現状でもオニキスブレードはかなり希少な武器に分類されるはずだ。剣士のプレイヤーが全員使うかと言われれば、カルのように斧を使うプレイヤーもいるので必ずしも当てはまる訳ではないが……それでも、この強さなら取引やら何かの役に立つ事は間違いない。このゲームのシステムを全て理解している訳ではないし、現物で持っているに越したことはないだろう。
「それじゃあ……次は魔法使いのクエストをやろうか?」
「うん。でも、そろそろお昼にしないと」
「あ、そうか」
ティナに言われて時刻を確認すると、既に14時を過ぎていて、昼時はとっくに逃していた。満腹ゲージは黄色まで下がっていて、もしもこのままクエストに向かっていれば、何かしらのデバフを貰ってしまうところだっただろう。
すると、ティナが突然俺の手を引き、勢いよく歩き出した。満面の笑みを浮かべ、自信満々に声を上げる。
「昨日見つけたオススメのところがあるから、一緒にいこうよ」
「え、もう見つけたの?」
「もうって、食事は重要だってちゃんと説明があったでしょ?……あ、聞いてなかったの?」
「……き、聞いてたよ」
「ふ~ん……食事のおかげでクエストクリア出来たかもしれないのに、ラスタって結構抜けてるとこあるんだね」
「え!?」
予想外の言葉に思わず足を止めると、ティナの手がするりと外れた。食事のおかげというのは、単純なステータス上昇の事を指しているのか、それとも別の何かなのかと問い詰めたが、ティナはお昼を食べながら説明すると言って聞かないので渋々とついて行く事になった。
案内されたのは、街はずれの路地を抜けた先にある小さな料理屋だった。丸太を積み重ねたような木造の建物からは、鼻を刺激するスパイスの香りが漂っている。その匂いは空腹を更に煽り、子供心をくすぐりられる。入口に掲げられた黒板には、黄色いチョークで『絶品カレー』と書かれている。
店内に足を踏み入れると、カレー特有のスパイスの香りが一層強まり、思わず喉を鳴らしてしまった。ゴクリと音を立てると、ティナは満足げに笑みを浮かべた。
「ここのカレー、現実世界よりも美味しいかもしれないよ。私のオススメはね、これ」
「あー……あーね……」
ティナが進めたカレーは、淡い緑のスープに赤いチリが浮かぶ、一言でいえば「食べる人を選ぶカレー」だった。俺は適当に相槌を打ちつつ、窓際の席に座る。すると、奥からやってきた店員が水の入ったグラスを置いた。
店員が注文を聞く体勢になったので、正面に座るティナの視線を感じながらも、右手を上げて恐る恐ると注文を口にする。
「えっと……カ、カツカレーで……」
「え!?なんで!」
ティナが驚きながら目を見開き、両手を机について前のめりになった。その勢いにたじろいでいると、彼女は肩をすくめながらも店員に告げる。
「オススメって言ったのに!あ、すみません。私はグリーンカレーで。……ねぇ、ラスタってやっぱり私の思ってた通りの子なの?」
水を飲んで誤魔化そうとした俺は、その言葉に思わず吹き出しそうになる。
「子って言い方は止めてくれよ……こう見えても」
「こう見えても?」
「ネ、ネトゲでリアルの事に触れるのはタブーなんだぞ……」
「へぇ、そうなんだ。でも、これって……ネトゲなのかな?」
ある意味で確信を突くティナの疑問に、俺は考えんでしまった。
ネットゲームとは本来、現実世界に存在する自分の身体を通じて、ゲームの世界に入り込むものを指している。しかし今、俺達はその身体をこちらに置いている。そういう意味では、今はこちらが現実世界になるのだろうか?
「ゲーム……だとは思う。基本的な部分は今までのVRMMOと変わりないし、向こうに身体がないってだけだから」
そんな考えが頭を巡る中、ふとある言葉が記憶をかすめた。
「……そういえば、そろそろRe:Warpが起動する頃じゃなかったっけ?」
「あ、そうだったね」
具体的な時間までは示されていなかったが、最後のプレイヤーがログインした時間から24時間後に装置は稼働すると言っていた。折り返し地点の俺がインしたのは13:00頃だったはずだから……起動するのは16:00くらいだろうか?となると、昼飯を食べ終わるころにはちょうどいいタイミングになっているはずだ。
「食べ終わったら見にいってみようか。多分、他のプレイヤーも様子を見に来るんじゃないかな」
「うん、そうしよう」
店員が運んできたカレーは、向こうで見ていたものとそっくりで、匂いや味も抜群だった。もしも1リープが1円の価値だとしたら、このクオリティでこのお値段は非常にお買い得で、彼女がオススメするのもよくわかる。もっとも、また来るようなことがあったとしても、あのカレーだけは食べることはないだろうが……。
視線の先には、淡い緑のカレーを美味しそうに頬張るティナの表情があった。
食べ始めて少しすると、画面に8時間のバフアイコンが表示された。最大HPの増加や基礎ステータスの強化の他に、スキルの効果範囲が広がるバフまで含まれている。その効果を見た時、俺は先ほどティナが言っていた言葉の意味を理解した。
「……さっき言ってたのって、スキルの効果範囲が変わるバフのことだったのか」
「うん、正解。フロストダイバーの効果が対象だけじゃなくて、自分の周囲にも使用できるようになってたの」
「それで、近づいてきたケイニッヒを凍らせられたのか……」
未知の効果にも驚きつつも、自分についたアイコンをもう一度見直す。たしかにこれなら、多少の出費を考えても食べない手はないだろう。店や料理によってバフの効果が変わるのか、それともある程度は固定なのかはわからないが、どちらにしても今後の攻略では必須になりそうだ。俺はメモ欄を開き、自分が食べた料理とアイコンの詳細を書き込んだ。そして、8時間の効果を書いたところでふと疑問に思ったことを口に出す。
「あれ?……効果が8時間ってことは、朝もカレーを・・・?」
その一言に、スプーンを口に運んでいたティナの動きがピタリと止まり、わずかに口ごもった。そして、慌てるように話題を変えはじめた。
「……せ、せっかくバフがついたんだし、切れないうちに次のクエストに行かないとね」
「……ティナって、ひょっとして俺の思ってた通りの子なのかな?」
仕返しの意味を込めて言い返すと、ティナは恥ずかしそうに頬を赤らめながら、前髪をいじった。
遅い昼食を済ませ、Re:Warpのある中央広場へと向かう道中、ふと気付いたことがある。
この世界に来るためにあの装置を通ってきたのだから、戻る時も当然、同じ装置を使うことになる。つまりそれは、ティナと向こうの世界で会う可能性があるというわけだ。
初日こそ一人で行動していたからその発想には至らなかったが、いつの間にか行動を共にするようになり、気付けばクエストだけの関係でもなくなりつつある。その考えに辿り着いた瞬間、心臓が高鳴るのを感じた。多少はデフォルメされていたり、服装が違っていたりするものの、見た目は現実世界とそこまで大差はないはずだが……いざ、向こうで本人と会うかもしれないと思うと、不安な気持ちになってきた。
勿論、俺達はまだ「ちょっと知り合った程度の仲」であって、現実で会ったからといってどうというわけではないのはわかっている。オフ会で会うのとなんら変わりはないはずだ。
ティナはそのことに気付いているのだろうか……そして、彼女は現実世界の俺を見た時どう思うだろうか。そんな事を考えていると、次第に彼女の顔を直視できなくなっていた。
「……すごい数だ」
物思いに耽っていると、ゲートが近づくにつれ、人だかりが多くなっている事に気が付いた。5000人のプレイヤーが全員いるとは思えないが、それでも広場を埋め尽くすほどの群衆とざわめきが起こっている。ざわめきは徐々に大きくなり、断片的に耳に入る怒りや不安の声に、俺達は胸の奥に小さな不安を抱いた。
「どういうこと……?」
ティナが不安げに呟く。それもそのはずだ、ログアウト出来る場所が1カ所しかないとはいえ、詰まっているという状況には見えない。どちらかというと、肝心の装置が作動しているように見えない事の方が問題だ。
「あの、何かあったんですか?」
俺は近くのプレイヤーに声をかけた。すると、振り向いたプレイヤーは言葉を詰まらせながら、小さく告げた。
「ゲートが……動いていないらしいんだ」
「……え?」
短くも的確な、そして予想外の返答に俺達は目を見合わせた。互いに何も言えずにいると、周囲のざわつきがより一層大きく聞こえる気がした。




