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第12話

 4人姉弟の長女として生まれた栗山沙也加(くりやまさやか)は、男だらけの環境に嫌気が差し、大学進学を機に実家を離れ、卒業後は都内でOLとして働き始めた。


 そんな彼女がMMORPGに興味を持ったのは、大学時代に付き合っていた彼氏の影響からだった。最初はなんとなく始めたものの、次第に楽しいと思うようになった。なによりも、彼氏と一緒に遊んでいる時間が一番楽しかった。


 しかし、彼氏が他のプレイヤーに誘われる事が増え、いつしか二人で遊ぶ時間は減っていった。最後は彼が留年したことをきっかけに関係が終わり、栗山はゲームからも身を引いた。


 それから数年後、彼女は職場でのストレスに耐え切れず退職し、飛び出してきた実家に戻る気にもなれず、貯金で生活を繋ぎながら自分の将来を考えていた。


 そんな時、偶然目に留まったのが「アルカディア」の募集記事だった。


 ゲームからは身を引いたつもりだったが、嫌な思い出ばかりだったという訳ではない。たった数か月くらいなら気晴らしにいいかもしれないという理由で応募し、僅かな枠に当選した。


 アルカディアの世界に入った後は、メイドの案内で一通りの説明を受けた後、街の外へと狩りにも行ってみた。しかし、彼氏に言われた通りのことをやっていただけの栗山は、勝手がわからず苦戦した。


 街に戻っても、プレイヤー達は既にグループを作っていて輪にも入り込めず、気分転換に街中を散策し、立ち寄ったカレー屋で一息をついた。


 明日は誰かに声をかけてみようと心に決め、その日は宿屋で眠りについた。




 翌日、掲示板の近くでベンチに座る黒髪の少年を見つけた。決して大きいとはいえない背丈に、柄のないシンプルな剣を背負ったその姿は、どこか幼さを感じさせた。


 最初に抱いた感想は「年下かな?」というものだった。二人の弟の世話をしていた事もあってか、彼を見ていると不思議と親近感が沸いてきて、気が付けば声をかけていた。


 聞けば、これからクエストに向かうところだという。このまま彼を見送ってしまうと、また誰かを探して声をかけなければいけない――そう考えると、今がその時かもしれない。私は勇気をだして同行させてもらうように頼み込んだ。すると、彼はそれを快く受け入れてくれるだけでなく、自分のクエストにも付き合うといってくれた。


 私がティナと名乗ると、彼はラスタと名乗った。


 ラスタは戦うのが上手なだけでなく、戦い方や知識を丁寧に教えてくれた。私はその親切さに、思わず彼氏の面影を重ねてしまった。しかし、それと同時にまたしても自分の元から去ってしまうのではないかという不安が込み上げていった。


 その後、金髪の少女ティンゼルがパーティに加わった。小柄で可愛らしい彼女は私を意識しているようで、ラスタにいいところを見せようと懸命だった。実際、彼女は私よりも遥かに上手で、そこに関しては劣等感を感じずにはいられなかった。


 そんなティンゼルがクエスト中に倒れ、私は途方に暮れた。自分よりも上手な人があっさりとやられてしまうなんて、私はついていけるのだろうか……そんな私に、ラスタは大丈夫と声をかけてくれた。なんの取柄もない私でも、役に立とうと頑張り、クエストを無事にクリアすることができた。


 これまでは指示に従うだけの遊びでも満足していたけれど、自分で考えて行動する事の楽しさを知れた気がした。それが妙に心地よくて、もっと上達したいと素直に思えた。


 街に戻った後の昼食では、ラスタがRe:Warpの話をしたとき、私は真っ先に彼の本当の姿を想像した。


 (恐らく)年下であるにも関わらず、元カレのように優しく接してくれた彼に、向こうで会うのはなんだか少し恥ずかしい気持ちになった。今の自分の境遇をあまり知られたくないというのも理由の一つだ。


 そんな気持ちを抱きながら迎えたゲートで、私は予期せぬ言葉を耳にした。


「ゲートが動いていないらしい」





「それって私達……帰れないってこと?」


 私はラスタに向かって問いかけた。勿論、彼がその問いに答えられないことは分かっていた。しかし、周囲の騒ぎが気持ちをかき乱し、一種のパニック状態に陥っていた私は、溢れ出る焦燥を誰かにぶつけずにはいられなかった。


 ラスタはしばらく無言で辺りを見渡し、ゆっくりと口を開いた。


「……ひとまずここを離れよう。ここはどんどん人が集まってくるし、みんな混乱している」


 私は彼の提案をすぐに飲むことが出来なかった。悲鳴や怒声が響き渡る中、なぜ彼はこんなにも冷静でいられるのかがわからなかったからだ。


 動けずにいる私の手をラスタが握りしめる。すると、手の温もりと共に、ピリっとした何かが指先から全身に走った。そして、ためらう私を引っ張るように、近くにある別のゲートへと向かった。


「え……これって」


「大丈夫だから、ついてきて」


 ラスタはこちらを振り返り言葉をかけると、半ば強引にゲートへと身を投げだした。


 アルカディアに来た時と同じように、身体の感覚が徐々に薄れ、意識が遠のいていく。そして次の瞬間、視界には見慣れない森が広がっていた。丸太を積みかさねた木造の家々と、立派な木々に囲まれた村――小さな集落と言った方が正しいだろうか。周囲を見渡すと、ところどころにいるプレイヤーが、下での騒ぎなど知らないと言わんばかりにいそいそと動き回っている。その光景に、自分が何に慌てていたのかを一瞬忘れそうになった。


 ふと背中に手の感触が伝わり、隣に立つラスタが私を安心させようとしているのがわかった。ちらりと横目で覗くと、彼もこの新たな景色に驚いているようだった。


 その時、大きな声が背後から響いた。


「お、ラスタじゃねーか。そんなところで何してるんだ?」


 声の方を振り向くと、大きな斧を背負った男性がこちらを向いて立っていた。すると、隣に立つラスタが反応する。


「……カル」


 カルと呼ばれたその男は、ラスタと私を交互に見ながら近づいてきた。そして、顎に手を当てながら続ける。


「知り合いか?それとも……コレか?隅に置けねえなあ、お前も!」


「ちがっ!……そんなことより、ゲートが動いてないらしいんだ」


「ゲート?……あー、Re:Warpの事か?そんなの、HdOでもよくあったろ。そのうち動くさ」


「それは、そうだけど……ここにいるみんなが、俺達みたいに慣れている訳じゃないだろ」


 ラスタはそう言うと、ちらりと私を見る。カルはその視線を追って、肩を揺らした。


「そりゃあおめぇが気にするこったねぇだろ。俺達はユーザーで、直すのは運営の仕事」


「でも……あんたも連中の騒ぎを見れば事態が少しは……」


「いいや、必要ないね。そもそも俺は、端からログアウトなんざする気はなかったからな。いちいち戻ってたんじゃあ、なんのために身体ごと来てるかわからんだろう」


 徐々に二人の関係が険悪になっていくが、私が二人の間に入る隙間はなかった。なんとなくだが、二人の落ち着きを見るにこの事態はまったくの想定外という訳でもないらしい。事実、ここにいるプレイヤー達も事態を把握したところで、そのうち解決する程度に思っているのかもしれない。


 恐らく、ラスタがムキになっているのは私を心配してのことなのだろう。私も1層で混乱しているプレイヤーの気持ちもわかるし、ついさっきまではそうだった。しかし、彼らの落ち着きを見ているうちに「今は考えていても無駄」だということがわかった。それに、カルのいっている通り私達が出来ることは、ゲートが開くのを待つ以外ないのだ。


 私は深呼吸をすると、隣で口論を続けるラスタの裾を引いた。


「ラスタ、いいよ。私なら、大丈夫だから」


「ティナ……」


 ラスタが心配そうに私を見つめるが、私は精一杯の笑顔でそれに答えた。すると、カルが私の肩に手を置き、少しだけ口調を和らげて話しかけてくる。


「嬢ちゃん、名前は?」


「……クリスティーナです」


「わりぃがあんた、こいつを頼むわ。こいつは人の事となると意外と歯止めが効かなくなるみたいでなぁ」


 カルはもう片方の腕でラスタを指差し、下手なウィンクを投げてきた。すると、ラスタが腕を払いのける。

 

「あんたに、俺の何がわかるんだ」


「ふ……はっはっは。ラスタ、2層の情報はいるか?」


「いら……いや、今は……いい」


 ラスタが一瞬ためらいながら答えると、カルは肩をすくめ、楽しげな笑みを浮かべながら続ける。


「ふっふ……お前のそういう冷静なところ、嫌いじゃないぞ。まぁそういう訳だから、直るまでゲームを楽んどきな、お二人さん」


 そう言ってカルはラスタと私の肩をもう一度バシッと叩くと、背中を向けてどこかへと去っていった。


 やがてその姿が見えなくなると、隣にいるラスタが大きく息を吸い込み、静かに吐き出した。


「……まぁ、その……今は下に降りるのは微妙だと思うから、この辺りでも散策しようか」


 バツが悪そうに頭を掻きながら提案する彼の姿を見て、なんだか可笑しくなってしまった私は、彼の言葉に素直に答えた。


「はい、喜んで」

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