「冒険の書三百二十九:怒りよりも先に呆れがくる」
アーガスが会議室に呼びつけたニックスは、およそ外交官らしからぬ容貌の大男だった。
歳の頃なら三十ぐらいだろうか。
顔つきは厳つく、体はオークのようにデカくぶ厚い。
外交官よりは土木作業員か、前線で体を張る兵士長といった印象。
「親も外交官、祖父も外交官、そのまた祖父も外交官という外交官一家? その見た目でえぇ~……?」
思わずツッコんでしまうほどに、外交官という役職が似合っていない。
「も、申し訳ございません……」
しかも小心者らしく(全面的にルドヴィクのせいとはいえ、今回の件に責任を感じているのもあるだろうが)、会議室の床に平伏したまま体をぷるぷる震わせている。
「見た目など気にするな。こやつは使える男だ。この俺が保証する」
アーガスとしては抜群の信頼を置いているのだろう、即座にフォローする。
「たしかに見た目は厳ついが、性格は小心者そのもの。二重の意味で驚かされる男だが、外交の場においての評価はすこぶる高い」
「ほう」
大陸有数の国家であるハイドラ王国の国王に、そこまで評価されるか。
「何より良いのは性格だな。小心者ではるあが、極めて誠実。相手国と自国とを天秤にかけ、両者が最大の利益を享受できるよう立ち回ることができる。外交官にありがちな、少しでも自国の利を確保しようという小賢しいところがない」
「裏表のなさを逆に武器にしている、ということか? 抜け目のなさが美徳とされる外交官の中で、だからこそ目立つ男であると?」
ワシの問いに、アーガスはうむと鷹揚にうなずいた。
「そうだ。さらに言うならこの厳つい見た目も良い。なにせカルノフ連邦は、『野生を生き抜くための強さ』を重視するあまり、首長たる連邦評議会議長を『七氏族最強の獣人』が務める習わしのある国だからな」
「ドワーフに似ているな。ドワーフ王国もまた、強さと手先の器用さを重視する国だった」
「ほう、フィオナ姫はドワーフにも詳しいのか? 両者は犬猿の仲だったはずだが?」
「い、いや……本で読んだだけだがっ? 特別深い理由などないがっ?」
これ以上ボロを出さぬよう、ワシはゴホンと咳払い。
「とにかくわかった、理解した。ひ弱な外交官では歯牙にもかけられんだろうが、ニックスなら違うというわけだな? 見た目の厳つさも、誠実な態度も。カルノフ連邦においては好ましく思われる材料であると?」
「そうだ。こやつのおかげもあって、我が国とカルノフ連邦は上手くやってこれたのだ。交易はもちろん人材交流も盛んでな。ほれ、そこにいるリゼリーナの近衛がネコ族なのもそのためだ」
「おお、そういえばニャーナもネコ族だったな」
邪魔にならぬようにだろう、会議室の入り口に佇立していたニャーナが「なのニャ」と手を振ってよこす。
「ニックス。ここからはおまえの口から説明せよ」
アーガスの命令に、ニックスは顔を上げた。
「はっ。ここからは私が説明させていただきますっ」
ニックスによると……。
勇者学院のSクラス生徒の三人、男の魔法剣士ザンパと女の呪術師レイジュ、女ドワーフの格闘僧ミュウの三人のみがニックスに同行する予定だった。
しかし何を思ったか、ルドヴィクが無理やりついて来たのだという。
王族専用の馬車に無理やり乗り込むなり、「ここから先は僕が指揮をとる」と言い放ったのだという。
もちろんニックスはそんな勝手は認められないと食い下がったのだが、「僕は第二王子ルドヴィク・ヴァン・デア・ハイドラだぞ。おまえ如き、いつでも処分できるのだぞ」と恫喝されたのだという。
「そこまで言われてはしかたない。要所要所を私がフォローすればなんとかなるだろうと思っていたのですが……」
ベテランの外交官であるニックスをしてもフォロー不可能なほどに、ルドヴィクの振る舞いはひどかった。
一、木の骨組みにフェルトをかぶせたテント状の家である『グル』が立ち並ぶカルノフ連邦首都『グルカン』を、「まるで未開の蛮族の居留地のようだな」と嘲笑した。
二、人族の訪問者を珍しがって集まってくる獣人の子どもらを「寄るな魔物喰いども、病気がうつる」と顔をしかめながら蹴り飛ばした。
三、通された連邦評議会の大きなグルでは、各氏族の代表そして現評議会長でありトカゲ族の族長でもあるララム・ザザらが絨毯にあぐらいをかいて座っているのにもかかわらず、「地べたにあぐらなどかけるか、椅子を用意しろ椅子を」と無礼な要求をした。
四、連邦側が友好の証として用意した馬乳酒の匂いをかいで顔をしかめ「なんの魔物の乳だ?」と、いかにも嫌そうに中身を捨てた。
「草原に住まう獣人族は、基本的に椅子を使いません。土地が瘦せているゆえに作物が育たず、生きるため魔物を喰います。ですがそういった習慣のない、高貴な相手に魔物喰いを求めることはありません。馬乳酒もまた、草原に住まう彼らの伝統の飲み物です。そう説明しても王子殿下は納得せず怪しむばかりで……」
クルシュの奴はワシらに無理やり喰わせようとしていたが……まあ、あやつは例外か。
「度重なる無礼な行為の連発に、評議会は騒然としまして……」
顔を真っ赤にした代表たちが、「この愚か者を今すぐつまみ出せ」と激昂したのだという。
「……なあ、あやつはおかしな薬でも使っていたのか?」
どう聞いてもあり得ない愚かな行為の連発に、怒るよりも先に呆れてしまうワシだ。
「バカだバカだとは思っていたが、まさかそれほどとは……」
「その上……」
「ま、まだあるのか?」
この上さらにひどくなるだと?
そんなの、もはや怪談話ではないか。
などと思っていると……。
「『星葬の谷』。偉大な獣人たちの眠る神聖なる墓を……穢したのです」
ニックスはさらに、とんでもないことを言い出した。
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