「冒険の書三百二十四:ありがとう」
さて、色々なことがありつつも数日が過ぎ――
いざハイドラ王国へ戻らんとする日の、朝のことだった。
「ふぁ~あ……もう朝か」
フィオナの部屋のテラスに出て大あくびをしているワシに、ワイ助が「キャー! キャー!」と元気よく声をかけてきた。
ワシのためにと思って集めてきてくれたのだろう、新鮮な大ネズミの死体や新鮮な鎧イモムシの死体がドチャドチャドチャッとテラスの床に積み上げられた。
「お、おお……ワシのために獲ってきてくれたのか?」
「キャー!」
どれもこれも、ルルカたち娘っ子どもが見たら大絶叫間違いなしのゲテモノばかり。
というか、先ほどからフィオナの反応がないのは言葉を失っているからか、それとも気絶しているからか……。
「ありがとうな。おまえは本当に気が利くワイバーンだな」
「キャー! キャー!」
褒められていると思ったのだろう、ワイ助はバサバサと翼を羽ばたかせて超ご機嫌。
「まあなあ……善意で獲って来てくれたのだろうし、頭ごなしに否定するのもなあ……。ハア~……メアリに頼んでなんとかしてもらうとするか。クルシュの奴じゃないが、『火を通せば喰えないものはない』と言うし……」
事あるごとに魔物を調理し、勇者パーティに喰わせようとしていたリザードマンの女族長の言葉を思い出していると……。
(やめて、ホントにやめてっ。そんなことしたらホントに泣くからねっ。あんたが二度と眠れないよう、夜になったら枕元で泣き続けてやるんだからっ)
「なんだ、起きておったのか」
(正直、今の今まで気絶してたけど、命の危機を感じて飛び起きたのよっ)
洒落にならん脅しを受けたワシは、しかたないので大ネズミと鎧イモムシの死体を家畜のエサにした。
「キャ~……」
主人に食べてもらえなかったのが悲しかったのだろう、ワイ助はしょんぼりしていた――許せ。
+ + +
ワイ助を慰めつつ旅支度を整えたワシは、ほどなくして大広間に到着。
するとすぐに、ルルカとチェルチが駆け寄って来た。
「おはよー、ディアナちゃん。よく眠れた? わたしは全然眠れなくて……眠くて眠くて……むにゃむにゃぁ~……」
「とか言いつつディアナに抱き着くのやめろっ」
「わ~ん、チェルチちゃんほっぺをつねるのやめてよ~。嫉妬するのはわかるけどさ~」
「ばっ……おまえバカっ。これはそうゆーんじゃないからっ。おまえのハレンチ罪を裁いてるだけだからっ」
「ええ~? それは『誘惑する悪魔』にあるまじき発言じゃないかなあ~?」
ますます仲の良くなったルルカとチェルチは、なにやらワイキャイ騒いでいる。
極限の戦いを共に切り抜けたおかげだろう、強い絆の深まりを感じる。
うむうむ。
それでこそ仲間、それでこそ冒険者パーティといったところだろう。
「はっはっは、仲のよいことだな。さて、それではさっそく行くか――っと? 見送りか? ずいぶん集まっておるのう~」
合流したワシらが大広間の外に出ると、そこには数多くのエルフがいた。
数百人はいるだろう見送りの中に、マリアベルの姿もあった。
「おお、マリアベルか」
「師匠、返す返すも申し訳ない。妾としてはやむにやまれぬ次第で……」
胸の前で手を合わせ、申し訳なさそうな顔で謝ってくるマリアベル。
パーティを離脱してエルフヘイムに残ることを気に病んでいるのだろうが……。
「気にするな。そりゃあ最初は驚いたが、聞いてみればたしかに、それ以外の選択肢はあるまいよ」
世界樹の代替わりをした『妹』のために、こいつは今後の人生のいくばくかを費やすことにしたのだ。
もちろん『世界と語る者』の存在も大きい。
古代文明の遺跡の出土品である『魔導工芸品』を扱うには、それなりの魔力と知識が必要だ。
対話によって産まれたてのピピとの関係性を深めるという意味もあるし、となるとなおさら、マリアベル以上の適任者はいないのだ。
「マリアベルが残ってくれるのはあたちのためでもあるのよ。あたちだけじゃ世界樹を護れないし、部下も上手くは扱えないだろうからって。サポートはもちろん、戦力としても数えてくれって。ホントにありがたい話なのよ。姫さまからももっとたくさん、褒めてあげて欲しいのよ」
ルチルナがぴょんぴょん飛び跳ね、マリアベルの行動を褒めたたえるようお願いしてくる。
「ああ、もちろんだ。偉いぞマリアベル」
ルチルナが任されている『世界樹守護官』は、世界樹を守護する重要な官職だ。
自身が戦いの矢面に立つこともあるだろうし、大人のエルフを手足のように扱わねばならない場面も出てくるだろう。
戦闘に指揮、交渉に管理。
ルチルナにはできないだろう多くのことを、マリアベルならばたしかにフォロー可能だ。
「言っておくが、心配はしておらんからな。なにせワシの行動にめげずについて来れたおまえだ」
ドロガロンの胃袋の中に飲み込まれてから始まったあの大冒険を共にしたマリアベルのことを、ワシは非常に高く評価している。
「『邪眼』の威力はもちろんだが、胆力・判断力・適応力まで含め、これほどの短期間でおまえほどのめざましい成長を遂げる奴もなかなかおるまい」
「……ふん、よく言う」
ワシの褒め言葉に、しかしマリアベルは唇を歪めた。
一瞬ルルカを見つめた後、皮肉な表情を浮かべてみせると……。
「言っておくが、望んであのようになったわけではないからな? 妾は本当は、もっと楽な冒険を望んでおったのだ。それが度重なる師匠の無茶ぶりのせいでこんなことに……。本気で何度死にそうになったことか……ハア~……」
マリアベルは大きなため息をつくと……。
「……まったく、山ほど文句を言ってやろうと思っていたのに、感謝の言葉はその倍も出て来るな。なあ師匠。師匠がいなければ今ごろ妾はここにいなかったことだろう。『邪眼』の隙を突かれて魔物に殺されるか、そもそも邪眼の効かないドロガロンの胃で溶かされていたことだろう。滝つぼで溺れて死ぬ可能性もあったし、崖から落ちて死ぬ可能性もあったし、む、むむむむ蟲どもの苗床にされていた可能性すらも……っ?」
忌々しい思い出に身を震わせつつも、ワシへの感謝を述べてくる。
「でも、師匠のおかげで妾はピピに出会えた。嘘から始まった関係性とはいえ、大切な大切な妹に。最期は上手くいかなかったが、まだ終わりではないからな。妾はやれる。ピピのためにまだ出来ることがある。この状況にいられることそのものが、師匠のおかげなのだ。わかるか、師匠? 妾は深く深く、あなたに感謝しているのだ」
マリアベルはぺこりと頭を下げた。
再び顔を上げた時、そこに浮かんでいたのは照れ笑いと、ちょっとの涙だった。
「ありがとう、師匠。また会う日まで、どうか壮健で」
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