「冒険の書三百十八:マリアベルは知っている」
~~~マリアベル視点~~~
「……なんだルシアン、それはいったいどんな感情だ?」
ルシアンの顔に浮かんでいたのは、困惑と不安だ。
迷子の男の子が浮かべるような、そういった類の。
しかしどうして、なんでこの状況で……?
「……なあマリアベル。ひとつ聞いてもいいかい? 君はどうして、そんなに強くなれたんだ?」
ルシアンの口をついて出たのは、思ってもみなかった質問だった。
「妾が強くなった? 別にそんなことは……」
「あるよ、大いにある。君と僕、師匠の弟子になったのは同時期なのに、今や驚くほどの差をつけられている。その差がどこにあるのかと思ったんだ」
「そ……」
そんなことはないと言おうとしたマリアベルよりも先に、ルシアンが口を開いた。
「これは純然たる事実の話だ。君は強くなって、僕はそうでもない。一連の『闇の軍団』との戦いの中で、僕はなにもできなかった。わけもわからずみんなについて行って、わけもわからず戦っていただけだ。そしていつの間にか、戦いは終わっていた。対して君は、常に戦いの中心にいて、赫々たる戦果を挙げた。僕の褒章に対してはみんなが『過剰だ』と疑問の声を上げたが、君のそれにはみんなが『足りない』と不満そうな声を上げた」
「それは誤解だ。今回の戦いに関しては、たまたま戦いの中心にいただけ。たまたまおまえはそこにはいなくて……だから何も気にする必要はないのだ。実力の過不足の問題ではない」
「慰めならやめてくれ」
ルシアンはしかし、断固として首を横に振った。
「僕は足りていないんだ、まったく足りていない。いつかは師匠に並び立ち、やがては追い抜き、ゆくゆくは妻に迎えたい。大それた夢を見ているくせに何もできない自分が情けなくて情けなくて……」
「……なんだ、そっちの話か」
マリアベルはズコッとばかに肩をコケさせた。
ずいぶん深刻な表情をしているからどんな悩みを打ち明けられるのかと思っていたら、あまりにもバカバカしい内容だったので拍子抜けしてしまった。
「まったくもう、どいつもこいつも……あのな? いいかげん、その願いは諦めたほうがいいと思うぞ? 師匠は絶対そっちの気はないから」
ディアナが人族の、というより男そのものを愛するようになるとは思えない。
未来のことは誰にも断言できないとはいえ、不思議とそれだけはわかる気がする。
「いや、それはあくまで僕が弱いからだろう。師匠は誰よりも強さに対する欲求の強い人だ。自分より強い男が現れば共に競い合い、さらなる高みを目指そうとするのは必然。尊敬や信頼が恋愛感情に変わり、やがては妻にというのも不自然な話じゃない」
「……その他人の話をまったく聞かないところ、よくないと思うぞ?」
「そこでだ、マリアベル君。教えてくれないか? 君はどうして強くなれた?」
「こいつはぁ~……」
マリアベルはため息をついた。
恋愛やら妻やらはどうでもいいし正直めんどくさいが、強くなりたいというルシアンの思い自体は本物だ。
師匠の貴重な弟子の片割れとして、多少は力を貸してやってもいいだろう。
「よし聞け、簡単な方法がひとつある」
「か、簡単な方法があるだってっ?」
え、と驚きの表情を浮かべるルシアン。
「た、頼む教えてくれ! それさえ知れば僕は……っ!」
興奮して身を乗り出すルシアンに、マリアベルはボソリと告げた。
「それはな、師匠について行くことだ」
「ん?」
「聞こえなかったか? 師匠について行くこと、それだけだ」
「はあ? いやそれじゃ今までと変わらないんじゃ……」
「ルシアンよ。おまえは知らないのだ。あの後……ドロガロンに呑み込まれた妾がどんな目に遭ったかを……」
戸惑うルシアンに、マリアベルはあえてゆっくり語って聞かせた。
ちょっと前に味わった出来事を。
マリアベルしか知らないあの日々を。
「バカデカい泥竜の胃袋の中で溶かされそうになったかと思ったら次の瞬間には巨大な滝つぼに落ちていた。ぎりぎり生き延びたとホッとしたのもつかの間、お次は切り立った崖登りだ。それもなんとか切り抜け、ようやく光明が見えたかなと思ったところに待っていたのはたたた大量の……むむむむむ蟲の大軍で……っ。崖の中の洞窟を登って登って……命からがら地上に出たと思ったら今度はがががが蛾の大軍に襲われて……っ」
身を震わせながら当時の状況を語るマリアベル。
傍らで聞いていたルチルナが「ひっ……」と悲鳴を上げるほどの、それはもう凄惨な体験談だった。
「最終的にはエルフの防衛隊の指揮を任されるハメになったのだ。何十万という命をいきなり掌の上に載せられたのだ。なあ……わかるか? ルシアンよ」
マリアベルは言った。
確信をこめて。
「強くなった、のではない。強くならなければ死んでいた、のだ」
「ぼ、僕の知らない間にそんなことが……?」
恐れおののくルシアンの肩を、マリアベルはポンと叩いた。
未だ頂上を知らぬ登山者に語り掛ける山の女神のような、慈悲深き笑顔で。
「ルルカとチェルチもおそらく同じだ。師匠の冒険に巻き込まれ、無茶ぶりに耐えたおかげで強くなれた。どんな状況でもあのようにキャイキャイ騒いでいられるほどに、だ。なあルシアン、おまえもじきにわかる。他らぬその身をもってな。嫌でも強くなれる、ならされる。師匠と共にいるというのはそういうことなのだ」
遠回しな死刑宣告にも等しいマリアベルの言葉が効いたのだろう、ルシアンはゾゾゾッとばかりに背筋を震わせた。
「……あ、あれ? なんだか急に怖くなってきたぞ? 僕、このまま師匠と一緒にいて大丈夫かな? 一度パーティを離脱して、もうちょっと鍛え直してから再合流するとかにしたほうがっ? このまま同行するのは命綱なしで高所作業するようなものではっ?」
「任せたぞルシアン。ふたりしかいない師匠の弟子の、片割れよ。これから先、妾の代わりに師匠の面倒を見てくれよ」
「ちょ、ちょっとマリアベル君っ? 君はなんだってそんなに清々しい表情をしているんだいっ? 『これで無茶ぶりされなくて済むやったー!』みたいな気持ちになってたりするんじゃないだろうねっ?」
「はっはっは、何を言っているのだルシアン。このマリアベル・ファング・ザリシオンがそのような怯懦な振る舞いをするわけがなかろうが」
「ま、マリアベル……。な、なんだかすごいイイ笑顔をしてるのよ……?」
マリアベルとルシアンと、おまけでルチルナ。
三人の別れの儀は、そんな風に賑やかに行われた。
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