「冒険の書三百十七:マリアベルは別れを告げた」
~~~マリアベル視点~~~
突然始まったルルカとチェルチによる追いかけっこを、皆は楽し気に目で追っている。
「いいぞもっとやれ~」とか「ケガしないでね~」とか「どっちも頑張れ~」とか、子どもたちのお遊戯を愛でる親族のような声が飛び交っている。
「まったく、何をしているのだあのふたりは」
マリアベルは呆れ混じりのため息をついた。
ため息をついたが、実際には好ましく思っていた。
何が理由で始まったのかはわからないが、小さくて仲の良いふたりのやり取りそれ自体は、どんな状況にあっても皆をほっこりさせてくれる元気の源だ。
いくらあっても困らない、天からの恵みのようなものだ。
「……あたちはまだよくわからないのだけど、ふたりはいつもあんな調子なのよ?」
ルルカやチェルチとは出会って間もないせいで慣れていないのだろう。
ルチルナが驚いたような顔で聞いてきた。
「うむ、そうだ。どんなに辛く絶望的な状況下でも笑いと希望をもたらしてくれる、妾たちにとってかけがえのない存在なのだ」
「へえ~……? なんだかすごいのよ?」
「そうだ、すごいのだ。だからこそ……」
――別れるのは惜しい。
マリアベルは、心の底からそう思った。
「……マリアベル。君は本当にここに残るつもりなのかい?」
対面に座っていたルシアンが言った。
優美な眉を歪め、残念そうに確かめてきた。
「考え直す気はないのかい? だって君……あれほど素晴らしい師匠と旅を出来る機会なんて、この先二度とないかもしれないんだよ?」
これ以上ないほどの正論にしかし、マリアベルはふるふると首を横に振った。
「わかっている。が、決めたことだ」
もう決めたのだ。
何を言われても覆すつもりはない。
「おまえに言われるまでもなく知っている。ディアナ……いや、正確にはフィオナなのだが、あれほど素晴らしい師匠に恵まれておきながら、一緒に旅をする機会を与えられておきながら、それを無にするというのはあまりにも愚かな行為だ。下策も下策だ」
「ならなぜ……」
「もちろん、ピピのためだ。そして、それを護らんとするルチルナのためだ」
マリアベルはまっすぐに告げた。
「世代交代した世界樹と、それを護る『世界樹守護官』に任命されたルチルナの助けになりたい。年若く世慣れていない彼女の補佐をしてやりたい。せっかく手に入れた『世界と語る者』を、もっとピピのために使いたい。意思疎通する訓練を重ね、やがてはきちんと会話できるようにしたい。そのためにも、今エルフヘイムを離れるわけにはいかないのだ」
もちろん、マリアベルはまだ任務の途中だ。
勇者学院のSクラス生徒であり、ハイドラ王国の勇者候補生であり、外交官であるデクランを護り補助するという重要な任務の真っ最中にある。
その途中で好き勝手に離脱するなど、本来なら許されない。
が――
「リゼリーナ王女殿下には、すでにこの件は伝えてある。勇者学院の校長にも、迷惑をかけてすまないと謝っている。ちなみに、どちらも快く送り出してくれた。あとは王都へ帰るだけというのもあるのだろうが、それが妾の選択であるならばと了承してくれた。その上で、妾との関係をこれで終わりにはしたくないと言ってくれた。籍は残しておくから、いつでも好きな時に戻ってきてくれとすら言ってくれた。……正直、泣きそうになった。申し訳なさとありがたさで、堪らなくなった。……わかるか? 罰を受けることすらあり得ると思っていたのに、恨み言のひとつもなかったのだ」
胸の痛みに堪えながら話すマリアベルの肘に、ルチルナがしがみついてきた。
「泣いちゃダメなのよ」と可愛らしい声で慰めながら、自分のほうが泣いている。
「ありがとうな、ルチルナよ」
心優しい少女の頭を撫でると、マリアベルは改めてルシアンに対した。
「というわけだ、ルシアン。師匠のふたりの弟子のうちひとりは、ここで離脱する。もちろんそのうち合流したいと思ってはいるが、それはたぶん、もっと先のことになると思う。一年か二年か、あるいはもっと先か。その間はおまえが師匠の傍にいて学び、おまえが師匠の露払いをしてくれ……ん?」
マリアベルは驚いた。
めちゃくちゃに怒られか呆れられるかの二択だろうと思っていたのだが、ルシアンの顔に浮かんでいたのは紛れもない困惑と――そして不安だったのだ。
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