「冒険の書三百十五:ルルカはいつだって、ディアナのことを想っている」
~~~ルルカ視点~~~
「……なんか最近。ディアナちゃんのひとりごと、多くなった?」
生命の泉のほとり。
苔むしてない岩の上に座りながら、わたしはつぶやいた。
「はあ~? まあ以前から多かったけど……。最近になってとくに多くなったといえばそうかも? でも、それのどこがダメなんだ?」
川魚のフリットにかぶりついていたチェルチちゃんが、口の周りを脂でテカテカにしながら顔を上げた。
キョトンとした、すんごく不思議そうな顔だった。
「ダメってわけじゃないの。ないんだけど……」
わたしは口ごもった。
ディアナちゃんを否定したいわけじゃないんだ。
ディアナちゃんはわたしにとって、何ものにも代えがたい存在だから。
大地や海や空ぐらいに動かしがたい、絶対的な存在だから。
だけどさ、そんな彼女にも疑問を感じることはあるんだよ。
小さな体に納まりきらないパワーとか、信じられないほどの技術の積み重ねとか、胆力とか。
以前の彼女には無かったはずの様々なものが、チクリと心臓を刺すことがあるんだよ。
だからね、一度は本気で悩んだんだ。
ディアナちゃんはホントは魔族に体を乗っ取られてるんじゃないかって。
小さくて可愛いくて綺麗ですべすべしてていい匂いのする史上最っっっ高に魅力的で蠱惑的なエルフの女の子の体を使って、わたしを誑かそうとしてるんじゃないかって。
端くれとはいえ聖職者であるわたしを唆して、なにかよからぬことを企んでるんじゃないかって。
でも違った。
ディアナちゃんはいつだって、自分以外の誰かのために体を張ってた。
たとえばパラサーティアでラーズと戦った時、つい最近だとドロガロンと戦った時もそうだったけど、彼女が命を懸けなきゃならない理由なんか何ひとつなかったでしょ?
なのに彼女は、迷うことなくそうしてた。自ら戦いの渦中に跳び込んでいった。
そんな彼女が悪人なわけがない。
もちろん自らの欲望……強者と戦いたいとか、そういった部分は大いにあると思うけどさ。
でもきっと……それだけじゃないはずだもん。
「ひとりごとを話すたび、ディアナちゃんは強くなっていくんだ。内省……っていうのかな? 内なる自分と話して、ダメ出しをして……? その結果としてより完璧になるというか、自然に成長していくことでより隙がなくなるというか……」
「いいことずくめじゃん。なおさら問題ないだろ」
「問題があるとは言ってないよ。でも……でもさ、ちょっと相談して欲しくはあるじゃない?」
これは裏切りかもしれない。
ディアナちゃんという絶対存在に対する背信かもしれない。
でも、わたしは思うんだ。
たまにはわたしのいるところへ、天から地上へ降りて来て欲しいって。
「わたしだって……もちろんその、わたし如きではあるんだけどさ。でもずっと、ディアナちゃんと一緒にやってきたわけじゃない? ベルキアの街ではさんざん落ちこぼれ扱いされて『落ちこぼれーズ』なんて呼ばれてさ、ギリギリで入れてもらったゴレッカさんのパーティではゴミみたいに扱われてさ。『魔の森』での事故でディアナちゃんが急に覚醒して、そこからはまあ色々あったけど……でもね、わたしはね? ずっと、ディアナちゃんと一緒にいたんだ。歩いて、走って、転んで、食べて寝て、そういったすべてのことを一緒に体験してきたんだ。これからもそうしていきたいんだ。だから、何かあったら話して欲しいんだ」
「……あのディアナが悩むような問題で、おまえが解決できそうなことってあるか?」
「うぐうぅ……っ? さ、さすがチェルチちゃんっ。鋭いツッコミを……っ?」
ツッコミの鋭さで死にそうになったけど、なんとか耐えた。
「でもでも、話して欲しいんだよお~。わたしじゃ解決できない問題もあるだろうけど、友だちだし仲間だから、もっともっと寄り添いたいんだよお~っ」
陽の光を浴びた吸血鬼みたいに悶え苦しむわたしを見て、チェルチちゃんはため息をついた。
「……なんかさ、気づいたんだけど」
食べかけの川魚のフリットをお弁当箱に戻すと、コケモモのジュースをひと口飲んで口を拭った。
「おまえもしかして、本気で最後までディアナについて行こうとしてる?」
「……えへへ、バレちゃった?」
わたしは思わず頭をかいた。
チェルチちゃんになら見抜かれるかな~と薄々思ってはいたけど、本気で即バレしたのが恥ずかしくて、耳まで真っ赤になっちゃった。
「変だとは思ってたんだよ。ひと口飲めば一年寿命が延びる『生命の泉』の水。おまえ、本気で五千口飲もうとしてただろ」
「いやあ~……だってさあ~……」
今さら隠してもしかたがないので、わたしは正直に話した。
「わたしは人族で、ディアナちゃんはエルフ族でしょ。わたしはあと数十年もしたら死んじゃうけど、ディアナちゃんは五千年は生きるわけでしょ。でも『生命の泉』の伝説が本物なら、最後までずっと一緒にいられるかもしれないじゃない。そんな魅力的な話ないもん」
「言っとくけどな、あんなの子ども騙しのウソで……」
「知ってるよ。知ってるけどさ……でもわたしは、用意をしておかなきゃいけないんだもん」
「なんだ? 用意って?」
「わたしはすぐに死んじゃうけど、ディアナちゃんはずっとずっとず~っと長生きするんだよ。そんでその間、ずっと内省してるんだよ。誰にも相談せず、ひとりで悩んで生きていくんだよ。そんなの寂しいじゃない。だから誰か……わたしじゃないならもっと他に、長生きできる誰かに傍にいて支えてあげて欲しいじゃない。ディアナちゃんの長旅にもつき合えて、一緒に戦えて、相談相手にもなれる誰かにさ」
「……ダメ娘に友だちを作ってやろうとする過保護な親の視点だな」
呆れたような口調でチェルチちゃん。
「えへへ、わたし如きが何を偉そうにって話なんだけどね……って、あああああ~っ?」
「なんだ、どうした急に? 大声出して?」
「気づいたっ。いま気づいたっ。なんだ、簡単なことじゃないっ。ね、チェルチちゃん? その役目、チェルチちゃんにお願いしてもいいっ?」
「……ハア?」
「魔族って、めちゃめちゃ長生きじゃないっ? 伝説級の悪魔になれたら、それこそエルフよりも長く生きれるんでしょっ? だったらチェルチちゃんがディアナちゃんの傍にいてくれればいいんだよっ。わたしの代わりにディアナちゃんと一緒に生きて、戦って、冒険して、時には相談に乗ってくれればいいんだよっ。わたしの代わりに、ディアナちゃんのことを愛してくれればいいんだよっ。……ってあ、言っちゃったっ」
最後に余計なひと言を付け加えてしまったことに気づいたわたしは、思わず口を手で覆った。
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