「冒険の書三百十二:宗教論争?」
「はああああ~⁉ 今の誰が言ったの⁉ 誰がわたしのディアナちゃんのことバカにしたのおおぉ~っ⁉」
やはりというべきだろうか、一番最初に爆発したのはルルカだった。
「小さいけど強くて! カッコよくて頭もよくて! それら全部をまるっと覆すほどに可愛くて綺麗で全身から甘い香りがしてとろぉぉぉ~り蜂蜜みたいに滴って! そのうえ色んなとこがすべすべしてるディアナちゃんをバカにするとかあああああぁり得ないんだけどおおぉ~っ⁉」
顔を真っ赤にして、叫びまくって。
基本的に人を責めることのないルルカにしては極めて珍しい大激怒だ。
「落ち着けルルカ、別にワシは怒っておらん。むしろ言い過ぎたことを後悔しておるぐらいだというか、今のおまえはスイッチが入りすぎていはしないか? 勢いがいつもと違うというか……傍から見ていて怖いぐらいというか……ああうん、この程度では止まらんか。おいチェルチ、おまえからもなにか言ってやってくれんか」
荒ぶるルルカはなかなか止まらない。
しかたなくチェルチに止めてもらおうとしたのだが……。
それほどワシへの執着があるわけでもなかろうこいつなら、うまいこと止めてくれるのではないかと思ったのだが……。
「よう~っしおまえら、そこを動くなよ? 今からすげえの一発かましてやるからな? にしてもいいよなあ~、鳥かごってのは。避けるようなスペースはねえし、みんなが密着してるから誰かひとりが雷属性の魔術喰らったら全員漏れなく感電するってわけだ。ってことで喰らえおるあ! 『呪いの稲妻』……」
「やめんか」
「痛あぁぁ~いっ? なんだよディアナっ、なんで止めるんだよっ!」
「檻の中にまとまっている囚人を外から魔術で攻撃するとか鬼畜の所業だろう、さすがに止めるわ」
「だってあいつらがあんたのことバカにするからあぁぁぁ~……」
ワシの手刀が痛かったのだろう、チェルチはわずかに涙ぐんでいる。
「ああ~、なるほどワシを思ってのことか。友ゆえの先走りであったと。そいつは悪かったな」
ワシはチェルチの頭を抱き寄せると、手刀の直撃で赤くなっている額を撫でた。
大人が赤子にそうするように、ヨシヨシと――直後、チェルチは悲鳴を上げて飛び退った。
「あああああんたいったいなにすんだっ⁉」
「なにっておまえ……ヨシヨシしとるだけだが? ほれ、大人が泣いている赤子にこうするだろう? あんな感じでな、痛いの痛いの飛んでけ~と」
「べべべべべつにあたいは赤子じゃないし! 痛くもないし泣いてもないし!」
さすがにヨシヨシは恥ずかしかったのだろうか?
チェルチは顔を真っ赤にすると、ワシから逃げるように飛んで行った。
「ん~……そんなに恥ずかしがることかのう?」
はてと首を傾げていると、ルルカが横から飛びついてきた。
「ずるいずるいずるい! チェルチちゃんばっかり撫でられて! わたしもわたしも!」
「別におまえは痛んでないだろうが……はいはい、これでいいか?」
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛~至上の快楽うぅぅぅぅ~っ」
悦楽に耽る邪教の信徒みたいなセリフを言いながら、ルルカはその場に倒れ込んだ――とまあ、それはさて置きだ。
ギイのファンクラブ(?)とワシの仲間の言い争いは、延々と続いた。
やれどっちが可愛いだの、ギイはあれしてくれただのワシがこれしてくれただの。
ギイの花嫁衣裳姿は全人類が見るべきだの、ワシのミニスカドレス姿は戦略兵器レベルだのと。
ワイ助はキャーキャー鳴いているだけだが、ワシに加担しているだろうことはよくわかった。
「……のう、もうその辺にしておいたらどうだ?」
言い争いが始まっておおよそ三十分がたった頃、両陣営が疲れ切ったのを見計らって声をかけた。
「そもそも美醜の問題など人によって異なって当たり前。にもかかわらず自らの土俵に引き込んで相手を言い負かそうとするのは無理があるだろう」
「「「「「う゛う゛う゛う゛……っ?」」」」」
これ以上ない正論に皆が押し黙ったのを確認したワシは、こちら側の急先鋒たるルルカにダメ押しをした。
「ルルカも、それでいいな?」
「うん……わかったよ」
ゼエハアと肩で息をするルルカは、しかし謎にイイ笑顔を浮かべると……。
「大丈夫。わたし、完全に理解したから。ギイさんはダークエルフにとってのディアナちゃんなんだって。わたしたちがディアナちゃんをバカにされたらキレるのと同様、ダークエルフもそれだけは見過ごせないんだって。推し争い……ううん、これはもはや宗教論争なんだ。お互いの神の良さを競い合うなんて不毛なこと、絶対しちゃダメだよね?」
女神教の信徒らしい折り合いのつけ方……といったらいいのだろうか?
ルルカはぺこりと頭を下げると……。
「ダークエルフのみなさん、ごめんなさい。不毛な争いはやめにしましょう。ギイさんは神、ディアナちゃんも神。信徒同士、互いの神を讃えつつ仲良くやっていきましょう」
ルルカの素直な態度が好感されたらしい。
ダークエルフの側のリーダーを務める姉御肌のメイドが、八重歯を覗かせ豪快に笑った。
「おう、いいぜ。しかしあんたもなかなか、いい啖呵の切りっぷりだったよ。このあたしが一瞬とはいえ飲まれるほどだった」
「あなたもよかったですよ。ギイさんへの熱い感情が伝わってきました。あれは愛ですね、紛れもない愛」
「おう、愛だよ」
「愛ですね」
「「へへへへへ……」」
メイドとルルカがガシッと握手。
他の面々も同じ気持ちだったのだろう、至る所で握手をしたり拳をぶつけ合ったりして互いの健闘を称えている。
「……殴り合いのケンカした者同士が互いの強さを認め合う、というか感じか? ま、互いに納得しているならそれでいいが……。というかダークエルフどもはダークエルフどもで、もっと自分たちの処遇を気にしたほうがいいのではないか? いずれ身代金と引き換えに釈放されるにしても、それまでは囚われの身だというのに。下手をすると、ケガだ病気だと適当な理由をでっち上げられたうえで謀殺されていたのかもしれぬのに……」
ひとり取り残された形となったワシが、なんとなくモヤモヤしたものを抱えていると……。
「そういえば姫さま」
メアリが不思議そうに聞いてきた。
「姫さまはどうしてディアナを名乗られているのですか?」
「え~と、それはあれだ。記憶を失った時の流れで?」
「それはうかがっております。『魔の森』での事故で名を忘れ、一時的に名乗っていたのがディアナ。お伺いしたいのは、どうしてそれがディアナだったのかということです」
「どうして、と言われてもなあ……」
そんなのフィオナ本人に聞け。
と言いたいところだが、さすがにそういうわけにもいくまい。
「……なあ、どうしてだ?」
己の内にいるフィオナにこっそり聞くと……。
(ディアナ・ステラはね。エルフ族の英雄の名前なの)
フィオナは懐かしそうな、そしてどこか照れくさそうな声で言った。
(ここからなら近いかな。ちょうどいいから見せてあげる。メアリに頼んで案内してもらって?)
「見せる? 案内? 別に構わんが……どこへだ?」
(ディアナの像のあるところ)
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