「冒険の書三百八:フィオナとメアリ②」
身支度を整えたワシは、メアリに案内されるまま食堂にたどり着いた。
「おおー……ずいぶんと広いな? 食堂は食堂でも貴賓客用の食堂、といったところかの?」
小走りして体力練成できるほどに広いが、隅々まで塵ひとつなく掃除が行き届ている。
風の精霊のおかげだろうか、常に涼やかな風が吹いている。
真ん中に設置された円卓は世界樹の太い枝から伐り出されたものなのだろう、重厚ながらも精緻な細工の施された高級品だ。
「あっ、ディアナちゃんおはよーっ!」
ワシに気づいたルルカが真っ先に手を振り。
「もがもが……遅いぞディアナっ。こっちは先に始めてるからなっ」
チェルチが鱒の香草焼きにかぶりつきながら文句を言ってきた。
マリアベルにルチルナ、デクランやルシアンの姿もある。
ワシの席はルルカとチェルチの間で、食事もすでに用意されている。
エルフ族の提供する、しかも朝食ということなので脂っこい料理ではないが、料理人が腕によりをかけたのだろう逸品が所狭しと並んでいる。
「おお~、こいつはいいな。肉と酒がないのが残念だが、どれもこれも美味そうだ……はっ⁉」
椅子の上にあぐらをかいたワシがスープ皿に直接口をつけようとしたところで、背後から殺気を感じた。
いや、正確には殺す気はないのだろうが、それぐらいの強いプレッシャーを感じた。
「ふぃおぉなあぁぁさぁぁまぁぁぁあ~……?」
プレッシャーの主は、言うまでもなくメアリだ。
小さな頃からフィオナの面倒を見てきた専属メイドはワシの肩をガシッと掴むと、幽鬼のような声を出した。
「椅子にあぐらをかいて、スープ皿に直接口をつけるうぅ~? それが王族の食事作法ですかあぁぁ~……?」
「いやその……すまん。ちょっとド忘れしてしまってな……?」
「あらあらそうですか~? 内緒の長旅が楽しすぎてわたくしの教えなどごっそり忘れてしまったようですわねぇぇえ~……?」
「ううううっ……?」
メアリの小言にだらだらと冷や汗を流しているワシを見て、皆が驚愕の声を上げる。
「あのディアナちゃんが謝った……っ?」とか「ディアナでも怖いものってあるんだ。驚いたぞ……」とか「師匠に教えたということは師匠の師匠ということかっ? つまり、妾にとっては大師匠っ?」などなど、好き放題に感想を述べている。
「ぐぬぬぬぬ……っ? べ、別にワシが恐れているわけでは……っ?」
不本意な評価に呻くワシに、メアリはさらに容赦なく。
「それでは姫さま。お食事の所作の基本からもう一度、復習しましょうか?」
ワシの手にスプーンを持たせると。
「お客さま方に失礼のないよう。さ、まずはスープから召し上がってくださいな。手前からスプーンですくい、決して音を立てぬように……もちろんご存知ですよね?」
目だけが笑っていない笑顔を向けてきた。
こうしてワシの、地獄のように堅苦しい朝食が始まった……。
+ + +
間違っては修正され、間違っては修正され。
食事を終える頃には一時間も経っていただろうか。
「はあぁ~……終わったあ~……。緊張しすぎてまったく味がわからんかったわい……っととと?」
開放感からまたもあぐらをかきそうになったのをギリギリのところで堪えると、メアリの反応を窺う。
「……ま、いいでしょう」
当のメアリは、メガネをキラリと光らせつつもこれをスルー。
怒られずに済んだワシは、ほっと一息。
「ああ~、せいせいしたわい。これでしばらくは堅苦しい礼儀作法から解放される」
あとはフィオナに王宮とやらを案内してもらおうか。
などと思っていると……。
(ふふ……なんだか懐かしいね。わたし、昔っから礼儀作法とか苦手で、よくメアリに注意されてたの。ガルムほどじゃないけど、けっこううるさく言われてね……。ちょうど今みたいな感じだったの)
いかにも懐かしそうな声で、フィオナがつぶやいた。
(メアリ、ホントに変わらないなあ~……。直接話ができればもっとよかったんだけど……)
「ぐっ……?」
(まあでも、こうして近くで見れるだけでもマシだよね。本来だったら二度と会えないはずだったんだもん)
「ぐううううっ……?」
ワシは胸を抑えて呻いた。
だって……のう?
フィオナを寂しい気持ちにさせたのは、こんな発言をさせたのは、他らぬワシなのだから。
結果論とはいえ転生して体を奪ったことに対し、罪悪感を感じるなというのは無理な話だ。
なのでワシは、頑張って声を絞り出した。
「のう、メアリよ。この後、暇か?」
今まで出したことのない優しい声で、メアリを誘った。
「わたくしが、ですか? 暇というわけではありませんが、姫さまのお申し付けであればなんなりと……」
「ではこうしよう、おまえに仕事の依頼だ。ワシの友に『翠星宮』を案内してくれんか? ワシにはおまえほどうまく説明できる自信がないのだ」
思ってもみなかったのだろうワシの提案に、メアリは「まあ……っ?」と口に手をあてて驚き。
フィオナは(わ、いいじゃないいいじゃないっ)と無邪気に歓声を上げた。
(だったらお弁当作ってもらってさ、ピクニックみたいな感じにしよっ。昔、メアリとふたりで探検ごっこした時と同じ感じでっ。あれ、すんごく楽しかったんだああ~っ)
フィオナの要望をそのまま伝えると、メアリは驚きつつも嬉しそうな顔をした。
「承りました。昔ふたりで行った『探検ごっこ』のように、ですね? それでは少々お待ちくださいませ。皆に今後の指示をして参りますから」
気のせいかもしれんが、わずかに弾んだような声を出しつつ去るメアリの後ろ姿を見送っていると……。
(いいの? ホントに?)
フィオナが不思議そうに聞いてきた。
(あんた、メアリのこと苦手でしょ? できればこれ以上関わり合いになりたくないんじゃないの? なんだったら近くにいたくすらないんじゃないの?)
「ふん、おまえの案内ではどこへ連れていかれるかわからんからな。少しはまともな奴がいたほうがいいだろうと思った、それだけのことだ」
おまえとメアリの両方に気を遣ったのだ、とは言わないでおいた。
そのほうがおそらく、楽しくふたりで過ごせるだろうから。
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