「冒険の書三百六:良いドワーフと悪いドワーフ」
ピチチチチッ、ピチチチチッ。
ピチチチチチチチチチチチチチチチチチチッ。
「ええい、やかましいっ」
小鳥どもの大合唱で目が覚めた。
レースのカーテンを開けると日が差し込み、窓を開けると清々しい風が入り込んで来た。
さすがはエルフヘイムというべきだろう、木々の匂いが色濃く鼻先に漂ってくる。
「……ふん、こうるさい鳥どものさえずりはともかく、ちゃんとしたベッドで眠れるのは素晴らしいのう。起きた時に肩や腰が凝っていないというのが素晴らしいわい」
肩をぐるぐる回しながら、その軽さに驚いていると……。
(ふぁ~あ、よく寝たぁ~)
フィオナのあくびが聞こえてきた。
「起きたかフィオナ……というか、おまえも寝るのか?」
魂なのに?
(う~ん……なんかそうみたい。疲れてくるとパターンって気絶するみたいになるの)
「そうゆーものか……」
(感覚もあるよ。あんまり強くはないけど、あんたが物を触ったら触った感覚があるし、熱かったら熱いかも? みたいに感じるの)
「味は?」
(ぼんやりしてるけどあるよ。昨日のお夕飯は美味しかった……気がする。たぶん……)
「眠りもするし、感覚もあると。そのくせ、すべてがぼんやりしてるというのはいささか寂しい気もするが……」
(そんなことないよ。だって、あんたが感じてる痛みをそのまま感じたりしたら、わたしたぶん気絶しちゃう)
「ああ……なるほどな」
痛みに慣れた武人のワシならともかく、こいつはただのエルフの小娘だからな。
それこそパラサーティアで味わったぐらいの傷を負ったりすれば、ギャンギャンうるさく泣き叫びかねない。
耳を塞いでも防げない、どこまで走っても逃れられない大音量の子どもの泣き声……それはさすがに、恐ろしすぎる。
(それにわたしの場合、人生二回目って感じだし? こうしていられるだけでもラッキーみたいな?)
「ああ~……うん、なるほどな」
魔の森でオルグに追われて転んで死んだはずが、魂だけが復活した。
自分の体はワシに奪われているが、それはそれで楽しめていると。
少なくとも、あのまま死ぬよりはよっぽどマシだと。
「前向きでけっこうなことだな」
ワシがフィオナの立場ならどうするだろう。
ぶんむくれてふて寝のひとつも決め込むところだろうが……。
(後ろ向いててもしかたないしね)
フィオナは明るく笑う。
(もしかしたらピピと話せるかもだし、ルルカともう一度旅ができるのも楽しそうだし。あんたといられるのも、あんがい悪くないしね)
「……ワシといられるのが、悪くない?」
意外な言葉に、ワシは首を傾げた。
フィオナからすれば、ワシは自分の体を奪った仇のようなものではないのか?
(うん。だってあんた、けっこう頑張ってくれたじゃない。わたしの代わりに謝ることで、わたしの名誉を護ろうとしてくれたじゃない。あの時思ったの。あんたってば無骨で頑固なドワーフだけど、いいドワーフなんだって)
「いいドワーフ……そういうものか」
(そうゆーものよ)
そう言うと、フィオナは笑った。
子どもが友人にそうするように、屈託なく軽やかに。
(さ、着替えてご飯食べよ。そしたら王宮を案内してあげる)
「なるほど、そいつは悪くないな。では着替えて朝飯を……あ」
そこでようやく気がついた。
疲れ切っていたせいだろう、ワシは正装のまま眠ってしまっていたのだ。
寝返りを打ったせいだろう、ドレスにはくっきりとした折り目がついてしまっている。
ずいぶん高級な品のようだし、ドワーフ的には問題ないが、エルフ的には大問題なのではないだろうか……。
(皺がついちゃってる。これはメアリに怒られそう……)
フィオナがつぶやいた瞬間、部屋のドアがノックされた。
「姫さま、もう朝ですよ。みなさますでに、食堂にお集まりですよ」
聞き慣れない女エルフの声がした。
(あちゃ~、さっそくかあ~)
フィオナは苦しそうに呻くと……。
(ごめんね。メアリってばこうゆーことにはすご~~~くうるさいの)
謝るようにつぶやいた。
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