「冒険の書三百四:世界樹再生官」
「世界樹……再生官?」
聞いたことのない、そしてまったく働きぶりの想像できない官職名に「……はて?」と首を傾げるワシに、イールギットが説明してきた。
「此度の戦いで、世界樹はその力の多くを失った。翠星珠そのものは代替わりできたが、伸ばした根や枝葉の多くが砕け散ったままだ。国中へ魔力を供給し、木々を力強く繁茂させるための導管が失われたままだ。現在知られている魔術や神聖術、精霊術や錬金術のどれをもってしても果たすことのできぬ世界樹の再生を、おまえにやってもらいたいのだ」
「いやいやいや、無理に決まっているだろう。そもそもワシが得意とするのは力仕事、無粋で無骨な殴り合いの術。そんな頭を使った働きなどできるわけが……」
「ちなみにこれは、長年ワタシが務めてきて、ついに果たせなかった役職でもある」
「それこそできるわけがなかろうが…………ん? 長年んんん?」
ワシはハッとした。
イールギットの抑制された声音に、長い年月を積み重ねてきた悔恨に見覚えがあったのだ。
「ああ……そうか。おまえが勇者パーティでやっていたあれか?」
「ん? なんでおまえが勇者パーティでのことを知っている?」
「ゴホンゲホンエッホーンッ!」
危うくボロを出しそうになったワシは、慌てて咳ばらいをして誤魔化した。
「……そ、それはあれだっ。流しの吟遊詩人の詩で聞いたのだっ。勇者パーティに所属していた当時のおじーちゃんが、魔族どもと戦うのと同時に様々な遺跡を調べたり、各地に伝わる古書や口伝を集めていたりしたとっ。それがおそらくは世界樹のためだったのだろうと、いま気がついたのだっ」
「なるほど……そういうことか」
孫バカのせいで目が曇っているのだろう、イールギットはそれ以上ツッコんでこない。
「ふう~……助かった」
危うく、最もしてはならない身バレをするところだったわい。
などと安堵しているワシに、イールギットは言った。
「その通りだ。おまえには物事の本質を見抜く力が備わっているようだな。当時のワタシは世界中を飛び回り、世界樹の枯死を防ぐ方法を探していた。そのためには魔族たちの治める領土の奥深くまで行く必要があった。勇者パーティに所属していたのは人類の敵たる魔王を倒すためだが、それだけでもなかったのだ」
「やはり……」
そういうことならば、当時のこやつの謎めいた行動にも納得がいく。
いつも余裕のなさそうな顔をしていたのも、たまにひとりでどこかへ消えるのも。
戦いにしか興味のないワシへのアタリがキツかったのも……いや、それはもともと相性が悪いせいかもしれんが……。
「ともあれ、そういうわけだ。フィオナよ。おまえは現在、勇者学院に所属しているな。つまり、ハイドラ王国のため限定ではあるが、世界各地を飛び回れる立場にあるわけだ。外交や遊学という名目を使えば、他国の書庫などにも立ち入れるのではないか? 交渉次第では、ワタシですら叶わなかった各国秘蔵の古書に触れることを許されるのではないか?」
「……世界各地を飛び回り、世界樹を再生させる方法を探れということか?」
「もちろんワタシも手伝わせてもらうつもりだ。これまでに得た知識を提供し、国としても個人としても全力で協力するつもりだ。……難しそうか? 出来そうにないか?」
無理強いをしている自覚はあるのだろう、イールギットが気づかわしげな目を向けてくる。
眉根を寄せて、唇を歪めながら問うてくる。
「ああ~……そうだのう~……」
嫌だ無理だと言うのは簡単だが、正直それは本意ではない。
「難しいのは難しいだろう。だが、やる価値は大いにある。世界樹の再生はピピの成長を促すだろうし、世界各国を飛び回るというのもワシの性格に向いている。知恵働きはおじーちゃんに任せればいいとして、是非やらせてくれとすら思っている。……だがちょっと、疑問もあるのだ」
それは、あの孫バカがこんなにも簡単に孫娘に自由を与えるのかという疑問だ。
「てっきり、おじーちゃんはワシを国から出そうとしないのではないかと思っていたのだが……」
ワシの率直な疑問に、イールギットは。
「当たり前だ。誰が可愛い孫娘を手放したいと思うものか。なんだったら牢に閉じ込めておきたいとすら思っているぞ」
恐ろしいほどに淡々と、孫娘への度を超した執着ぶりを語ってくる。
「うえぇぇ……」
ドン引きするワシに、しかしイールギットは……。
「実際、以前のワタシならそう思っていただろうな」
「……ん? ……以前の?」
おっと、流れが変わってきたな。
「五十年前の旅を経て、ワタシは変わったのだ」
虚空に目を向け、懐かしそうにイールギットは語る。
「女たらしのアレスに酒飲みマーファ、悪食のクルシュに脳筋戦闘狂のガルム。生まれも国も種族すらも別のワタシたちは、奇跡的に馬が合った。寝食や危険を共にする中で、さらに深く打ち解けていった。冒険者暮らしも悪くないな、世界樹の問題が解決したなら、このまま永遠に旅を続けていたいなとすら思ったほどだ。このワタシが、エルフ以外の種族と」
「……っ」
ワシは一瞬、息を飲んだ。
そうか、そうなのか。
イールギットもまた、愛していたのか。
あのパーティでの冒険を。
もう取り戻すことのできない、懐かしき日々を。
そして、だからこいつは変わったのだ。
今を大切にするようになり、周りの者を慈しむようになったのだ。
かつての頑なさを捨て、新たな自分へ生まれ変わろうとしているのだ。
「……ふん、皮肉なものだな。パーティの中で最も仲の悪かったワシらが、奇しくも同じ苦しみを抱いていようとは……」
「なんだ? 今、なにか言ったか?」
「いいや、なんにも?」
肩を竦めて誤魔化すワシに、イールギットは言った。
口をすぼめ、責めるような口調で。
「ともかく、そういうわけなのだ。ワタシにはな、おまえの夢を握り潰す気など最初からなかったのだ。国の外に出たいというなら出ていかせたし、冒険者になりたいというのならならせてやった。なのにおまえが、コッソリ出ていくから……」
「……それはまあ、すまんと思っておる」
悪いのはワシではなく、フィオナのほうだがな。
あるいは、気持ちをきっちりフィオナに伝えんおまえだが。
「おまえには自由であってほしいと思っている。翼をはばたかせ、外の世界を飛び回って欲しいと思っている。だけどそのままでは二度と戻って来ないかもしれないから、『再生官』という重しをつけておきたい。そういう意味もあるのだ」
「重しか。ふっ……」
思わず笑ってしまった。
孫娘の自由を尊重してやりたいが、まったく帰って来てくれなくなるのは寂しい。
かといって過干渉して嫌われたくもない。
おじーちゃんらしい気遣いと執着がこの役職に結び付いた、それもまた紛れもない事実なのだろう。
「わかった、わかった。たまには戻って来てやる。そんでもってそのつど、再生官としての務めの進捗報告をしてやる。それでいいだろう?」
笑ながら、ワシはイールギットの腕を叩いた。
かつての仲間へ、似たような胸の苦しみに悩む友へ、親しみをこめて。
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