「冒険の書三百三:アレじゃないアイテム」
イールギットに導かれるままワシらが向かったのは王の間の地下。
魔導昇降機で下った先にある、広い空間だった。
「ほう……これがか」
壁の一部がくり貫かれた先に世界樹の幹が見え、ポッカリと開いた洞の中に核である『翠星珠』が納まっているのが見えた。
「緑がかった青色の宝珠の中で無数の光点が輝いていることから『翠星珠』。まさにその名の通りといったところだな。だが……意外とサイズが小さいような?」
ワシは首を傾げた。
巨大という言葉ですらまだ生易しい世界樹の核なのだ。
人族の大人の二、三人分は余裕であるだろうと思っていたのだが……。
「これではせいぜい赤子の頭ぐらいではないか? こんなもので、本当に世界樹の核たり得るのか?」
「しかたないだろう。こいつはまだ産まれたてなのだから」
「産まれたて……? ああそうか、そうだったな」
ワシはぴしゃりと額を叩き、自らの不明を恥じた。
そうだ、考えてみれば当たり前ではないか。
「こいつはピピたちが集まってできたものだった。失われた以前の核の代わりに苗木たちが身を挺して作った、新たな核なのだった。小さくて当たり前か」
「そのピピというのはよくわからないが……まあそういうことだな」
見れば、翠星珠は一瞬たりとも停止していない。
ドクンドクンと脈打つように動いている。
「まるで生き物の心臓のようだな……いや、そうか。真実、生き物なのか。だとするならば……なあ、こいつはこれから大きくなるのだよな? 赤子が幼子になり、いずれは大人となるように」
「時間はかかるがな。芽吹いた種が若木となり、いずれは大木となるように。いつかはな」
「話すことはできるか?」
「話す? 世界樹と? 大いなる存在とか?」
ピピのことを知らないイールギットは、不思議そうに首を傾げる。
「木々の言葉を使えるのであれば可能だろうが……。そんなことは考えたこともなかったからな……」
まあたしかに、普通は樹と話そうとは思わんわな。
エルフにとっては神にも等しい存在だろうし、なおさらだな。
だいたいワシがそんな発想をしたのも、この中にピピがいるのを知っているからだし……。
「――なあ師匠、これがあればいけるのではないか?」
横から口を挟んできたのはマリアベルだ。
「マリアベルか、これとはなんだ?」
「これだ。先ほど手に入れたばかりのこれだ」
マリアベルが見せてきたのは、ひとつの指輪だ。
澄んだ青色の宝玉の嵌め込まれているそれはたしか……。
「そいつは『世界と語る者』ではないか。たしかこの世の意志あるものすべてと会話することのできる力があり……ハッ、まさかおまえっ?」
「そのまさかよ、師匠」
ニヤリ笑うと、マリアベルは指輪に唇をつけた。
その直後に、変化は起こった。
リィィィンという鈴を鳴らしたような音と共に青色の宝玉が光り輝き……。
「『なあピピ、そこにいるか? 妾の声が聞こえるか?』」
マリアベルの口から出た言葉が、ゆらりゆらりと神秘的な揺らぎを帯びる。
魔力が乗っているのだろう、心地よい旋律となって耳朶を打つ。
「『話すことができないならそれでもいい。代わりに動くとか……そういったことで意志は伝えられるか?』」
皆が固唾を飲んで見守る中――反応があった。
翠星珠がピクリ、わずかに傾いたのだ。
ドクンドクンと脈打つようなそれまでの動きとは明らかに違う動きで、わずかに右へ。
「「「「おお~!」」」」
皆が歓声を上げる中、今度は左へ傾いた。
「「「「おおお~!」」」」
今度はぶるぶるぶるぶる、細かく震え始めた。
その姿はまるで、自分の意志がワシらに通じたことを喜んでいるように見えた。
「「「「おおおおお~!」」」」
皆が歓声を上げる中、喜びを顔いっぱいに浮かべたマリアベルがワシに抱き着いてきた。
「やったぞ師匠! 意思疎通ができる! 会話にはならないが、そこにいるのがたしかにわかる!」
「たいしたものだな……や、本当によく思いついたな?」
エルフ族の宝物庫でギリギリまで悩んでいたマリアベルの横顔を思い出しながら、ワシは呆然とつぶやいた。
「正直、疑問に思っていたのだ。あれほどのアイテムがある中で、おまえならもっと他の……『影のマント』とか『黒炎の杖』とかそういう、おまえの好きそう~なアレなアイテムを選ぶのではないかと……」
「アレなアイテムとはなんだアレなアイテムとは」
マリアベルは唇を尖らせて不満を訴えたが、すぐに笑顔になった。
不満よりも嬉しさが勝るのだろう、ニコニコニコニコ笑っている。
「もちろんアレらのアイテムはカッコいいし、気を引かれなかったかといったらウソになる。でもな……」
ぶるぶると震え続ける翠星珠に手を伸ばしながら、マリアベルは言った。
「ピピと話すことができるかもと考えたら、もうそれ以外のことは考えられなくなってしまったのだ。金も名声も圧倒的で便利な力もどうでもいいと。ふふ……妾もずいぶんと姉バカになってしまったものだな」
照れ笑いを浮かべたマリアベルはワシから離れると、ルチルナと共に翠星珠に話しかけ始めた。
話し、つつき、話し、つつく。
そのつど翠星珠は震え、なにがしかの感情を伝えようとしているのがわかった。
もちろんこれだけでは会話として成立していない。
でも聞き方や反応のし方によってはきっちり意志疎通ができるし、このまま成長するのならもっとちゃんと話せるようになるかもしれない。
未来にはきっと、大きな希望が満ちている。
(ピピと……ピピと話せるの?)
ワシらのやり取りを聞いていたフィオナが、信じられないというようにつぶやいた。
「断言はできん。だが可能性はある。大いにある」
(そっか……そうなんだ。へへ、へへへ……っ)
もう完全に失われたと思っていた親友と、もう一度話すことができるかもしれない。
突然降って湧いた希望に、フィオナはそわそわし出した。
(いいなあ……そしたらわたしも、言いたいことがたくさんあるんだぁ……)
そわそわ、ウキウキ。
そわそわ、ウキウキ。
フィオナがあれこれとつぶやいているのを聞くとはなしに聞いていると……。
「……ゴホンッ」
話の流れに完っっっ全に取り残されていたイールギットが、大きく咳ばらいをした。
「ゴホンゴホンゴホンッ」
放っておかれたのが寂しいのだろう、チラチラとワシを見ている。
「ああ、そうだ。忘れておった。ここへ来たのはワシの官位について説明するためだったな?」
「そう、その通りだ。今回の国難に際し特別な功績のあったルチルナにはすでに『世界樹守護官』の官職が与えられている。ここへ出入りして翠星珠の安全を確保する他、枝葉の末端にいたるまで世界樹の安全のすべてを管理する要職だ」
もちろんルチルナひとりで行うわけではないだろう。
自分よりも遥かに年上の部下を指揮し、計画的に世界樹を守護する大変なお役目だ。
「おまえにやってもらいたいのはな、『世界樹再生官』なのだ」
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