「冒険の書三百:謝罪と弁解」
(げげっ……お父さまっ?)
実の父を、しかも一国の王を前にしてそのセリフはどうかと思うが、逆にいうならそれだけ仲の悪い家族なのだろう。
ひさしぶりに再会したにもかかわらず、懐かしさよりも遥かに激しい拒絶の声が漏れるほどに。
(わたし、こいつ嫌いなの。人としておかしいと思うから……)
おうおう、言うのう。
「実の父を『こいつ嫌い』だとか『人としておかしい』だとか……いったいどれだけのことをされてきたのだ?」
小声でフィオナに訊ねていると、会場の観客が騒ぎ出した。
「……見て、ヘリオンさまよ。ダークエルフを『翠星珠』の元まで引き込んだの、あの人でしょ?」
「そのせいで世界樹が枯れかけたのよ? 苗木たちが身を挺してくれたからなんとかなったけど、そうでなかったら国ごと滅んでたのよ? いったいどの面下げて皆の前に出てこれたのかしら?」
「国政を顧みずに女遊びばかりして、そのうえ戦犯とか、本気で救いがないでしょ」
なんともさんざんな評価だな。
普段から素行が悪く嫌われてはいたが、今回ダークエルフたちを国の中枢に招き入れ『千年結界』を破壊されるという国難を引き起こしたことで決定的となってしまったようだ。
「やあフィオナ、ひさしぶりだね……」
戦犯クソ野郎が青白い顔をワシに向けてきた。
げっそり痩せた頬に、口の端のひきつり、震える手、涙目。
極度に精神を病んでいるのは間違いないが……どう考えても自業自得だし、同情する余地は一切ないな。
「元気にしてたみたいだね? そんなに覇気に満ちた顔をして、魔物を素手で退治したりして、すごいじゃないか」
「……ああ、まあな」
「父親としても鼻が高いよ。僕のはともかくとして、エウロラの血が良かったんだろうね。あのコは元踊り子で運動神経が良かったし、頭も良かったから」
「……ああ、そうかい」
(ガルム、あっち行こ。こんな奴の言葉なんて聞く価値ないから)
有無を言わさぬ口調のフィオナにせっつかれたワシはしかたないのでヘリオンを無視、そのまま演台から飛び降りた。
一方、実の娘に完全に無視された形のヘリオンはというと……。
「はは、ははは……。まあ無視だよね……」
想像はしていたが、実際に無視されるとショックだったのだろう。
ガックリと肩を落としている。
距離を置いてから、改めてワシはフィオナに訊ねた。
「ええ~っと……エウロラというのがおまえの母親で……?」
(そ。元踊り子で、王の間で踊りをお披露目したところをあいつが見初めてお妃にしたの。でも女遊びはやめず、お母さまが病気にかかった時だって一度たりともお見舞いにこなかったの。お母さまが亡くなった時、わたしはまだ小さかったんだけど……ホントに寂しそうな顔をしてたのは覚えてるんだ。だから死んでも、許す気はないの)
「なるほどな……」
死んでも許さないとはまた強烈な拒絶だが、ここまでの経緯を聞く限りは無理もないといったところだろう。
小さな娘と病床の妻を放置して遊び呆けていた男が、今さら父親面してもなあ……。
「さて、そんな最低男が何を言うのか、甚だ疑問ではあるが……」
ワシの代わりに演台に立ったヘリオンには、会場全体から冷ややかな視線が浴びせられている。
一般市民も王族も、兵士や女官に至るまですべての者の目に憎しみが満ちている。
「今回の件に関してだが、まずは謝らせてくれ」
ヘリオンは頭を下げた。
さんざんやらかした後なので、まず謝罪から入るというのは妥当な判断だろう。
がしかし、そんなものでどうにかなるような失態だろうか……?
「僕が迂闊だったせいでダークエルフを招き入れてしまった。そのせいで王の間の奥へ無理やり立ち入られ、翠星珠を破壊されてしまった」
はあ? 無理やり?
自ら案内したと聞いているが?
「結果として千年結界が破れ、魔族どもの侵入を許してしまった。だけどひとつだけ言わせてくれ。僕は騙されたんだ」
黙って謝罪だけしていればいいのに、ヘリオンは余計なことを言い始めた。
「狡猾な罠だったんだ。薄汚いダークエルフどもが歯の浮くようなお世辞を重ねてきてさ、貢物を贈ってきてさ、あげくメルキオラの娘を差し出すだなんて言ったら、これはもう従属の証かと思うじゃん」
べらべら、べらべら。
皆の目に殺意がこもり出したのにも気づかず、ヘリオンは言葉を重ねる。
「ほら、わかるでしょ? 長年……それこそ千年万年って単位で対立していたダークエルフどもが僕の威光にひれ伏したんだ。僕は伝説の王なんだって思うじゃん。そしたら調子に乗るのも無理ないじゃん」
いや無理あるわ、と言ったのが誰かはわからない。
ともかくそのひと言をきっかけに、様々な暴言が飛び始めた。
「そんなことあるわけないだろ!」
「この期に及んでまだ他責するの!? 自分は悪くないんだ、騙されたんだって!?」
「幼稚舎の子どもだってもう少しマシな言い訳するわ!」
「以前から思っていたが、あんたは国王失格だ! やめちまえ!」
「やめろ! やめろ!」
「それだけじゃ済まんぞ! 反省室送り……いや、国外追放だ!」
「……もうめんどうだから処刑でいいのでは?」
怒りの声はとどまることを知らない。
手近にあった食い物を投げつける者まで出始め、このままでは暴動が起きるのではないかと危惧していると……。
「――静かに! そこまでだ!」
ヘリオンが腸詰めや果物まみれになったところで、イールギットが助けに入った。
見るに見かねた、というよりはここまでが計算だったのだろうという完璧なタイミングで間に入った。
「皆の気持ちはよくわかる。ワタシも同じ気持ちだ。つける薬もないバカにはそれ相応の罰があって然るべきだ。と、いうわけで――」
イールギットは冷たい目でヘリオンを見つめると、ズバッと言った。
「おまえには国王を退位してもらう」
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