「冒険の書二百九十九:ディアナのスピーチ」
「さあ、ここへ来るのだフィオナ。おまえの功績を、今日このような出来事が起こるを知るに至った経緯を、そのための努力を語るがいい」
ニコニコ気持ち悪い笑顔を浮かべたイールギットに手招きされるまま、ワシは演台に登った。
「緊張する必要はないからな。おまえが先ほどワタシにした話を、ありのままにするがいい」
演台の階段を登るワシの肩に触れたイールギットが、緊張しないようにだろう助言をしてよこす。
が、余計なお世話だ。
「はいはい、わかったわかった」
エルフなど、ドワーフにとってはヒョロヒョロのモヤシのようなもの。
どれだけ数がいても緊張などするものか。
「もしちょっとでもおまえに不満の声を上げる者がいたら、即座に捕らえて反省室送りにしてやるからな」
「わかったわかっ……いや、それはやめてやれ。というかなんだ反省室って……誰をどうするための施設なのだ?」
事あるごとに孫バカぶりを発揮してくるイールギットと謎の施設にツッコみを入れると、ワシは改めて観客席を見下ろした。
目の前にはざっと数えただけでも千人を超す観客がいる。『覗き鏡』と『遠隔通話』のかけられた水晶玉越しに遠隔で視聴している者まで含めれば、三千を超す観客がいるだろう。
旅から帰還するなり英雄となった我らの姫は何を喋るのだろう?
いったいどんな冒険譚を語ってくれるのだろう?
そんな皆の期待感が、ヒシヒシと伝わってくる。
「ん~……」
特に緊張感はない。
フィオナに頼んで『拡声』と『風精召喚』を組み合わせてもらった上で話すだけ。
内容についてもすでにイールギットの厳しい質問をくぐり抜けているわけだから問題ない。
言葉遣い行動の変化――素手で魔物の首をねじ切る――などを怪しまれるかもしれないが、せいぜいそのぐらい。
だからだろう、言葉はするりと口から出た。
「まず最初は、人魔決戦の話からだ。その当時ワシは……もちろん生きてはいないわけだから伝聞となるが……」
皆の顔をゆっくりと見渡しながら、ワシは続けた。
「魔王アスラ・メギドは倒されたが、多くの魔族は逃げ延びた。統制の効かぬ下っ端が各地で暴れたが、これはアレスたち勇者パーティや人類連合軍の活躍によって駆逐された。問題は統制の効いた有力魔族たちだ。こやつらは人の目につかぬよう各地に潜伏し、密かに力を蓄える道を選んだ。あれから五十年たった今もなお数を増やし、戦いの技を磨き、いつか人類に復讐しようと胸に刻んでいる。中には魔王の復活を企む者まで存在している」
魔王復活という単語に反応した一部の者が不安げな声を漏らすが、無視して話を進めた。
「この一連の動きに、魔族再興や魔王復活という恐るべき計画に気づいた者たちがいる。ハイドラ王国の太后……長生きのおまえたちにわかりやすいように言うならば、かつての『賢姫ルベリア』を始めとした者たちが秘密裏に諸国と連携をとり合い、警戒を強めている。王都ハイドリアにおいては勇者学院と呼ばれる教育施設を作り、優秀な人材の育成に乗り出している。ちなみにワシもそこの生徒。最も優秀な生徒が集うSクラスの一員に選ばれている」
「おおっ」とか「さすが姫さまっ」とか「あのボッチ姫がご立派になられて……」などという反応が落ち着くのを待って、ワシは続けた。
「皆も知ってのとおり、ワシはここにいた当時から放浪癖があった。衛兵の目を盗んでは外界へ遊びにいくことがたびたびあった。幸いというか、魔族の怪しげな動きに気づいたのはその時だ。人族の街や村に、城や砦に、橋や道に。侵略の兆候は様々なところに見受けられた。だからワシは、いつか魔の手がエルフヘイムへも及ぶだろうと想像し、準備をしておくことにしたのだ」
まあウソだが。
フィオナが考えていたのはピピのことだけだったが。
「なぜこの国にとどまって守りを整える道を選ばなかったかというと、エルフ族の種としての衰退に気づいていたからだ。人口減少に若手の国外流出、世界樹の衰えも目に見えていた。だから答えを外に求めたのだ」
人口減少や若手の国外流出、世界樹の衰えという耳の痛い単語の連発に、大人たちはしかめ面をした。
それらが事実であることを知っているだけに、反論などはしてこなかったが。
「強くなるために軍学と戦闘技法を学んだ。仲間を得るために様々な人と出会った。特に太后ルベリアやその孫娘の第三王女リゼリーナ、狂気の錬金術師ウルガ、パラサーティアの領主であるパラグイン辺境伯との間には強固な関係を築くことができている。何かあった時には万難を排してでも助けに向かうという約束までいただいている。――そして仲間だ。頼りになる友がたくさんできた。そこにいる『最も神に愛されし僧侶ルルカ』や『人類側についてくれた元・悪魔貴族チェルチ』、『光の剣使いの騎士ルシアン』や『最強の邪眼使いマリアベル』の活躍をその目にした者も多いだろう。同じエルフ族としてはルチルナが、幼いながらも懸命に手伝ってくれた。ピエルラ家の者どもは誇るがいい」
長男ハイデルの体たらく――ワシを殺そうして返り討ちに遭ったあげく、ドロガロンに体を奪われたこと――のせいで家が取り潰されるのではとびくびくしていたピエルラ家の面々は、パッと顔を明るくした。
一方、自分の名が呼ばれるとは思っていなかったのだろうルチルナは、驚きと晴れがましさのあまりだろう口に手をあて、目に涙を浮かべている。
「ともかく、そういった理由だ。ワシは敵の動きを察知し、内ではなく外へ力を求めた。本当はもっと早くに戻って迎撃準備を整えるつもりだったのだがな……予想よりも敵の動きが早かった。おかげで自陣深くまで敵の侵入を許し、出さなくてもいい被害を出してしまった。貴重な命を失ってしまった。どうか許してくれ、この通りだ」
ペコリと頭を下げたワシに驚いたのは、他の誰でもないフィオナだ。
(なんで頭を下げるのよ? 別にあんた、悪いことしてないじゃない。考えられるかぎりの最高速度で来たわけだし、誰にも勝てないだろう敵を倒しまくったわけだし……っ。そもそもがウソなのにっ、魔族の動きに気づいたのは現地に来てからなのに……っ)
「おまえの言い分はもっともなのだがな、実際にはそうは思わん者もいるだろう」
ワシは小声で説明した。
「もっと早く来れたんじゃないかとか、そもそも情報を共有しておけよとか、不満を口にする者もいるだろう。ワシはそれでもぜんぜん構わんのだが……」
(じゃあ……なんで?)
「おまえが困るかな、と思ったのだ。悪評が立って嫌な思いをするのは、どうあれおまえなのだから」
光あるところには闇がある。
幼い英雄を讃えると同時に、口汚く罵る者もいるはずだ。
良い悪いではなく、世の中というのはそういう風にできている。
「ワシはな、他ならぬおまえに、そんな思いを味合わせたくはなかったのだ」
偶然とはいえ、体を共有する者として。
過去や現在、未来をも共有する仲間として。
もちろん贖罪という意味もあるがな。
(そ……そうなんだ。わたしのためなんだ……へえ~……)
ワシの真意に気づいたのかどうかはわからんが、フィオナは照れに照れた。
急にぼそぼそ声になると……。
(べ、別にわたしが頼んだわけじゃないけど、一応言っとくわ。ありが……)
「「「「「うおおおお~っ!」」」」」
フィオナの礼をかき消すような勢いで、皆が歓声を上げた。
「頭を下げる必要なんてないですよ! 姫さまはよくやった!」
「あんたがいなかったらうちの人は死んでたんだ! ありがとう!」
「姫さまのおかげで俺は生きてられる! それだけは間違いない!」
「だから気にすんな! 堂々と胸を張っててくれ!」
「姫さま愛してるうぅぅぅぅ~っ!」
「我らの姫さま!」
「姫さま!」
「姫さま!」
「「「「「姫さま~!」」」」」
皆が感謝の声を上げている。
大人が、子どもが、ケガした者が、全身全霊で「姫さま」コールを上げている。
ルルカたちもそれに唱和し、イールギットは後方で腕組みしながらニヤニヤ笑っている。
「……ふむ、一部を除くがおおむねいい反応だな。フィオナよ、おまえなかなか、愛されているではないか」
皆の反応に気を良くするかと思いきや……。
(もう、なんなのっ。人が珍しくお礼を言おうとしてたのに……っ)
礼が遮られたことでワシに感謝の念が伝わっていないと思ったのだろう。
フィオナはぷんぷん怒っている。
もちろんワシとしては、きっちり伝わっているぞと伝えようとしたのだが……。
「……む?」
急に頭上に、影が差した。
誰だと思って顔を上げると、そこにいたのは国王だった。
現エルフヘイム国王ヘリオン・エル・ノクス・エリオンドールその人が、ワシを見下ろすようにして立っていた。
(げげっ……お父さまっ?)
実の父を前にしたフィオナが、実の娘にあるまじきセリフを口にした。
★評価をつけてくださるとありがたし!
ご感想も作者の励みになります!




