「冒険の書二百九十八:戦勝式典」
エルフの王族の正装に身を包んだワシが案内されたのは、翠星宮の大広間だ。
式典のためだろう、いつもは閉じられている大扉が開け放たれ、広い前庭とひと繋がりの大きな会場となっている。
あちこちに篝火が焚かれ、会場には椅子とテーブルがギチギチに並べられている。
テーブルには色とりどりの料理が並び、女官たちが木のジョッキにワインを注いで回っている。
席についているエルフの数は、ざっと数えてただけでも千人強。
水晶玉をこちらに向けているエルフが何人かいるのは、会場に入れなかったエルフたちに『覗き鏡』で現地の映像を、『遠隔通話』で現地の音声を届けているのだろう。
「はてさて、どんな反応が返ってくることか……。人死になどがでなければいいが……」
ワシがおっかなびっくり一歩を踏み出し、その姿を篝火の下に晒すと……。
「「「「「うおおおおお~っ!」」」」」
耳を劈くような大歓声が沸き起こった。
「見ろ見ろ、フィオナさまだっ。なんとお美しい……っ」
「まるで月の妖精のようではないか……っ」
「……お妃さまの面影があるな。あの方もお美しかったが、フィオナさまにはまた違った趣きがある。あああぁ~……尊いっ」
うっとりとした視線が肌に絡みつき、賛辞の声がうるさいほどに木霊する。
「いや……ちょっと可愛らしすぎないか?」
「まるで『魅了』でもかけられたみたいだ。目が離せない」
「……失礼。ちょっと胸が……っ」
客席からの距離が遠いせいだろう、着替え部屋の女官たちのように倒れる者は出なかった。
が、じっと見つめ続けているうちにルルカが良く言う『ディアナちゃん成分』を過剰摂取したような状態になったのだろう、息苦しさを感じる者が出始めた。
「うう~む……これ以上近くには寄らんほうがいいかもな……」
幸いというべきか、ワシの席は上座も上座、演台のすぐ近くの席だった。
「お、これなら多少は衝撃が和らげられるな」
殊勲者用の席なのだろう、ワシの周りに座っているのはルルカやチェルチ、ルシアンにデクラン、マリアベルにルチルナといういつものメンバー。
ワシの見た目に慣れている皆は当然だが、血を吐いたり気絶したりしなかった。
ただひとりルルカだけは、興奮のあまりだろう胸を抑えると、その場にうずくまり……。
「ダメ……胸が爆発して昇天しちゃう……セレアスティールさまが手まねきしてるよう~……」
「もしそうならそいつは邪神だ、戻って来い」
危うくあの世に旅立ちそうになっているルルカの肩をがくがく揺さぶってこちらに呼び戻していると……。
「――皆、よく集まってくれたな」
第一声は、演台に登ったイールギットからだ。
ゆっくりと皆の顔を見渡すと、すぐに始めた。
「我々は世界樹と共に生まれた。母なる樹がそうするように風に乗って旅をし、やがて世界各地に根を張った――」
世界樹とエルフたちの誕生から今に至るまでの歴史が、『拡声』と『風精召喚』によって拡大され、会場中へと届けられていく。
「しかし長寿命ゆえの繫殖力の低さが災いし、覇権を握ることは叶わなかった。人族の隆盛をただ指を咥えて見ていることしかできなかった。若い頃はそれを悔しく思っていたが、今となってはそれでいいと思っている。おかげで純血を保つことができたからだ。内側に入り込んだ異分子によって国を滅ぼされるという最悪の結果を防ぐことができたからだ」
まさに『異分子そのもの』である自らの身を思い、ワシは一瞬ドキリとした。
が、今の言葉に特別な思惑があったわけでもないらしいイールギットはそのまま続けた。
「結果として、我らは高度な文明を築くことができた。母なる樹がそうするように長年に渡って大地に根を張り、実を成し、多くの種から多くの若木を育て、此度のように衆として結束して敵に抗うことができた。かつては魔王軍であった敵を、今は『闇の軍団』と名乗る敵を蹴散らすことに成功した」
イールギットの話を聞く皆の表情には期待感が満ち満ちている。
この後に『何が起こるのか』を察しており、それを心待ちにしているようだ。
中には露骨にワシの方を見つめている者もいたりする。
「がしかし、これで終わり、めでたしめでたしというわけにはいかない。絵物語でも伝承でもないのだ。我々は今を生きており、今後も生きていかなければならない。敵は去ったが、今も我らが領土を狙っている。肥沃な土地を、果実を実らす木々を、川や土の恵みを、賢く美しき子らを、虎視眈々と。我らは強くならねばならぬ。結束し、学ばねばならぬ。今後も戦い、勝ち抜くために」
チラリ、イールギットはワシを見た。
「今ここに、学んできた者がいる。此度の国難あるを予想し、そのために各地を放浪し知見を深め、軍学を納め帰ってきた者が。その名はフィオナ・ウル・ノクス・エリオンドール――ワタシの孫娘だ」
イールギットがガバリと広げた手の先にいるのは――当然ながらワシだ。
「さあ、ここへ来るのだフィオナ。おまえの功績を、今日このような出来事が起こるを知るに至った経緯を、そのための努力を語るがいい」
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