「冒険の書二百九十七:着替え部屋にて」
さて、ハイドラ王国の首都ハイドリアから始まった、長い長い戦いの後だ。
王族専用の浴場で泥や返り血を綺麗に洗い落としたワシは、隣接する着替え部屋へと招かれた。
着替え部屋の床には竹を編んだ敷物が敷かれ、壁には大きな姿見がかけられている。
姿見の脇には無数のドレスが飾られており、その周りにエルフの女官たちが待ち構えている。
「まあ……なんとお美しいっ」
「可愛らしさが過ぎて、もはや神々しいまでありますわねっ」
湯浴み着を脱ぎ捨て裸となったワシを見ると、女官たちは驚いたように息を飲んだ。
ウットリと頬を染め、一瞬棒立ちになった。
がしかし、すぐに己の仕事を思い出すとワシの周りに集まってきた。
「と、とにかく準備に移りましょうっ」
「さ、姫さま。ここから先はわたしたちお任せくださいっ」
ワシの髪をブラシでとかし、肌に香油を擦り込んだりし始めた。
「なあ、わざわざこんなことせんでも……。別に普段どおりの格好でいいのではないか?」
ワシがささやかな抵抗を示すと……。
「なにをおっしゃいます! この後に控えている式典は姫さまのためのものなのですよ!」
「多くの国民が御身の姿を目にし、その偉業を讃えるのです! まさか普段どおりの装いというわけにはいかないでしょう!」
「そもそもですよ! これだけの極上の素材を黙って出すだなんて怠慢、許されませんよ!」
「料理人だって食材をそのまま出したりはしないでしょう!」
「「「「そのとおーり!」」」」
異口同音で返事を返してきた。
「そうは言うがなあ~……」
どうやらワシは、この後に行われる『戦勝式典』で演台に上げられるらしい。
そんでもって『闇の軍団』を撃退した英雄として讃えられるらしい。
そのためにも全力全開の『おめかし』が必要なのだという理屈だが……。
「偉業といったって、別にワシひとりでやったわけじゃないし……」
「周囲の者を奮い立たせ戦を勝利へ導くのもまた、英雄の所業でございます! 讃えられるのは当然でありましょう!」
「というより、讃えられなければならないのです! あなた様は我らの希望の星なのですから!」
食い気味に言いくるめられ、反論の余地もない。
というかそうか、そういうことなのか……。
「讃えられなければならない……なるほどそういう理屈か。ワシを勝ち戦の象徴にすることで、民意の結束を計ろうというのだな?」
戦に勝ったとはいえ、エルフヘイムの国土が激しく傷ついたのは間違いない。
田畑が荒れ、森は荒廃した。
家屋や城が破壊され、代替わりしたばかりの世界樹も本調子とはいかない。
死傷者の数も多く、だからどこかで勝利を祝う必要があるのだ。
そして、そのためには英雄が必要なのだ。
皆を勇気づける、象徴となる者が。
『帰還した第三王女』などはまさに打ってつけの存在だろう。
図らずも、大外壁の上でワシが演説をぶった時と同じ状況というわけだ。
「そういうことならわかった、わかった。好きにしろ」
ワシは手を挙げ、降参の意を示した。
民のためなら、かかる国難の被害者のためなら、ある程度の恥は受け入れよう。
それに……。
「……ま、可愛らしい格好をするのにもいいかげん慣れてきたらかのう」
(世界最強を目指すドワーフの武人なのにね)
「うるさいわい」
フィオナの軽口にムスッとした返答を返したりしているうちに、身づくろいは終わった。
服はドレスだ。
生地は純白の絹で、エルフ族特有の薄い体のラインが浮き出るデザイン。
水色の糸で世界樹の刺繍が施されているのはさすが、森に生きる民といったところか。
髪は左右で編み込み、後頭部でつなげて王冠のようにした。
そこへ翡翠の埋め込まれた銀のティアラを乗せ、二重の王冠に見立てた。
いかにも王族らしというか、こんなところまで細かく考えられているのだなと感心させられた。
足は世界樹の繊維で編み上げたサンダル。
足首には細い銀鎖のアンクレットが巻かれと、こちらも細部まで手を抜かない良い仕事ぶりだ。
「さ、できましたよ姫さま。どうですか?」
「これは……すごいな」
鏡に映った自分の美しさに、ワシは思わず息を飲んだ。
ルルカがよく『月の妖精』などといって褒めてくるのもよくわかるというか、エルフとは百八十度美的感覚の異なるドワーフのワシですら、素直に美しいと思えた。
「うう~ん、素材が良すぎる……っ」
「まさに致死量レベルの可愛らしさ……ごふうっ?」
「ダメ……耐えられそうにない……こ、これが尊死……っ?」
女官たちは口々に呻いた。
中には吐血したり、バタリと倒れ気絶する者までいた。
「大丈夫かこれ……生物兵器みたいになっとるけど……?」
着替え部屋はもはや死屍累々の有り様だ。
(そうなのよ。わたしもこうゆーの、昔から苦手だったんだけど……)
フィオナがしみじみとため息をつく。
「あ、おまえのコミュ障ってもしかしたらこのせいか? 見た目でキャイキャイ騒がれるのが嫌で、まともな人づき合いができなくなったのか?」
(べ、べべべ別にコミュ障じゃないしっ。普通にお喋りとかできるしっ)
思いきり動揺するフィオナはさて置き。
「問題はこの後だな。ルルカの反応はだいたいわかるとして、他の客だ。式典にいったいどれぐらいの数が来るのかはわからんが、下手をするとひどい騒ぎに……」
(三千よ)
「は?」
聞き間違えか?
(だから、三千人よ。ほぼ国民全員。国防とかの重要な任務にあたってる人は『覗き鏡』と『遠隔通話』のかかった水晶玉を持ってるから、遠くからでも見れるし聞こえるはず)
「……そこまでして見たいものか? ただの式典だろ?」
(人族なんかと違って、エルフ族って娯楽があんまりないからね。乗れる祭りがあったら全力で乗っかっていくの)
「ああまあ……その辺は田舎あるあるかもな」
ドワーフ郷でも、なにかと理屈をこねては祭りを開いて酒を飲んでいたしな。
今回のような勝ち戦の後なら、三日三晩飲み続けてもおかしくないしな。
ん~……しかしこの見た目でなあ~……。
着替え部屋だけでも女官たちの半数が行動不能になっているというのに、それが三千……本当に大丈夫か……?
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