「冒険の書二百九十四:カルラが最後に見た光景」
~~~カルラ視点~~~
ロック鳥とイールギットの戦いの隙をつく形で、カルラは王の間を脱出した。
ヴァネッサやギイとはちょうど反対側に位置していたので合流できず、しかたなく単独行動することとなった。
交渉事や組織内での立ち回りは得意だが、戦闘を始めとした荒事の苦手なカルラにとっては痛手だった。
翠星宮の裏手の森の中を走りながら、いつ敵に見つかり襲われるかと気が気でない。
「ちっ……なんだってあいつらこっちに来ないのよっ? アタシはエルフヘイム攻略軍の主席参謀よっ? この場で一番偉いのよっ? 今すぐ駆けつけて盾になりなさいよっ。あのコボルドたちみたいに、いざとなったら命を投げ出してでも助けなさいよっ」
翠星宮へと逃げこむ過程で、彼女の護衛のコボルドたちはいなくなってしまった。
といって、全員が全員討ち死にしたわけではない。
一番忠誠心の高かった一匹を追撃して来るエルフたちの足止めに使った(足をひっかけて転ばせた)のを見た皆が愛想をつかし、見捨てられてしまったのだ。
つまり、彼女が今ひとりなのは完全に自業自得ということになるのだが……。
「ああもう……腹立つっ、腹立つっ、腹立つっ!」
彼女はまったく反省していなかった。
魔族領の貧民街から成り上がった彼女にとって他の魔物はすべて自分の踏み台にすぎず、この期に及んでも考えを改める気はさらさらなかった。
「どいつもこいつも使えないんだからっ!」
愛用の鞭は激戦の中で失われ、傷ついた腕からはとめどなく血が流れている。
今誰かに襲われれば、彼女はまったく抵抗できない。
「まだよ……っ、まだ終わりじゃないわ……っ! 復活した『千年結界』のせいで一時撤退するハメになったとはいえ、主力はまだ無事なはずだしっ!」
人たらしの上手い女であるから、生き残りさえすればなんとかなるという自信があった。
普通なら敗戦の責任を負わされて処刑になるところだが、自分なら大丈夫と思っていた。
「大丈夫、これぐらいの負けなら取り返せる! 女を侍らすことを勲章と思ってるバカどもにすり寄れば、なんとでもなる! ……というか、みんなどこにいるのよ!? 主席参謀のアタシがこんな目に遭ってるのよ!? 救出部隊のひとつやふたつ、秒で送り出しなさいよ!」
実際には――エルフヘイム攻略軍はすでに『深遠樹海』から去りつつあった。
判断の基準はこうだ。
千年結界が本来の力を発揮すれば、攻略軍は樹海の中に閉じ込められてしまう。
いくら兵力の差があるとはいえ、『精霊や意志ある木々たち』を味方につけたエルフが『存分に魔術を振るうことのできる環境下』では、いかにも分が悪い。
パラサーティア防衛戦での敗北からわずか数カ月。
ここでまた数万から成る軍勢を失えば、今後の活動に多大な支障をきたすだろう。
状況悪しと見た上での冷静な撤退判断。
逃げ遅れの参謀ひとりに救出部隊を送り出す余裕など、そこにはカケラも存在しなかったのだ。
「アタシはここよ! ここにいるんだってば!」
叫びながら走るカルラの背に、突如として凄まじい衝撃が走った。
「……っつあ!? いったいなに……ぐふうっ!?」
圧倒的な重みであった。
自分の体の四、五倍はあるだろう巨大な物体がのしかかってきたことで、カルラは堪らず押しつぶされた。
「なん……なのよ……っ?」
カルラは必死にもがき、巨大な物体の下から上半身だけを出すことに成功した。
だが、そこまでだった。
「っああああぁあぁぁぁっ……!?」
物体が体重をかけてきたことで脊椎が折れ、下半身の感覚が失われてしまった。
上半身の力だけではこれ以上進めず、カルラの進退は完全に窮まってしまった。
「おまえだ、おまえに目をつけていた」
その物体は――ドロガロンは喋った。
「なっ……? アンタはロック鳥の……頭っ? 頭だけで生きてるのっ?」
まさかドロガロンの転生体だとは知らないカルラは、激しく混乱した。
「……我はなあ、わかったのだ。強い生き物を喰うと体が強くなる。知恵を持つ生き物を喰うと頭が良くなる。転生の際に強さは引き継げないが、頭の良さは引き継げる。ダークエルフのおまえはちょうどいいと」
「なに言ってるのよアンタっ? ってか、いいからそこをどきなさいよっ。アタシは闇の軍団の主席参謀、つまりアンタの上司なのよっ? こんなことして許されるはずが……っ」
「上司? ああ、こいつはそうだろうな、この鳥にとってはな」
カルラの言わんとすることを理解したドロガロンは、楽し気に笑った。
「だが、我は違うぞ。誇り高き竜種にして、リトニア川を統べる王である我は、決して誰にも縛られぬ」
「竜種……? リトニア川の王……? はあぁ~……?」
ドロガロンの言葉の意味を、カルラは理解できない。
平時ならあるいはできたかもしれないが、今はできない。
連戦の疲労に加え、臓器や脊椎の損傷、下半身の麻痺。
痛いはずなのに、苦しいはずなのに、ドロンと沼のような眠気が襲ってくる。
「わけわかんないこと……言うんじゃないわよ……」
「……おっと、壊してしまったか。人の中に紛れ込みやすそうな肉体だから転生先によかろうと思ったのだが、こうなってはしかたないな。ならば喰うしかないな。我の血となり肉となれ。ついでにその頭脳も寄こすがいい」
「や……だ……」
なんとか逃げようともがくカルラだが、手に力が入らない。
「そうだ、我は覚えたぞ。こんな時、人はこう言うのだろう? いただきますと」
「や……」
振り向いたカルラの目に、大きく口を開いたロック鳥の、ドロガロンの口腔が迫ってくる。
「あ……っ?」
ゴリッという硬い音と共に、底知れぬ暗黒が訪れた。
それが――最後にカルラの見た光景だった。
★評価をつけてくださるとありがたし!
ご感想も作者の励みになります!




