「冒険の書二百九十三:とどめはしっかり」
「……あれ? にしてもおかしいな……?」
全力で孫娘自慢をしていたイールギットだが、さすがにおかしいと思ったのだろう。
「なあフィオナ。我が孫よ、聞いてもいいか?」
ワシの目を覗き込むなり、怒涛の如き勢いで質問攻めを開始した。
一、エルフヘイムを出てからここまで、どこをどう旅していたのか?
二、そもそも誰にも見つからずにエルフヘイムの外へ出られたルートは?
三、軍学について学んでいたというが、そんなそぶりを見せたこともなかったのにどうして?
四、頭を打って記憶を失っているといったが、どこまで覚えているのか?
五、性格を始めとして色々変わりすぎではないか? ほとんど別人のレベルだぞ?
「え、ええ~と……それはだなあ~……」
エルフヘイムへ里帰りするにあたってある程度は『設定』を決めていたものの、イールギットの質問がことごとく急所を突いてくるので、そのつどワシは脂汗を流すはめになった。
フィオナが自分しか知らないだろう情報を教えてくれたり、ルルカたちが周りからフォローしてくれたりしなけば危なかったかもしれない。
ともあれ、なんとか乗り切った。
「なるほど……そういうことか」
イールギットは納得したようにうなずくと、ワシの頭をひと撫で。
「よかったぞ、おまえが『洗脳』の魔術にかかっていなくて。もしかかっていたら……」
「も、もしかかっていたら……?」
嫌な言葉の響きにゴクリと唾を飲み込むワシに、イールギットは……。
「『消去』をかけなければならないところだった。『洗脳』を解除できるほぼ唯一の魔術だが、強烈な効果と引き換えに激しい『精神耗弱』を引き起こす可能性があるのだ。その場合、おまえは半年から一年は寝たきりに……」
「うおう……なんと恐ろしい……」
聞くだに恐ろしい副作用と、かけられなくて済んだ事実にホッと安堵していると……。
「師匠! 師匠!」
「姫さま! やああああぁっと追いつけたのよ!」
大外壁で戦っていたマリアベルとルチルナが、ふたり揃って走り寄ってきた。
「おお、ふたりとも……っ」
ちょうどいいところに来たな、苦手な祖父と一緒で辛かったのだ……とはさすがに言えんが、ワシは喜び、勢いよく振り返った。
「よくやったなっ、素晴らしい活躍であったぞっ」
ふたりの活躍ぶりは、他のエルフから聞かされていた。
ワシが現場を離れた後、マリアベルは頑張って指示を出したそうだ。マリアベルの指示をルチルナが魔術でもって戦場中に届けたそうだ。的確な指示のおかげでエルフたちの被害は最小限に食い止められたそうだ。
マリアベルの『邪眼』もよく効いたそうだ。群がる敵をまとめて殺すのではなく、あえて『混乱』させるにとどめたそうだ。誰が敵か味方かもわからなくなった敵は、そこかしこで同士討ちを始めたそうだ。
そこへ追い打ちをかけたのがエルフたちだ。ピピたちのおかげで生まれ変わった『翠星珠』による魔力の後押しを得た皆が勇躍、見事に『闇の軍団』を押し返し、退散させることに成功したそうだ。
「まったく素晴らしい、見事な戦果だ。国からも相当な恩賞が出るに違いないぞ。ルチルナの家にとっても嬉しい報せとなるのではないか?」
頑張りを褒めるワシに、しかしふたりはすごい勢いで首を横に振った。
「そんなことはどうでもいいのよ!」
「それよりピピは!? ピピはどうなったのだ!?」
「ああ、そこの魔導昇降機を使えばすぐ目の前だが……」
ふたりの気持ちはよくわかる。
特にマリアベルにとっては、本気で妹のような存在だろうからな。
他の苗木たちと一緒に翠星珠を形成する一部になったとはいえ、今現在どんな格好をしているのかは非常に気になるところだろう。
もしかしたら意志があるかもしれない、話をすることだってできるかもしれない、そんな儚い望みすら抱いていることだろう。
「なんだ、師匠は行かないのか!?」
「それとも、もう見たのよ!?」
その場で足踏みをしながらワシに訊ねてくるふたりに、しかしワシは首を横に振った。
「ワシもまだだ。見にいきたいのは山々だが、どうしても片付けておかなければならないことがあってな……」
ワシはチラリと目を横に向けた。
ドロガロンの特攻とイールギットによる超級魔術の行使のドサクサに紛れたのだろう、ヴァネッサとギイはとっくに行方をくらましていた。
部下のダークエルフたちはすべて捕らえているが、幹部クラスのカルラという女が消えていた。
それ自体はどうでもいい。
できることならまとめて首をへし折ってやりたいところだが、どうせまた戦場で見えるだろう相手だ。急ぐ必要はない。
問題は、イールギットの超級魔術で残ったドロガロンの巨大な頭が今なお生きているということだ。
じりじり、じりじり……。
ドロガロンは床の上を這うように移動している。
ワシらに気取られぬよう、この場からこっそり脱出しようとしているのだ。
凄まじい生命力、凄まじい執念という他ない。
もしここで逃がせば、きっと他の生物に転生することだろう。
力や知恵を蓄え、最終的には人類の手におえぬ強敵に育ってしまうことだろう。
それだけは絶対に阻止せねばならんのだ。
「なあ、おじーちゃん。ワシがこの場を離れたあとで、あのロック鳥の両足を消滅させてくれ。絶対に、欠片も残さずだ」
「お、おお? わかった、おまえの頼みならなんでも聞くぞ?」
イールギットの注意がドロガロンの両足に向いたのを確認すると、ワシはワイ助とマリアベルに声をかけた。
「ワイ助とマリアベルは、ワシに力を貸してくれ」
「キャー?」
「ワイ助……このワイバーンだけでなく妾の力も? なんで? もう戦いは終わったのでは? ……というか今、おじーちゃんと言ったか? 師匠がそんな可愛いらしい言葉遣いを……?」
「そこには触れるな」
ゴホンと咳ばらいをして誤魔化すと、ワシは続けた。
「とにかくついて来てくれ。後腐れのないよう、きっちりとどめを刺しておかなければならん奴がいるのだ」
その瞬間――皆の注意が逸れたと思ったのだろう――ダッとばかりに加速したドロガロンの頭が王の間の外へと消えた。
ワシはマリアベルと共にワイ助に乗り、その後を追った。
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