「冒険の書二百八十四:ヴァネッサ、追いつめられる」
~~~ヴァネッサ視点~~~
「ほら、あんたの腕なんだから自分で持ちなさい! 今ならまだ間に合うから、体とピッタリくっつけるの! あ、適当じゃダメよ!? 一ミリでもズレたら後々面倒なことになるからね!? くれぐれも慎重に、大事に扱うのよ!?」
ギイを抱いたヴァネッサは、『翠星宮』の王の間へと続く階段を駆け上がりながら叫んだ。
小脇に抱えていたギイの腕を、ギイ自身に手渡した。
「くそ……っ」
上から目線の命令なんて絶対拒否するだろうギイだが、今回ばかりはさすがに反抗する元気が出ないようだった。
悔しそうに歯ぎしりしながらも従い、体の切断面に自らの腕の切断面をくっつけた。
「一本金貨三十枚は下らない高級品なんだから、ありがたく思いなさいよっ!?」
ヴァネッサが『大治癒』の効果のあるポーションを振りかけると、ギイの傷口からシュウと白い煙が上がる。
「ぐっ……?」
傷に染みるのだろう、ギイが苦悶の呻きを上げる。
目の端から、ポロポロと涙がこぼれる。
「『闇の剣士』さまが、痛みごときで泣くんじゃないわよ!」
「泣きたくて泣いてるわけではないわい! これはあくまで生理現象で……っ!」
ポーションは即座に効果を発揮した。
切断された骨と骨とを繋げ、筋肉と筋肉を繋げ、血管と血管とを繋ぎ合わせた。
「三十分も安静にしてればくっつくはずよ! い~い!? それまでは絶対に暴れるんじゃないわよ!? 本気でモゲるからね!?」
ヴァネッサはすかさず黒糸を操ると、ギイの体と腕が離れないようぐるぐる巻きに縛り付けた。
それでももちろん、ギイの動き次第ではどうなるかわからないので……。
「跳んだり走ったりも禁止……と言いたいとこだけど! さすがにそんなこと言ってられる状況じゃないからね! ほら、人に頼らず自分の足で走りなさい!」
「皆まで言わずともわかっておる!」
ギイはヴァネッサの手から降りると、五段飛ばしで階段を登り始めた。
さすがは武人というべきだろう、その足取りには一切の乱れがない。
とてもじゃないが、ついさっきまで腕を切断されていた人間とは思えない姿だ。
「くそっ! なんたる……なんたる屈辱だ……!」
顔を真っ赤にしながら、ギイは屈辱を叫ぶ。
「この我が、接近戦で魔術師ごときに後れをとるとは! しかもこんな無様な逃げを打つハメになるとは……!」
「しかたないでしょ! 相手は人魔決戦どころか、全種族全歴史においても有数の大魔術師なんだから! しかも今のあんたはまだまだ小さなお姫さまなんだから、なおのことしかたないじゃない!」
「相手が強いとか……! 不利な体を使っているとか……!」
ギリリと歯を食いしばると、ギイは叫んだ。
爆発するかのような勢いで。
「そうゆーのは関係ないのだ! 負けは負け! 逃げは逃げ! 我は! 今まさに! 武人として恥ずべき行いをしているのだ!」
「ああああ~もうっ、うるっさいわねっ! こちとら戦闘バカの矜持なんて知らないのよっ!」
ヴァネッサは口でこそわからないふりをしたが、実際にはわかっていた。
ギイとは違い搦め手を尽くしての戦い方を好むという差はあれど、彼女とてひとりの戦士には違いないから。彼女なりの信念があるから。
信念を捻じ曲げて逃げを打っている、今のギイの悔しさはよくわかる。
だが、その感情に向き合うのはあまりにも苦痛だから、知らないふりをし続けた。
「最終的に勝った方が強いっていうそれだけの話でしょ! 一時的に恥をかいたって、そんなの後からいくらでもとり返せるでしょ!」
「我は嫌だ! このままで勝ちたい! 逃げたくない!」
ギイは半泣きになりながら首を横に振る。
「もうっ、見た目だけじゃなく中身まで子どもになっちゃったのっ!? それとももともとそんなんだっけっ!?」
言い合いながらも、ふたりは同時に階段を登り切った。
凄まじい勢いで、王の間の奥へと躍り出た。
と同時に、魔導昇降機の到着音がポ~ンと響いた。
タイミングを考えるなら、そこにはイールギットを始めとした敵の主力が乗っているはずだ。
ヴァネッサたちを追撃し討ち取らんと、戦闘準備を整えているはずだ。
だが、魔導昇降機の最大乗員数は二十人ちょっと。
その場で戦うにはあまりに小さい。
防いだり回避したりといった行動をとるようなスペースがないのだ。
ならば、そこには仕掛ける機会が生じる。
この苦境を乗り越える、絶好の機会が生じる。
「あら、これってばもしかして……チャンスだったりする?」
ヴァネッサは口の端を笑みの形に歪めると、懐から小さな球を取り出した。
黒色の球が三つ。
魔族の凄腕錬金術師の手による、特別な爆薬だ。
硬いものに叩きつけた瞬間に『消えない炎』が飛び散り、魔導昇降機の中を火炎地獄にする。
「伝説の大魔術師さまともあろう方が、ずいぶん間抜けな真似をしたものね……って、はあああぁあぁぁ~っ!?」
思ってもみなかった展開に、ヴァネッサは驚きの声を上げた。
扉が開いた瞬間、中から紫色の煙があふれてきた。
王の間の奥の空間に、モウモウと立ち込めた。
毒を含んでいるかもしれない煙を吸い込むのが危険だと判断したヴァネッサは、体ごと横に跳んだ。
「なにこれ……毒っ!?」
口を手で覆いながら警戒するが、冷静に考えてみればおかしい。
「上に仲間がいる可能性を考えると、そんなリスクをとるわけがない……? はっ? やられたっ?」
気づいた時には遅かった。
「さぁ~て……間抜けはどっちかな?」
振り返ったヴァネッサの目の前に、地下にいたはずのイールギットがいた。
もちろんだが、階段をあくせく登ってきたわけではない。
魔導昇降機に乗ってきたわけでも。
「『極短距離瞬間転移』……!?」
普通に転移するだけだと『待ち伏せ攻撃』を受ける可能性があるため、魔導昇降機を『囮』に使ったのだ。
囮は『寄せ餌』としても機能した。餌に引きつけられたヴァネッサたちは足を止めてしまい、結果として……。
「ハア……ハア……やった! 着いた! 追いついた!」
ルルカが息を切らせながら階段を駆け上がってきた。
「へっへ~ん♪ あたいってば大殊勲だぜ~♪」
ルルカの脇をすり抜けたチェルチが天井近くまで飛び上がったかと思うと、目もとをニヤつかせながら見下ろしてきた。
「あれだろ? さっきの毒のくだりを思い出したんだろ? そのせいでただの『煙』の魔術が毒みたいに見えたんだろ? へっへ~ん♪ おかげで足止め大成功♪ いやあ~、綺麗に引っかかってくれてよかったぜ♪」
「くっ……!?」
ルルカを騙した手順を逆用され、今度はこっちが騙された。
貴重な逃亡時間を奪われた。
イールギット・ルルカ・チェルチ・ルシアン。
敵の主力に追いつかれ、囲まれてしまった。
「さあ、今度こそ決着をつけてやる。覚悟しなヴァネッサ」
チェルチが大鎌を手にニヤリと笑うが……。
「まだ終わってないわよ! 言ったでしょ、こっちには援軍がいるんだって!」
ヴァネッサは負けじと叫んだ。
「『闇の軍団』の空中機動部隊が今まさに迫ってるんだからね!」
「ヴァネッサあぁぁぁぁぁぁ~!」
直後――王の間に響いたのは、他でもないカルラの声だった。
ヴァネッサの上司であり闇の軍団の作戦参謀でもあるダークエルフの女が、エルフヘイムの中枢までやって来たのだ。
「ほら、まずは味方がひとり」
単体の戦力としてはさほどでもないが、敵地ど真ん中で味方と出会えたのは嬉しい。
単独で動くタイプでもないから、きっと多くの部下を引き連れているはずだ。
嬉しい、助かる。
ヴァネッサはそれはもう、ニッコニコで振り返った。
上司と部下の関係を忘れるほどに、親しみのこもった声をかけた。
「遅いわよカルラ~、何やってたのよ~♪」
しかしカルラは、それどころではないらしかった。
死に物狂いの全速力で突っ走ると、涙と鼻水まみれの顔を歪めて叫んだ。
「たああぁぁぁぁすけてえぇぇぇぇぇぇ~っ!」
「でも助かったわ、ちょっとばかりピンチなとこだったから。さあ、あんたの部下どもにこいつらを攻撃するよう言って……うん? 今、助けてって言った?」
「殺されるうぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ~っ!」
「ちょっと落ち着きなさい、何を言ってるのよあんたは……って?」
泣きながら走るカルラの後ろに目をやったヴァネッサは、驚きのあまりピシリと固まった。
そこにあったのは、あまりにも衝撃的な光景だったからだ。
――ゴガガガガガガガガガドドドドドドドドドドドドドドドドッッッ!
王の間を支える円柱や屋根を破壊しながら滑空して来る、巨大な鷲の魔物――ロック鳥。
混乱のあまりだろうギャアギャアと悲鳴を上げるその首の後ろに、ひとりのエルフの娘が乗っていたのだ。
「ウっ……ソでしょ~……?」
驚きのあまり言葉を失うヴァネッサの代わりに、ルルカがその名を呼んだ。
そうだ、その娘の名は……。
「ディアナちゃん!」
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