「冒険の書二百八十三:ルルカは聞き間違えない」
~~~ルルカ視点~~~
「そこのエルフのジジイが言った通り! 『千年結界』が停止しても地上部隊の到着には時間がかかるわ! でも空なら話は別! 『闇の軍団』空中機動部隊が到着したのよ!」
声高らかに叫んだヴァネッサの言葉の真偽を探ろうとしたのだろう、誰かが『覗き鏡』の術を唱えた。
決して悪気はなかったのだろうその行動が、返ってみんなの動揺を誘う結果になっちゃった。
「「「「「……っ!?」」」」」
術師さんの手もとに映し出された映像には、無数の魔物たちの姿が映っていたんだ。
エルフヘイムの街を彩る立派な樹々の間を我が物顔に飛ぶ、魔物たちの姿が。
「なっ……なんだこの数は……っ!?」
「ハーピーにインプに死霊、大蝙蝠にコカトリス、ワイバーンに騎乗したダークエルフの飛行騎士までいる……っ? 数も百やそこらじゃ効かないぞっ?」
「あのデカいのはロック鳥か? 街すらひと飲みにするという伝説の……っ? 冗談だろおい……っ?」
しかも厄介なのは、それらが全部空中戦力だということだ。
何せ高度差があるから、剣や槍による攻撃は当然だけど届かない。
エルフ族には弓使いや魔術師が多いから普段ならなんとかなるかもだけど、今はあいにく『翠星珠』が壊れてしまっている。
世界樹による魔力の供給がないせいで魔術師たちは本領を発揮できない。
つまり現状、わたしたちはただただ一方的に上から殴られ続けるしかないということに……?
「ど、どうするルルカ!?」
チェルチちゃんが慌てた様子で聞いてくるけど……。
「どどどどどうするって言われてもおぉぉぉぉ~!?」
あまりの急展開かつあまりに不利な状況に、頭が上手く働かない。
――ドン!
わたしの動揺を吹き飛ばしてくれたのは、凄まじい魔術の炸裂音だった。
なんだろと思って見てみると、イールギットさまの唱えた『空間切断』が、ギイの左腕を斬り飛ばしたところだった。
「ぐうううっ……!?」
大剣自体は右腕で保持しているので失わなかったけど、ギイは大事な大事な左腕を失った。
痛みと悔しさのあまりだろう、歯を食いしばって呻いている。
「いちいち動揺するな。足元に転がっているほど、勝利というのは容易いものではない」
イールギットさまは、冷静な口調で言い放った。
「まずは目の前の敵を屠るのだ。代替わりした翠星珠を護りつつ地上へ取って返し、愚かな侵入者どもを全滅させるのだ。それぞれが最善を尽くしたその先にのみ、勝利は待っているのだ」
さすがはイールギットさま。
対魔王戦をも生き残った伝説の大魔術師のひと言で、場は一気に落ち着いた。
さらにそこへ。
聞き慣れた声が響いた。
――皆の者、よく聞け。ワシはフィオナ・ウル・ノクス・エリオンドール。この国の姫である。いま旅から戻ったところだ。
「これは……この声は……っ?」
ディアナちゃんの声だった。
魔術で拡大したのを風に乗せて飛ばしているせいだろう、ちょっとヒビ割れて聞こえるけど、間違いない。
このわたしが聞き間違えなんてするもんか。
「ディアナちゃん……やっぱり生きてたっ!」
もちろんね、ミニコーラスちゃんやエルフの魔術師さんの『念話』を通して無事だという話は聞いてたよ?
だけど実際に喋り合ったわけじゃないし、その姿を目にしたわけじゃないから不安はあったんだ。
誰かが優しいウソをついてるんじゃないかって、わたしたちを絶望させないために真実を隠してんるじゃないかって思うことはあったんだ。
でも、これで間違いない。
ディアナちゃんは生きていて、すぐ近くまで来てくれてる。
「よかったあ~……」
わたしがジワリと涙を流してる間にも、ディアナちゃんは喋ってた。
――皆はワシが家出したと思っているのだろう。気まぐれな放蕩娘が自分勝手をやらかしたのだと。その上で、よりにもよって最悪のタイミングで帰って来おったと思っているのだろう。だが、事実は異なる。
ワシは諸国を渡り歩き、学んでおったのだ。ただの学問ではないぞ? 『軍学』だ。
机上の学問だけではない、実戦も行ったぞ。魔術ではなく、素手で多くの魔族を倒した。
先のパラサーティア防衛線では攻め寄せる五万の大軍のど真ん中に奇襲をかけ、敵将ラーズを討ち取る一番手柄を挙げた。
大量の黄金と『王国銀翼勲章』をいただき、ハイドラ王国の国王陛下自らお褒めの言葉をいただいた。
リゼリーナ第三王女に厚遇され、今は主に勇者学院のSクラス生徒として活動している。
自らの置かれた状況を語るディアナちゃん。
最初は意図がわからなかったけど、聞いてるうちにわかってきた。
「そっか、ディアナちゃんはみんなを勇気づけるために……」
――なぜそんなことをしたのかと、疑問に思う者もいるだろう。それはな、他ならぬこの国を護るためなのだ。いずれ魔族どもが攻め寄せてくるだろうことを察していたワシは、それに対抗する力を外に求めたのだ。
そして時は来た。敵は攻め寄せ、ワシはそれに対抗する力を持っている。
とゆーことで、ここから先はワシが指揮をとる。皆、信じてついて来てくれ。ワシらの都を、エルフヘイムを敵の手から護るのだ。
ディアナちゃんを知るわたしからすればなるほどそうだよねって感じだけど、フィオナちゃんしか知らないみんなは不審そうにしている。
「いやいや、さすがにウソだろ?」
「あのフィオナさまが、軍学を? 素手で敵を倒す? あり得ん、あり得ん」
「いつもひとりで本を読んでいたあのボッチ娘が? ああそうか、人族の書いた怪しげな本に影響されて誇大妄想をしているのか。それならあり得る」
互いに顔を見合わせると、ひそひそと疑わし気につぶやいている。
「ん~、無理もないかあ~。記憶を失う前のディアナちゃんと今のディアナちゃんとじゃ、ほとんど別人だもんね~……」
じゃあここは、両方のディアナちゃんを知ってるわたしが言わなきゃだね。
ってことで……。
「みなさん! 聞いてください!」
わたしはビシリと手を挙げた。
「ディアナちゃん……じゃなく、フィオナちゃんの言ってることはホントです! 彼女は旅してる間にものすごく成長して、ものすごく強くなったんです! 可愛らしい見た目はそのままに豪快に、凛々しくなったんです! オルグを素手でぶっ飛ばして! ラーズの喉を蹴り破って! 王都ではそこのふたりの幹部も蹴散らした! その伝説の武人みたいな強さは、彼女の一番近くで見ていたわたしが保証します!」
わたしの保証なんかなんの役にも立たないかもだけど、言わずにはいられなかった。
ディアナちゃんを信じて欲しくて、彼女の言葉の意図するところをくみ取って欲しくて、わたしは叫び続けた。
「おお、あの化け物みたいな僧侶が保証するのか」
「ならもしかして?」
「いやたしかにあの娘は化け物かもしれんが……あのフィオナさまだぞ?」
わたしに対する謎の風評被害はともかくとして、何人かは信じてくれるようになった。
でも中には頑固な人もいて、なかなか信じてくれない。
そこへ――
「……ようやく帰ったか。しかもずいぶん成長し、偉業を成し遂げたのだとか? 人族の学校に通っているというのは気に食わんが……さてもさても、可愛い孫には旅をさせよとはよく言ったものだ」
イールギットさまが、見たこともないような優しい顔でつぶやいた。
目を細めて、口もとを緩めて……慈愛に満ちた表情っていうの? なんかすんごいいい顔してるの。
「ところで……」
かと思うと、急にものすごい厳しい目つきでエルフのみんなをにらみつけた。
「まさかおまえたち、ワタシの孫娘を信用しないとは言うまいな?」
その眼光の鋭さ、語気の鋭さ。
関係ないわたしまでブルっとしたほどだったけど、普段からイールギットさまの恐ろしさを知っているみんなからすればなおさら恐ろしかったみたい。
「ななななな~にをおっしゃっておられるのですかイールギットさま!」
「わたしどもがフィオナさまを疑うなど、天地がひっくり返ってもあり得ません!」
「さあ、やるぞみんな! こいつらを速攻で倒し、一刻も早くフィオナさまと合流するのだ!」
手のひらを返したかのようにディアナちゃんを褒めたたえると、ギイとヴァネッサに向け武器を構えた。
「「「さあ死ね! 醜きダークエルフども!」」」
「ちいぃぃっ! 本当にウザったい連中ね! これでも喰らいなさいっ!」
ヴァネッサは忌々し気に叫ぶと、懐から小さな球を取り出した。
そのまま床に叩きつけると、辺りにはモクモクと紫色の煙がたちこめた。
「この色……まさか毒っ!? みんな下がって! 結界から絶対出ないで!」
危険を感じたわたしは、みんなを護ろうと大きな結界を張ったんだけど……。
「あれ……でもおかしいな? 風もない地下でそんなことしたら、自分たちも毒を吸い込むんじゃ……?」
気づいた時には遅かった。
形勢不利を悟ったヴァネッサはギイを脇に抱えると、そのまま階段を駆け上がっていったのだ。
「ただの煙玉だと……っ? おのれ逃がすか……!」
イールギットさまが急いで雷の術を放ったけど、間に合わない。
ふたりはあっという間にその場から消えていた。
「ああ~……しまったあ~……っ!?」
わたしは頭を抱えた。
ただの逃走用の煙玉に幻想を抱いたこちらが護りを固めた隙に逃げ出したんだ。
「『これでも喰らいなさい』とかいってわざとらしく地面に叩きつけたのも演技だったんだ! わたしのバカバカバカっ! ああもうっ、ごめんなさ~い!」
ガックリと肩を落とすわたしに、しかしイールギットさまは優しく声をかけてくれた。
「いや、この場はこれで構わん。向こうにも手傷は負わせたし、何より大事なのは翠星珠の安全だからな」
「そうかな……? そうかも……?」
ギイの左腕が使えなくなったのはたしかに大きいし、翠星珠の安全が確保できたのはさらに大きい。
「先に空中機動部隊と合流されるのは厄介だけど、タイミングによってはディアナちゃんと挟み撃ちにできるかもだし、悪いことばかりじゃないのかも……?」
「そうゆーことだ」
わたしをフォローすると、イールギットさまはテキパキと指示を下し始めた。
翠星珠の守備に数人残して、残り全員で地上へ戻ることにしたんだ。
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