「冒険の書二百八十:ルルカの恐れるもの(翠星珠が割れた直後の話です)」
~~~ルルカ視点~~~
最悪なことが起きちゃった。
エルフヘイムの王宮の地下にある『翠星珠』を護ろうとしたのに、護りきれなかったんだ。
イールギットさまとギイの激しい戦いの隙を突かれちゃった。
今まで見たこともない卵型の魔物の攻撃に晒される前に結界を張ることができて、なんとかなったかな~……間に合ったかな~……と思ったんだけど、その魔物がめちゃめちゃ増殖しちゃってさ……。
結界を重ねがけする前にたっっっっっくさん圧し掛かってきてさ、耐えきれずに割られちゃったんだ。
魔物はそのまま翠星珠に突撃していって、寄ってたかって攻撃して……パキンってなっちゃったんだ。
「「「「……っ!?」」」」
その瞬間――どうしようもないほどに空気が凍りついた。
イールギットさまが、チェルチちゃんが、ルシアンさんがエルフの騎士のみなさんが。
衝撃の事態に気づいたみんなが、声にならない悲鳴を上げた。
「ああ……やっちゃった……っ。わたし、わた……わたしのせいで……っ?」
以前のわたしなら、そこで心が折れちゃってたかもしれない。
やらかしちゃった~。うわ~ん、ごめんなさい~って。
わたしみたいなダメな子が、のうのうと生きててごめなんさ~いって、泣き崩れてたかも。
もちろんね、涙は出たよ。ボロボロ出たよ。
顔からも血の気が引いてさ、怖くて膝が震えたよ。
穴があったら入りたいし、許されるなら逃げちゃいたいし。
わたしのことを誰も知らない遠くへ行ってしまいたい。
でもね、今のわたしにそんなことは許されないんだ。
わたしは勇者学院のSクラス生徒で、ハイドラ王国の外交の一助を担うためにここへ来てる。
わたしの失敗はハイドラ王国の失敗で、勇者学院はもちろんリゼリーナさまの恥にもなる。
「それよりなにより、翠星珠はエルフのみんなの支えだったんだ。そんな大事なものを護りきれなかったくせに……。自分だけ泣いて逃げるなんて……許されるはずがないんだよ……」
「おい! おい大丈夫かルルカ!? さっきからなにぶつぶつ言ってんだ!?」
ゆさゆさ、ゆさゆさ。チェルチちゃんが盛んに肩を揺さぶってくる。
わたしの失敗なのに自分自身の失敗みたいに感じて涙ぐみながら、心配そうに顔を覗き込んでくる。
「ホントに優しいなあ……ありがとね、チェルチちゃん。でも大丈夫だよ。大丈夫なんだ」
わたしはくじけなかった。
体中からありったけの勇気をかき集めて、言葉にこめて絞り出した。
「わたしはね、失敗だけなら星の数ほどしてきたんだ。この世の誰より落ち込んで、誰より泣いた自信があるんだ。もちろんそれが、なんの自慢にもならないことはわかってるけどさ……」
ギリっと奥歯を噛みしめた。
自分で自分の膝を殴りつけると、パッと顔を上げた。
「今さら、多少の失敗なんて怖くないんだよ。怖いのはディアナちゃんに呆れられること。見捨てられて、ポイっとされちゃうこと。それに比べたら、こんなの全然かすり傷なんだ」
キッと目線を強くした。
なおも増殖を続ける、卵型の魔物をにらみつけた。
今の時点で三百匹はいるかな。
「翠星珠のことについては謝るよ。そんでもって、自分にできるだけのことをするつもり。でも、今はその時じゃないんだ。だってこいつ、倍々に増えてくし。そんなの地上へ逃がしたら、エルフヘイムだけじゃ済まないこの世の大大大災害になっちゃうし……っ。だから……ここで仕留めなきゃっ」
両手をバッと広げると、呪文を唱えた。
「『天にまします御方よ、我と我が子らをその偉大な腕の内に隠したまえ、邪悪を退ける腕の内に――聖なる円環』!」
最初の一枚で、卵型の魔物を全員覆った。
大きな球状にした結界で、三百匹はいるのを全員捕らえた。
「る、ルルカ……あんたいったい何してるんだ? 敵を護ってどうすんだよ?」
たしかに疑問だよね。
敵を結界で覆うなんて、普通やらない。
でもね、考えてみて?
倍々に増えるこいつらが破れない壁に覆われていたらどうなると思う?
増えるための空間が無かったらどうなると思う?
答えはもちろん――自滅だよ。
「『聖なる円環』! 『聖なる円環』! ううううう~……『聖なる円環』!」
重ねがけした。
今のわたしにできる最大量の、四枚重ね。
女神さまの寵愛の証である神聖なる輝きの内側で、しかし構わず、魔物は増殖し続けた。
三百匹が六百匹になった。
六百匹が千二百匹になった。
だけどそれだけの魔物が生きられるスペースは――そこには無かったんだ。
――ミチミチミチイィィ……ッパアァァァン!
焼いたトウモロコシが弾けるような音と共に、魔物が割れていく。
仲間同士で押し合いへし合いした結果、耐えられずに自爆していく。
パンパン、パンパン、パンパン。
結界の中で増殖と爆発が、誕生と死が連続する。
「う……ウソでしょ? 『万孵の卵』が自壊していく……こんな倒し方があるなんて……っ?」
ダークエルフの女騎士が、驚いたようにへたり込んだ。
「ふん、増えるだけが売りのくだらん奴らには、ふさわしい死にざまだな」
大剣を肩に担いだギイが、面白くもなさそうに吐き捨てた。
「……わ、わ、びっくりするほど経験値が入ってくる?」
卵型の魔物……万孵の卵(?)一匹につき、かなりの経験値が稼げるみたい。
冒険者カードの数字が見たこともない桁になってる。
このまま結界を維持し続けたら無限レベルアップとかも可能な感じだけど、あいにくそんな暇はなかった。
とにかく今は、翠星珠をなんとかしないとだし。
そのためにも最大最速で卵を全滅させなきゃだし。
「ある程度の数がいないとこの倒し方は出来ないんです……ってことでイールギットさま! とどめはお任せします!」
ちょっとだけ残念に思いながらも、わたしは結界を解除した。
結界のせいで攻撃できなかったイールギットさまに、攻撃のための道を空けた。
「――よくやったぞ人族の娘よ!」
イールギットさまは、即座に呪文の詠唱を開始した。
残り十数匹にまで減った卵が再び増殖を開始する前にと、ものすごい早口で完成させた。
「『万象崩壊』!」
イールギットさまが唱えたのは、人類史の中でも数えるほどしか使用者のいない超級魔術だ。
効果は『存在の崩壊』。
物理も精神も問わない『全消失』。
目も眩むような光が輝き、ズドンだかドカンだかわからない、とにかく圧倒的な音が炸裂した。
天井が消えた。壁が消え、床が消えた。卵たちが消えた。
最初からいなかったみたいに、存在ごと消えて失せた。
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