「冒険の書二百七十九:王女の帰還④」
「『翠星珠』の復活を巡る攻防。それこそが、この戦いの肝となる――と、ゆーわけでっ」
ワシはグリンと、勢いよく後ろを振り返った――大外壁を登って来たのだろう、そこにはルチルナとマリアベルがいた。
「ちょうどいいところに来たな、ふたりとも」
数百段にもなるだろう階段を登ってきたせいだろう、ふたりは疲れ切っているようだった。
冒険者であるマリアベルはハアハアと息を切らせる程度で済んでいるのだが、ただのお子さまかつお嬢さまなルチルナはそうはいかない。
疲労のあまり呆けて、その場に座りこんでしまっている。
「はあ~……っ、はひっ、はひっ、ひいぃぃ~……っ。し、死んじゃ、死んじゃうかと、思ったのよおぉぉ~……っ?」
「はあ~……はあ~……だ、大丈夫かルチルナ? ……っと、そういえば師匠。ちょうどいいところに、というのはどういうことだ?」
マリアベルの疑問には答えず、ワシは大外壁の下を見下ろした。
ルチルナの使用人であるエルフたちは、馬車二台を大外壁への登り口である階段に並べ、臨時の砦としている。
ゴブリンに捕まっていたエルフたちや近くにいた五人組と合流し、「ルチルナ様に手は出させんぞ!」とばかりに護りを固め、鼻息荒く敵を蹴散らしている。
ルチルナとマリアベルの安全を確保しつつワシと合流し、戦いの趨勢次第では共に逃げることまで考慮に入れているのだろう。
なんとも行き届いた配慮だ。
「下の馬車やエルフたちの配置は、どっちが考えた?」
「えっと……我が考えたのだ。冒険者そして勇者学院のSクラス生徒としての経験もあるが、師匠ならこうするだろうな~と思って。でも、部外者が頼んだって聞いてはくれないだろうから……」
「あたちが、代わりに、みんなに、お願い、したのよ。みんな、素直に、聞いて、くれたのよ。や、やっと呼吸が、楽になってきた、のよ。ふううぅ~……っ」
ふたりの返答を聞いたワシは、心の底から嬉しくなった。
肩を揺らして笑った。
「うむ、満点の返答だ。そうゆーことなら話は早いな。ふたりとも、ここの指揮は任せたぞ」
口の端を歪めながらのワシの言葉に、ふたりは目をまん丸くして驚いた。
「……はあ? 師匠……今、なんて?」
「ど、どどどうゆーことなのよっ?」
「どうもこうもあるか。今まさに翠星珠を巡る重大な攻防が行われている最中なのにもかかわらず、ワシの身はひとつしかない。といって、多くのエルフたちが命を懸けて戦っているこの場を捨てるわけにはいかない。ならば後は、将来有望な若いふたりに任せるしかなかろうが」
「そっ……そんな無茶ぶりがあってたまるかっ!?」
「あ、あたちたちにこの場を仕切れってことなのよっ!?」
「おう、察しがよくて助かるぞ」
硬直するふたりの肩をポンと叩くと、ワシは笑った。
「なあに、難しいことはない。エルフヘイムに名だたるピエルラ家の息女であるルチルナの言葉を『拡声』で拡大し、『風精召喚』で戦場中に運ばせるだけだ。戦い方についてはマリアベル、おまえに任せる。今まさに言ったとおりだ。さまざな経験に加え、ワシとのここまでの旅路において染みついた戦場作法。それがあれば十分に戦えるはずだ」
「待ってくれ! ホントに待ってくれ師匠っ! 馬車云々についてはたしかにそうかもだが……その後も全部というのはさすがに無茶ぶりすぎではっ!? 規模と責任が違いすぎではっ!?」
「無茶を通せば道理が引っ込む、それが戦場というものだ。そして今は、道理をどうこう言っている暇ではないのだ」
「そ……そこまでして、いったいどこへ行こうって言うのよ!?」
「決まっているだろう。翠星宮の奥の奥、今まさに代替わりを始めているだろう翠星珠のところまでだ。――と、ゆーわけで。じゃあなふたりとも、がんばれよ」
手を伸ばしてワシを引き留めようとするふたりをその場に残し、ワシは大外壁から飛び降りた。
「「と、とと飛び降りたあぁぁぁぁぁ~っ!?」」
びゅんと耳元で風が鳴る。
内臓の浮くような感覚と共に、物凄い勢いで地面が迫る。
(唐突に落ちて死ぬうぅぅぅぅぅぅ~っ!?)
想定外の事態にフィオナが悲鳴を上げる中、ワシは平然と体を動かした。
地面に接する直前に「はあっ!」と気の塊を下に向けて打ち出して勢いを殺し――両足から地面に接し――膝を曲げながらぐるんと転がり――ぐるぐると激しく前転しながらさらに衝撃を殺し――宙を舞い――最終的にはふわりと着地した。
「……よし、うまいこといったな。綺麗に衝撃を分散できれば理論上はどんな高さから落ちても大丈夫。無傷でピンピン……と、いうわけにはさすがにいかぬがな。この程度の高さなら造作もないことだ」
(生きてる!? 生きてる!? ホントに無事!? 手とか足とかモゲてない⁉)
「耳元でぎゃあぎゃあ騒ぐな。耳がキンとなるだろうが」
(耳がキンぐらいなによ! こっちは心臓がドカンと破裂しそうになったのよ!? っていうか人の体をなんだと思ってるのよ!?)
「うっるさいのう~……。無事だったらよかろうが。ほれほれ、ほれ」
(そういう問題じゃな~いっ!)
その場で屈伸したりジャンプしたりして体にダメージが無いのを確認すると、ワシはそのまま走り出した。
目指すは翠星宮の奥深く。
今まさに熾烈な戦いが行われているだろう、エルフヘイムの中枢へ。
「さて……向こうはどうなっていることか。エルフヘイムの外にいたワシでさえこれなのだから、あのふたりはさぞや凄まじい戦いに巻き込まれていることだろうな。ふふ、ふふふふふ……」
(わ、笑ってる……っ?)
忍び笑いを漏らすワシを見たフィオナが、いかにもドン引きというようにつぶやいた。
(仲間の危機を笑うとか、あんたには人の心とかないのっ?)
「あるわい。あのな、勘違いするなよ? ワシは別に、仲間が苦しむ姿に愉悦を感じているのではないぞ。『ワシの仲間ならそれぐらいの危機は超えられるだろう。しかもきっとワシの想像の斜め上をいく方法で』と、楽しみに思っているのだ。つまりこれは、ワシの期待の表れなのだ」
(ふん……どうだかっ。しょせんはドワーフの言うことだからねっ)
フィオナはいまいち信じていない様子だが、ワシは確信とともにつぶやいた。
「おまえの価値観やワシへの評価はどうか知らんがな。ルルカの神聖術にチェルチの『魂魄支配』。ふたつが完全に連動すれば、そんじょそこらの敵など相手にならんぞ。どころか、二段三段上の敵であっても倒してしまうはずだ」
ルルカとチェルチの頑張りを、それらが何をもたらすかを。
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