「冒険の書二百七十八:王女の帰還③」
「ワシらの都を、エルフヘイムを敵の手から護るのだ」
ワシの呼びかけに、エルフたちは歓声を上げた。
拳を突き上げ、弓や剣を掲げて歓迎してくれた。
まともに指揮をとる者すらいない絶望の中に希望の光が差したと、涙を流して喜ぶ者までいた。
「ようーっし、その調子だ! その熱と勢いをまるごと戦場へ投入するのだ!」
熱狂が冷めぬうちにと、ワシはすかさず指示を飛ばした。
「『大外壁』の上にいる者はそのまま弓を射ろ! 魔術を放て! 矢や魔力が尽きたら石でもなんでもいいから投げ落とせ! 次、下にいる者! まずは固まれ! 敵の大軍に飲み込まれないよう身を寄せ合い、背を護り合い、一個の大きな隊となるのだ! ひとりひとりでは脆いゴブリンどもが、衆になれば強くなるのと同じ理屈だ!」
誇り高いエルフ族にとってゴブリンと比べられるのは屈辱だろうが、例えとしてこれ以上わかりやすいものもなかったのだろう、皆は手近な者同士で固まり始めた。
ひとりがふたりになり、三人が四人になった。
十数人規模の塊が、あちこちに出来ていく。
塊が多くなるにつれ、敵は手を出しづらくなる。
負け戦などで混乱に陥った際に用いられる、緊急避難的な隊伍の組み方だ。
隊伍さえ組んでいればすぐには死なない、死なないことで余裕ができる。
次の作戦に移行できるという、戦場における初歩の初歩だ。
「隊の数が十人を超えたら、最も背の高い者をリーダーとした五人組を作れ! リーダーを中心に護りを固めろ! リーダーは他の組と連携しつつ、より大きな隊を作れ!」
背の高い者をリーダーにしろと決めつけたのは、判断に迷いを入れないためだ。
また、背の高い者というのは一番目立つ者ということでもある。
混戦の中でもわかりやすいし、五人組の旗印として機能しやすい。
組同士で連携する時も、互いにわかりやすくやりやすい。
はたして、効果はすぐに出た。
五人組がいくつも集まった隊が、そこかしこで戦果を挙げ始めた。
今まで押し込まれまくっていたのが、一部では敵を撃退し始めた。
「いいぞ。……だがどうも、兵科同士の連携が上手くいってないようだな。人魔決戦から五十年。エルフとはいえほとんどが新兵のようなものだからしかたない部分もあるが……」
このような大規模戦闘を経験したことのないエルフたちに『戦場作法』を教えてやることにした。
「おい槍使い! 槍はただの棒きれではないぞ! 叩け! 押し込め! 時に支えろ! その長さを最大限に利し、敵との間合いを制しろ! おまえたちが戦場の要なのだ!」
槍使いには戦場での槍作法を指導した。
「剣士は槍を回避して突っ込んで来た敵を斬り伏せろ! 攻める時は敵が槍を避けたところに斬撃を叩きこめ! 槍との連携に活路を求めろ!」
剣の使い手には槍との連携を指導した。
「弓使いの仕事は敵の足止めだ! 突っ込んでくるところへとにかく一撃叩きこめ! 狙いは体の中で最も大きな胴の真ん中! 当たりさえすれば息が詰まる! 息が詰まれが動きが止まる! 突撃の勢いを弱め、味方を助けるのだ!」
弓使いには敵の突撃を殺すための役割を自覚させた。
「魔術師よ! 世界樹の補助を失った今のおまえたちは本調子ではない! それでも人族の魔術師よりは強いだろうが、連続戦闘をこなせるほど魔力に余裕はない! 今までのように贅沢に使っていれば、すぐに品切れになるだろう! だから極力、節約しろ! 土の壁を立てて敵の突撃を防ぎ! 水でぬかるみを作って敵の足を止め! 氷で敵の指を凍りつかせる! 弱い炎でも敵の目を焼くことはできるだろう! 千変万化の心構えだ! 魔力を大事にしつつ、五人組の状況に合わせて戦うのだ!」
世界樹による魔力補助を失った魔術師たちには、少なくなった魔力でいかに戦うかを考えるよう指導した。
槍使いに、剣士に、弓使いに、魔術師に。
五人組の中での自分の立ち位置と、五人組のために何ができるか考え続けよと指導した。
個ではなく衆として動く。
それこそが大規模戦闘における戦場作法の要だから。
そして結果は――
「よしよし、上手いこと効いておるようだな」
五人組は、各方面で敵を圧倒し始めた。
個人で勝てないような敵でも五人組なら倒すことができる、五人組が複数集まればさらなる難敵を倒すことができる。
勝利の積み重ねが自信を産み、喜びと高揚感が波のように戦場に広がっていく。
勝てるぞ、やれるぞ。
希望に満ちた声が木霊し始めた。
(す、すごい……っ。みんな急に変わって……活躍してっ。ホントにすごいっ)
戦場の変化に、皆の変化に、フィオナは全身で喜んだ。
魂だけの存在なのに、ワシの中でぴょんぴょん飛び跳ねているのがわかった。
「なに、それほど難しいことではない。部隊の組み方それ自体は、戦場で混乱に陥った際に用いられる緊急避難的な隊伍の組み方、軍学の初歩だ。そこにそれぞれの兵科の戦いの基礎を、戦場作法をスパイスとして加えただけ」
(で、でも……それだけでこんなにすぐ結果が出るものなの?)
「もちろんそれだけではないぞ。一番大きいのは地勢だ」
(……地勢?)
「『守り一に対し攻め三』といってな。戦というのは攻撃側よりも守備側が有利なものなのだ。ましてやここは、エルフたちの王国であるエルフヘイム」
ワシはエルフヘイムのあちこちを指差し、説明した。
「見よ、木と木の間を結ぶ吊り橋は、一度に大軍が通れない仕組みになっている」
普通の国とは違い『樹上の家』形式の家屋の多いエルフヘイムは、多くの道路が吊り橋になっている。
「複数人が並んで通行することはできんし、あまりに重いようだと橋そのものが落ちてしまう。もちろん平地での戦いもあるが、そこにはこの『大外壁』が効く。あちこちに配置された『防御塔』には矢を放つための『矢狭間』があるのだ。死角が極力少なくなるよう造られているおかげで、敵にとっては『どこに立っていても隠れきれず、意を決して打って出れば十字砲火を喰らう』形になっているわけだ。この地勢を利して戦うならば、守り一に対し八……十はあるだろう。エルフの総兵力を考えるなら、万の大軍をもってしても落とされはしないだろう」
(なるほど……ああでもっ、世界樹からの魔力供給が落ちてるのはっ? エルフの多くは魔術師なわけだし、いくら工夫して戦うっていってもさすがに限界があるんじゃっ?)
「よい指摘だ。どれだけケチったところで、必ず限界はくる。魔力が尽きた時には剣や弓で戦うことになるが、もともと魔術師だった者の素人剣法素人弓術など、戦場では使いものにならん」
魔術師たちはワシの教え通りに魔力を節約し、工夫して戦っている。
土で壁を作り、水でぬかるみを作り、火で敵の目を焼き、雷で敵の武器を落とし、風で敵の矢を反らし、氷で敵の指を凍りつかせている。
戦い方は悪くない、どころか、相当に優秀な戦い方だ。
だが……。
「今は戦場の熱気に浮かされ忘れているが、冷静になった瞬間に気づくだろう。『このまま戦闘が長引いたとして、魔力が切れたらどうなる? 戦場は崩壊してしまうのでは?』と、最悪の未来を想像してしまうだろう」
(も……もしそうなったら?)
「パニックだ。逃亡する者が続出する。絶望で自死する者すら出てくるかもしれない。そしてそれは、すぐさま他のエルフにも伝染するだろう。そうなってしまえばおしまいだ。エルフヘイムは滅びる」
(……っ)
滅びるという言葉に緊張と恐怖を感じたのだろう、フィオナはごくりと唾を飲み込んだ。
「絶望と無力感、これほど強力な毒はないからな。だからこそ、のんびりと削り合っているわけにはいかんのだ」
ワシは『翠星宮』を見た。
白亜の城の奥にあるだろう破壊された『翠星珠』を、ピピたち世界樹の苗木が吸収されたであろう核の姿を想像した。
「『翠星珠』の復活を巡る攻防。それこそが、この戦いの肝となる」
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