「冒険の書二百七十七:王女の帰還②」
ゴブリンを全滅させた後も、多くの魔物の群れと遭遇した。
コボルド・砂男・歩くキノコ・狼人間・大芋虫・カマキリ人間・地獄の番犬・双頭の巨人……。
「……さすがに数が多すぎるな。時間をかけて全滅させるのが目的ではないのだから、皆と協力して防御態勢を築いていくとするか」
(……協力って、具体的にはどうするつもり?)
自身のイメージ悪化にショックを受けていたフィオナが、ぶすくれた声を出す。
「ちなみにおまえ、その状態で魔術は使えるか?」
魂だけの存在とはいえ喋ることができて、魔術の素質があるのならもしかして、と思って聞いたのだが……。
(魔術を? うう~ん……詠唱の必要ない簡単なものなら……たぶん?)
「声を大きくして、風に乗せて運ばせるか?」
(それぐらいなら……たぶん?)
「体の汚れを洗い落とすことも?」
(たぶん……できると思う)
「おお、よいな。ではそれで行こうか。おまえのイメージ回復も兼ねた作戦だ」
(え、わたしのイメージ回復っ? どうゆーことっ? 具体的にはどーするのっ?)
ものすごい勢いで食いつてきたフィオナはさて置き、ワシは手元に『海神の怒り』呼び寄せた。
全力疾走しながら石突きを地面に突き立てると、勢いのままに地面を蹴った。
ワシの体重と速度を受け止めた三叉矛は、「ググウゥ……ッ!」とばかりに急角度で撓った。
並みの金属なら折れてしまうだろう直角以上の急角度だったが、そこは『神の金属』だ。
柔軟に受け止めるや大反発。
投石器から石を放りだすかのように、ワシの体を宙へ飛ばした。
「ひゃっほおおおおぉぉぉぉぉ~いっ!」
(いいいぃぃぃぃやああぁぁぁぁっ~!?)
ワシは歓声を、フィオナは悲鳴を上げつつ空を飛翔。
大きな弧を描くと、魔物避けの巨大な壁である『大外壁』の上に着弾……ではなく、着地した。
大外壁の上にはエルフの兵士たちがいた。
弓に矢をつがえ、杖を手にして呪文を唱え。
攻め寄せる『闇の軍団』にか細い抵抗をしていたところへ突如エルフの娘が跳び込んできたのだ。
しかも『飛行』の魔術などではなく棒高跳びで、しかも血まみれのひどい有り様でというのだから、なかなかの騒ぎとなった。
「……は? え? 今どうやって……?」
「跳んできた? 下から? 嘘だろ?」
「というかものすごい血まみれだなおいっ?」
突如現れたワシを見て驚くエルフたち。
このままだと先ほどゴブリンどもに捕まっていたエルフたちのように、『魔族の成りすまし』と疑われてしまいかねない状況なので……。
「フィオナよ、まずは体の汚れを洗い落としてくれ。このままではまたぞろ、先ほどのように警戒されかねんからな」
特に今回は皆の助力を得なければならない立場だし、見た目の良さは大事だろう。
血まみれのエルフの娘よりは、見目麗しきエルフの姫のほうがいいはずだ。
(あ、そういうことか。はい、『汚れ落とし』)
フィオナが唱えた汚れ落としの魔術が白い洗濯泡を無数に出現させ、ワシの体を綺麗に洗った。
シュワシュワ、ブクブク。
さすがの魔力の強さで、一瞬のちにはワシの体はピカピカに。
乾燥させる効果もあったらしく、銀色の髪の毛がサラっサラになっていた。
「お、おい……あれってもしかして……?」
「え? まさかだろ……?」
「姫さまじゃんっ、家出してたはずじゃっ?」
家出娘とはいえさすがは王女、この時点でワシの正体に気づく者が現れ始めた。
「フィオナよ、次だ。ワシの声を拡大、風に乗せて運べ」
(はい、『拡声』と『風精召喚』ね)
フィオナは重ねて魔術を唱えてくれた。
「『拡声』で声を大きくし、『風精』を召喚して遠くまで届ける仕組みだな。あ~……あ~……うむ、よさそうだな。ではいくぞ」
服の裾がふわりと広がり、頬をくすぐるように風が踊る中――ワシは口を開いた。
「皆の者、よく聞け。ワシはフィオナ・ウル・ノクス・エリオンドール。この国の姫である。いま旅から戻ったところだ」
ひさしぶりの姫の帰還だ、それはもう喜んでくれるだろうと思ったが、実際は違った。
皆は「え゛……っ」と声を上げた。
目を丸くし、顔をひきつらせた。
頼りになる援軍を歓迎する目には見えない。
「か弱い姫さまがどうしてここに? よりによって今?」という感じだ。
中には「姫さまを逃がさねば! 隠さねば! ……でもどこへ!?」などと焦る者もいる始末。
「落ち着け、まずは聞け。よいか? 皆はワシが家出したと思っているのだろう。気まぐれな放蕩娘が自分勝手をやらかしたのだと。その上で、よりにもよって最悪のタイミングで帰って来おったと思っているのだろう。――だが、事実は異なる」
皆を落ち着かせるために、ワシはあえてゆっくり話しかけた。
一言一句噛みしめるように、ひとりひとりの脳に染みこませるように。
「ワシは諸国を渡り歩き、学んでおったのだ。ただの学問ではないぞ? 『軍学』だ。机上の学問だけではない、実戦も行ったぞ。魔術ではなく、素手で多くの魔族を倒した。先のパラサーティア防衛線では攻め寄せる五万の大軍のど真ん中に奇襲をかけ、敵将ラーズを討ち取る一番手柄を挙げた。大量の黄金と『王国銀翼勲章』をいただき、ハイドラ王国の国王陛下自らお褒めの言葉をいただいた。リゼリーナ第三王女に厚遇され、今は主に勇者学院のSクラス生徒として活動している」
ウソのようで、ウソではない。
ワシが常に戦いを学んでることは事実だし、パラサーティア防衛戦での活躍や黄金・勲章の授与も事実。
リゼリーナに厚遇されているのも、勇者学院のSクラス生徒というのもすべて事実。
ウソなのは「フィオナが」ではなく「ワシが」というところだけ。
(た、たしかに事実なのかもしれないけど、それじゃわたしのイメージが……? 『家出娘』が『思考する戦闘狂』になって帰って来たみたいな……? それってイメージ回復になるのかな……?)
「ま、多少の混乱はあるかもしれんがな。そこはほれ、目をつむってくれ」
フィオナに向けて肩をすくめると、ワシは続けた。
「なぜそんなことをしたのかと、疑問に思う者もいるだろう。それはな、他ならぬこの国を護るためなのだ。いずれ魔族どもが攻め寄せてくるだろうことを察していたワシは、それに対抗する力を外に求めたのだ。――そして時は来た。敵は攻め寄せ、ワシはそれに対抗する力を持っている」
エルフヘイム存亡の危機に、愛すべき王女が帰還した。
しかも戦況を変え得る存在になってた。
まさかの展開に、皆の顔に笑みが産まれた。
最初に「おおおお~!」と歓声が上がり、次に「姫さま、そこまで考えて……!」と感激の声が上がった。「俺は信じてたぞ、ただのボッチ娘じゃないって……!」と謎の感慨まで聞こえてきたが、おおむね好評といったところだろう。
(ええ~……? ちょおぉぉ~っとみんなチョロすぎない? そんな簡単に信じるうぅ~? あと別に、わたしはぼぼぼボッチじゃないんだけどおぉ~?)
ギャアギャア不満をつぶやいたり挙動不審になったりするフィオナはさて置き、だ。
「とゆーことで、ここから先はワシが指揮をとる。皆、信じてついて来てくれ」
ワシは宣言した。
臨時の指揮権を握ると、自信満々で言い放った。
「ワシらの都を、エルフヘイムを敵の手から護るのだ」
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