「冒険の書二百七十六:王女の帰還」
体を沈めると、思い切り地面を踏みつけた。
踏みつけた反動で体を前へ押し出すと、全力で手を振った。
右・左・右・左・右……。
手を振ることで上体のねじれを抑え込み、手の振りと連動した足を前へ前へと送り出していく。
それをどこまでも繰り返す。
結果――先ほどまでのそれに倍するような、ズドンと大砲で撃ち出したかの如き速度が出た。
耳元で風がゴウと唸り、景色が猛烈な勢いで後ろへぶっ飛びんでいく。
(ひゃああああぁぁぁあぁ~!?)
あまりの速度に、フィオナが悲鳴を上げた。
(ちょ、はや、ちょ、とま……っ!?)
「言っただろう! 黙っておらんと舌を噛むぞとな! そらそら、どんどん速度を上げるからなあああぁああぁ~!」
(ひ、や、あ、ああうぅぅぅぅぅぅぅぅ~っ!?)
魂が再生したことで感覚が戻ったフィオナは同時に、恐怖感も取り戻したらしい。
これまではワシがどれだけ暴れても平気だったのが、平気でなくなったらしい。
(はや、はやすぎ、ちょっと、スピード、落としてっ)
盛んに悲鳴を上げ、今すぐ速度を落とすよう懇願してくるが……。
「はっはっはーっ! 残念だが緩められんぞ! なんせこちとら、ここまでさんざん焦らされてきたのだ! 本来の力の十分の一も発揮できずに、けれどやたら強い相手ばかりと巡り合って! そのつど忸怩たる思いを抱いてきたのだ! 本当のワシはこんなものではないのにと心中で叫びながら! 悔しくも決着をつけきれぬ局面が何度もあった! そこにこれだ! 空気抵抗が極限まで少ない体と! 持ち前の柔軟性と! レベルが上がったことにより上昇した筋力と! そこへ『魔気変換』による無尽蔵の体力まで加わったのだ! さすがに堪らん! 止められん!」
(く、空気抵抗が極限まで少ない体とはなによ!?)
聞き捨てならん、とばかりに噛みついてくるフィオナ。
「なんだなんだ、文句が言えるぐらいの余裕があるのか!? じゃあまだまだ、飛ばしていいな!?」
(やめてええぇぇぇぇぇぇぇぇ~!?)
「待ってろ『闇の軍団』! ここからは遠慮なしだ! 頭からガンガン飛ばして! 地を這うほどに前のめりで! とにかく片っっっ端からぶっ殺してやるからなああぁぁぁぁぁぁ~!」
(うううううぅ……よりにもよってなんでこんな戦闘狂が、わたしの体にいぃぃぃ~……っ!?)
「はあああ~はっはっは! これも運命というものだ、諦めろ!」
フィオナの苦情を受け流すと、ワシはさらに速度を上げた。
小川を飛び越えた、大きな岩を飛び越えた、荒れた畑を耕さんばかりの勢いで疾走した。
曲がり角を斜めにショートカットしてエルフヘイムの正門へ続く大きな道に出たところで、敵の一群に遭遇した。
「よし来た! 敵か!? 敵だな!? ゴブリンか!?」
それはゴブリンの群れだった。
民家に入り込み略奪の限りを尽くしていたのだが、疾走するワシに気づいた瞬間に矛先を変えた。
幼いエルフの娘と見て、舌なめずりしながら迫ってくる。
「四十……五十はいるか!? 雑兵だけでなく大型や呪術師、王者までいる本格的な群れだな!?」
軍師たるシャーマンの指揮下、ゴブリンたちは鶴翼の陣を組んだ。
チャンピオンを中心に、鶴が翼を広げたような形の両先端にホブを配置した。
一度中に入り込んだが最後、両先端が閉じて獲物をパクリと捕らえ、離さない。
ゴブリンにしては機知に富んだ陣形だが……。
「ほう、ゴブリンどもが小知恵を効かせよる……だがちょうどいい! ここはひとつ準備運動といかせてもらおうか!」
ワシは構わずどまん中に突っ込むと、襲いかかってきたゴブリンを二匹殺した。
殴って顔を陥没させ、蹴って腹を真っ二つにした。
絶命したゴブリンが取り落とした手斧を掴んで投げて、さらに二匹を殺した。
「ギイイイイエエエェェェェー!」
雄たけびを上げながら襲いかかってきたゴブリンチャンピオンの首を捕まえると、ぶちりとねじ切った。
チャンピオンの巨体はズシンと力なくその場に崩れ落ち、そして……。
「「「「「……!!!?」」」」」
狡猾だが臆病なゴブリンどもだ。
首領を失った以上、普通なら一も二もなく逃げるはず。
その上で、何匹かは命を永らえたはず。
だが、そうはならなかった。
ワシの実力に驚きすぎたゴブリンどもは、その場で棒立ちになった。
逃げるでもなく抵抗するでもなく、武器を構えたまま硬直した。
「なんだ、逃げぬのか? ならば遠慮なくいくぞ……っ!」
ゴブリンどもに待っていたのは地獄絵図だ。
突いて、蹴って、叩いて、踏みつぶして、ねじ切って。
片っ端から殺しまくった。
「ギャー! ギャギャギャッ! ギャ……!?」
最後に残った四匹のゴブリンが、縄で拘束していたエルフたち十数人を人質にしようとした。
喉元にナイフを突きつけ、それ以上近寄れば殺すぞと脅してきた。
もちろん応じる気はない。
交渉に応じれば、それだけ弱みを見せることになる。
弱みを見せた分だけエルフが傷つく、死人も出る。
だからワシは、有無を言わさず『指弾』を飛ばした。
片手に二つ、両手で四つ飛ばした。
――バシュッ! ババシュッ! ドチャチャチャッ!
狙い過たず、ゴブリン四匹の頭が瓜のように弾けた。
脳漿と血が、果汁の如く辺りに飛び散った。
「喜べ! おまえたちは自由の身だ! おまえたちは助かったのだ!」
「「「「……」」」」
しかし、エルフたちの反応は薄い。
互いに身を寄せ合い、ワシを警戒しているように見える。
「助けてやったのになぜだ……? 同族の……しかも娘っ子のワシをなぜ警戒する……?」
(そんなの理由はひとつでしょ! 見た目見た目! わたしの体、ぐっちゃぐちゃのドロドロでひどいことになってるもん!)
「見た目? ああ~……なるほどな」
フィオナの指摘で気がついた。
エルフたちの瞳に映るワシは、血の雨を浴びたかの如きひどい有り様。
しかも、肩にはゴブリンの臓物らしきものまでぶら下がっている。
(ああぁ~! わたしのイメージがああ~!)
「さすがにこの姿形では、怯えられてもしかたないか……」
臓物を捨て顔を拭ったが、反応はさほど変わらない。
今度は「本当にエルフか? 魔族が化けてるんじゃないのか?」とか「エルフがゴブリンを素手で殺せるわけがない。中身はきっとオルグだ」などと疑いの目を向けられている。
「ううむ……誤解を解きたいのは山々だが、あまり時間をかけてもいられんしな……」
(かけていい! かけていいから誤解を解いて! 解きなさい! だってわたし今、オルグ呼ばわりされて……!)
「しかたない、この場はそれでよかろう! おまえたちは、後から来る馬車に助けを求めろ!」
(諦めないでえぇぇぇ~!)
説明を諦めたワシは、エルフたちの縄を引きちぎって解放してやった。
後から来るマリアベルたちを頼れとだけ言い捨てると、再び走り出した。
と、そこへ――
後ろから――
「ありがと、おねえちゃん! おねえちゃんのお名前は!?」
エルフたちの中から、幼い娘が走り出た。
幼いぶん警戒心が薄いのだろう、胸に人形を抱いたまま礼を叫んでくる。
「……ふん」
エルフの娘の素直さを快く思ったワシは、ニヤリと笑った。
親指を立てると、フィオナともども勢いよく言い放った。
「フィオナだ! フィオナ・ウル・ノクス・エリオンドール! 皆に伝えろ! おまえたちの姫が帰って来たぞと! そして――今まさにこのエルフヘイムに垂れこめる暗雲を、残らず吹き飛ばしてやるぞとな!」
(出来るかぎりいいように伝えて! 美しいエピソードをてんこ盛りにしてお願い!)
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