「冒険の書二百七十五:走り出す」
「フィオナ・ウル・ノクス・エリオンドール。おまえまで復活しようとはな」
魔の森でオルグに襲われ、転んで頭を打って死んだフィオナ。
とことんドジなエルフ娘の魂までもが、『万能の霊薬』のおかげで復活しようとは。
驚いたワシの問いかけに、フィオナは――
(ん~……『復活』というよりは『再生』に近いかも? 最初からいたのはいたんだけど、頭がぼんやりしてて声も出せなかった感じ?)
「なるほど『再生』……そう考えればつじつまが合うか。ワシがらしくもない振る舞いをしたり、らしくもない感情に振り回されたり。それらはすべておまえの半端な魂が、感情のチラツキが干渉していたせいだったのだな?」
(人のせいにしないでっ、あと半端とかチラツキとかも失礼だしっ。っていうかもともと、これはわたしの体だしっ)
まあ、それはそう。
「……ん〜で、どうするのだ? すぐに体を返せというのか?」
本来の持ち主がいるなら、返すのが筋だろう。
しかし、今この状況で体を失うのはさすがに困るのだが……。
色々と問題が山積みだし、ルルカにチェルチにリゼリーナにと、謝らなければならない相手が多すぎるのだが……。
(できればそうしたいところなんだけど、そう上手くもいかないみたい。感覚的には『使い魔』に近いかも? 魂は共有してるけど、主導権はガッチリそっちに握られてるみたいな?)
「使い魔? ああ、魔術師どもの使役する『意思を持った使い走り』か。カラスとか、ああいう」
(だ、誰がカラスよ! 他にもっと可愛いのがいるでしょうが! 猫とか犬とかフェレットとか……!)
「……四足獣ならいいということか?」
(そういうことじゃな~い! というか愛玩動物扱いしないで! わたしはエルフよ! しかもお姫さまなの! あんたみたいな野蛮なドワーフと違って高貴な存在なんだから!)
「ああもう、いちいちうっるさいのう~……」
ギャアギャア騒ぐフィオナに辟易して耳をふさぐワシ。
体を返さなくて済んだのはいいが、こいつこのまま延々と騒ぎ続けるつもりじゃなかろうな……。
それはさすがにキツイな、などと思っていると……。
(こらドワーフ、耳をふさいでないでわたしの話を聞きなさい! ていうか、そんなことしても意味ないけどね!)
「ああ~……どうやらそのようだな」
フィオナの声は、どうやら耳の奥から聞こえてくるようだ。
より正確には、脳の辺りか?
外からではなく内からくるものなので、どうやっても防げないと。
ああもう、本当にめんどくさい。
(ともかく敵よ、敵をなんとかしなさい!)
「敵」
(わかるでしょ!? わたしの国を滅ぼそうとしてる連中よ! 『闇の軍団』って言ったっけ!? 全員やっつけて! 踏みつけて! 投げ飛ばしてギッタンギッタンにしてやるの!)
「ずいぶんと過激な姫さまだのう~」
(当たり前でしょ! あいつらのせいで『翠星珠』が壊れて! そのせいでピピはいなくなっちゃったんだから! わたしの、親友が、世界樹、に、きゅう、しゅうされ、ちゃって……っ)
急にトーンダウンしたかと思うと、ぐずりと鼻を啜るような声が聞こえてきた。
魂が鼻を啜る姿というのは想像がつかないが、泣きたい気持ちはよくわかる。
友を失ったことでできる胸の空白も、今のワシなら想像できる。
(本当は、もっと、早く、復活、できたら、よかったん、だけど……)
「うむ」
(こんなに、遅く、なって……)
「そうだな……悪い。遅すぎた」
もっと早く復活できていたなら、やり方次第ではフィオナとピピに話をさせてやれたかもしれない。
だが、すべては遅すぎた。
すでにピピはおらず、フィオナとはもう会えない。
わずかな時間差で、ふたりはすれ違ってしまったのだ。
(しかた、ないわ。ピピの、おかげで、わたしは、再生、できたん、だか、ら。それに……最後に声、聞けたし、あいつ、ありがとって、言ってくれたし……)
「……言っていたな」
ピピの別れのあいさつは、ワシにではなくフィオナに向けられたものだった。
そういう意味ではふたりの会話は、別れは成立していたのかもしれない。
とはいいつ、そんなに簡単に割り切れるものではないだろう。
なにせフィオナはまだ八歳の子ども。
ギャアギャアと泣いて騒いで、不満を叫び続けることだろう。
大人としては、それをしっかり受けとめてやるのが責務なのだろうが……と?
(――はい、ここまでっ)
パン、というのは頬を張った音だろうか?
魂が自らの頬を張る、というのはどういう状況なのかわからんが、ともかくフィオナは気合いを入れ直したようだった。
(こんな情けない姿を見られたら、ピピに笑われちゃう。わたしはピピの憧れの友だちで、お姉さん的存在で、冒険者の先輩でなきゃいけないの……だからここまでっ)
「フィオナ……」
ちょっとしたひとり言ではあったが、フィオナのピピに対する気持ちはすべてわかった。
どんな存在でいたかったのか、どんな風に思われたかったのか、ふたりでどんな旅をしようとしていたのか。
その上で、こいつは強がろうとしている。
ピピに恥ずかしくないように、精いっぱい背伸びをしようとしているのだ。
(ていうことでドワーフ、もう一回言うわよ。奴らをやっつけなさい。わたしたちに手を出したことを、墓の下で後悔させてやるの)
結果的にフィオナが選んだのは、すべてを怒りに転化する道だった。
ピピを失った心の空白を、悲しみを切なさを、眼前の敵にぶつけることにしたのだ。
「……ふん、なるほどな。そうやって折り合いをつけるつもりか。プンプン怒って、ブンブン拳を振り回して」
幼い振る舞いだが、嫌いな幼さではなかった。
やられたらやり返すべきだし、売られたケンカは積極的に買うべきだ。
(……なによ。子どもだと思ってバカにしてるの?)
ワシは苦笑した。
これから長い時を共に過ごすかもしれぬ相方とのまさかの共通点――怒りっぽさとケンカっ早さ――を快く思いながら、口もとを緩めた。
「バカになどしておらんよ。それにな――怒っているのはワシも同じだ。だから、信じて任せろ」
フィオナと話すワシを不審に思ったのだろう――当たり前だが――ルチルナとマリアベルが心配そうな目で見つめてくる。
「こんなに長いひとり言を……ひ、姫さまおかしくなっちゃったのよ?」
「まるでもうひとり誰かがいるかのような……? や、やはり薬が効き過ぎたのか? 大丈夫か師匠?」
ハラハラ、ハラハラ。
しまいには僧侶の治療が必要なんじゃないかとまで言い出した。
「落ち着けふたりとも、ワシは平気だ。心配するでない」
これ以上おかしな奴みたいに思われるのはごめんだ。
ワシはゴホンと咳払いしてごまかすと、辺りを見渡し状況を確認した。
①ワシが飛び降りたため、馬車二台は現在停止している。
②ここら一帯の闇の軍団は、傷を負ったドロガロンの後を追っている。
③ここら以外の闇の軍団の先鋒が、エルフヘイムに達している。魔物避けの巨大な壁である『大外壁』に火矢が放たれ、吶喊の声がここまで聞こえてくる。
④突然の襲撃に、エルフたちは動揺している。反撃している者もいるがあくまで散発的で、集団的な反撃は見受けられない。
要約しよう――もはや一刻の猶予もない。
「のう、マリアベルよ、ルチルナよ。ワシが先行して奴らを止める。道は開けておくから、おまえたちは後からついて来い」
「後から? 道は開けておく? それっていったい……」
「えっと……みんなで馬車に乗っていかないのよ?」
「いらん。馬車というか、おそらく馬単体よりもワシの方が速い」
「「…………え?」」
ワシは走り出した。
全身に気を巡らせ、筋骨を強化し、心肺を強化して。
グンと力強く地面を蹴ると、驚くふたりの声を置き去りにして。
──ズドドドドドドッ!
爆発的な勢いで走りながら、改めて名乗った。
「ちなみにだが、ドワーフと呼ぶな。ワシはガルムだ」
(はっや……え、なに? なんて言ったのっ? ガルムっ? それがあんたの名前っ?)
あまりの速さに驚いているのだろう、暴風の中で会話してでもいるみたいに、フィオナは声を張り上げた。
「そうだ、自分で言うのもどうかと思うがな、かつては最強の武人と呼ばれておった。故あって、ここ最近は調子が悪かったがな。今さっき、復活した。この体で出し得る、最大限を出せるようになった」
(さ、最大限……っ? だからこんなに速いわけっ?)
「い~や、こんなのまだまだ序の口よ。おっとそうだ、魂のみの存在であるおまえにあるかどうかは知らんがな……くれぐれも、舌を噛むなよ?」
言うなり、ワシはさらに加速した。
(……へ? え……? それってまさか、もっと速くなるってことじゃないわよね……ってええええええええぇぇぇぇぇ~っ!?)
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