「冒険の書二百七十:獅子の檻」
「でぃあなあぁぁぁぁ~っ!」
走る馬車の上で身構えるワシに、ドロガロンが襲いかかってきた。
大きな羽根を羽ばたかせつつ、またも右の振り突き。
ゴウと風が唸るような猛烈な勢いだが、ワシはしっかりとこれを捌いた。
がっちりと受け止めるのではなく、左前腕で弾きつつ右足を引き、勢いを殺した。
「うああああぁ~っ!?」
力を受け流されたドロガロンの体は勢い余り、ワシの後ろへと飛んで行った。
「ぐぬああああ~っ!」
悔しがったドロガロンが再び飛来、左右の振り突きを交互に放ってきた。
二連撃になったわけだが、対処方法は同じだ。
ドロガロンの左拳を右前腕で弾き、後方へと受け流す。
ドロガロンの右拳を左前腕で弾き、後方へと受け流す。
力の流れを逸らしてやることでこちらの腕へのダメージを最小限にし、全力攻撃を繰り返すドロガロンの体力を削っていく。
削れた体力の差が、やがて勝敗を決するという寸法だ。
もちろんリスクはある。
相手は超がつくほどの高レベル、かつ泥竜のエルフ転生者だ。
一歩間違えれば、こちらの腕が丸ごともっていかれかねない。
だが、これがいいのだ。
氷の上で踊るような、このスリルがたまらんのだ。
「ああ……いいな! 実にいい! これこそ本気の殺し合いだ!」
ワシは腹の底から快哉を上げた。
耳の傍を通り過ぎる轟音、捌く前腕に感じる衝撃、徐々に生じる腕の痺れ、受け損ねて負った頬の擦り傷、冷や汗や痛みに至るまでもが愛しく感じる。
「わっはははははっ! なあ~おい! 楽しいなあドロガロンよ!」
馬車の中から「また師匠の悪い癖が始まった……」とか「こんなピンチなのに……姫さまおかしくなっちゃったのよ?」などという失礼な声が聞こえてくるが、すべて無視。
「そぉら、休んでる暇などないぞ! 今すぐその拳を振るってこい! ワシをもっと追い込んでみせい!」
「ぐるるああああああ~っ!」
焦れてきたのだろう、ドロガロンはさらに攻勢を強めてきた。
両腕だけでなく両足まで使うようになった。
右の振り突き、左の振り突き、右の蹴り上げ、左の蹴り込み。
その凄まじい連続攻撃は、まさに竜巻の如しだ。
「はん、『体』だけ立派になってもなあ! 『技』が伴わなければ意味がないのだ!」
勢いこそあるが極めて大振り、かつ単調なドロガロンの連撃を、ワシは見切った。
捌きながら躱しながら、反撃に移った。
「ついでだから教えてやろう! 『技』とはこういうものをいうのだ! まずは……捌いて打つ!」
右の振り突きを捌きつつ、左の裏拳を顔面に飛ばした――ドロガロンの鼻が、グシャリとひしゃげた。
「躱して蹴る!」
左の振り突きを躱しつつ、腹へ膝蹴りを叩き込んだ――ドロガロンの体が、くの字に曲がった。
「いなして突く! 躱して踏みつける!」
右の蹴り上げをいなしつつ、右の突きを胸元へ叩き込んだ――ドロガロンの息が、一瞬止まった。
左の蹴り込みを躱しつつ、左の関節を踏みつけた――ドロガロンの膝関節が、曲がってはいけない方向へ曲がった。
「相手の攻撃を最小限で躱しつつ『全反撃』を叩き込む! それこそが、檻に閉じ込めた獅子を外から突いて殺す様に似るところから名づけられたこの技『獅子の檻』の真骨頂よ!」
そらそら! そらそらそらそらそらそら!」
「……ぎいいぃにあぁぁぁ~っ!?」
すべての攻撃に対してカウンターを決めてやると、ドロガロンは堪らず悲鳴を上げた。
悲鳴を上げながら上へ飛んだ――上へ逃げた。
「……ぎに! ……ぎに! ……ぎにいぃぃぃ~っ!?」
こちらを警戒しているのだろう。
ふわふわと空に浮かんだまま、一向に降りてくる気配がない。
「なんだ、恐れをなしたか? まさか逃げるとは言うまいな?」
などと煽りつつ、無理もなかろうとは思っていた。
新たな肉体を得て意気揚々と復讐を挑んだのにも関わらず、すべての攻撃を防がれた上にカウンターまで喰らったのだ。
普通の魔物なら逃げて当然。
だが、逃がす気はなかった。
なにせ『喰えば喰うほど強くなる』相手だ。
ここで逃がせば、次会った時には勝てるかどうかわからない。
だからワシは、重ねて煽った。
竜種としての誇りを刺激してやった。
「まあ~、無理もなかろうな。なにせ攻撃のすべてに手痛いカウンターを合わせられたのだ。たとえ誇り高き竜種であったとしてもな。怯えて当然、泣いて逃げるもしかたなしといったところだろう」
「ぎ、にいぃぃぃ~……っ!」
ワシの煽りに、ドロガロンは引っかかった。
そして、予想通りの行動に出た。
打っても躱され、反撃を受ける――
ならば反撃を受けない遠隔攻撃だ――
「ふ・る……」
「――させんよ」
竜語魔術を唱えようと口を開いたところへ、あらかじめ握り込んでおいた石を『指弾』で打ち込んだ。
どうやっても鍛えられない口の中に異物を打ち込まれたことで、ドロガロンは堪らず術を中断。
飛び続けることもできなくなって、馬車の屋根に落ちてきた。
「!?!?!?!?!?」
ドロガロンは背を丸め、激しく嘔吐し、涙を流して苦しみ始めた。
「なあ、ドロガロンよ。おまえは武人に対して不用意に近づきすぎたのだ。手や足の届く位置に身を置く、その意味を甘く考えすぎたのだ。ついさっき飛んでいた時に逃げればよかったのだが、その機会も自ら潰してしまった。なあ、わかるか? この距離はワシの間合いだ。おまえはもはや逃げられぬ『檻の中』にいるのだ。術も唱えられんし――」
羽ばたいて逃げようとしたところに素早く近寄ると、顔面に蹴りを入れて止めた。
「――飛んで逃げることもできん」
「!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?」
殴っても蹴っても、カウンターを合わせられる。
竜語魔術を唱える前に、指弾を打ち込まれる。
飛ぶ前に攻撃され、羽ばたきを止められる。
「ひ、い、いぃぃぃぃぃ~……っ!?」
今さながら自分が死地にいることに気づいたのだろう、ドロガロンはガタガタと震え出した。
「いぃいぃいぃいぃいぃい……っ!?」
「ワシ憎しワシ喰いたしで追ってきたのだろうが、考えが甘かったな。以前のおまえとは違うのだ。体は小さく、『竜の吐息』のような生来の武器もない」
あの巨大な肉体があればそもそもこんな状況に追い込まれていないだろうし、竜の吐息があれば指弾より速く攻撃できたかもしれん。
「い・い・い・い・いぃぃぃ~っ!?」
「……やれやれ、もはや言葉も通じんか。エルフの身体にドラゴンの魂。最初は面白い組み合わせと思ったのだがな。蓋を開けてみればこの程度、技も魂も未熟な、体がデカいだけの赤ん坊だ。なあ、ドロガロンよ。おまえの転生は失敗だな」
ため息をつくと、ワシはドロガロンに迫った。
「こちとら先を急ぐ身でな、喋っている時間も惜しいところなのだ。とりあえず羽根をいただくぞ。動けなくなったところをじっくり解体してやるからな」
素早くドロガロンの後ろへ回り込み、その羽根に手を伸ばしたところで……。
「ダメえぇぇぇぇ~!」
マリアベルの悲鳴じみた声が、辺りに響き渡った。
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