「冒険の書二百六十九:VSドロガロン(ハイデル)!」
「でぃ・あ・な・あぁぁぁぁぁ~っ!」
「くっ……!?」
高速で飛来したドロガロンが、勢いのままに右腕を振るってきた。
最初はなんてことない攻撃に見えた。
羽根の生えたエルフが、力任せに振り突きを放ってきたという程度。
オルグなどの巨人種のそれに比べれば重さもないだろうし、大したことはないだろうと甘く見た。
――ミシイィィ……ッ!
だが、ワシの左腕が受けた衝撃は想像以上のものだった。
「なんだ……この力は……っ?」
危うく左腕をへし折られそうになったワシは、慌てて後ろへ跳んだ。
並走していた隣の馬車の屋根に跳び移ることで勢いを殺しつつ、体勢を整えた。
「……痺れはあるが、骨はイッておらんな」
腕を振り、拳を握った。
前腕がジィィィンと痺れるような感覚があるが、骨にまでは達していない。
「……しかし、さすがに異常ではないか? 魂がドロガロンだとはいえ、肉体はエルフのそれだよな?」
フィオナはたしかにか弱いが、ジョブは格闘僧だしレベルも今や百三十近い。
相手が男とはいえ、ただのエルフに力負けするとは思えないのだが……。
「……もしや、ワシと同じ『魔気変換』を使っているのか?」
目を細めて見ると、ドロガロンの全身から白い煙のようなものが立ち上っているのがわかった。
気だ。紛れもない気の揺らめき。
「なるほど……エルフ特有の、しかも貴族の家系ゆえの潤沢な魔力を気に変換しているのか。あとは根本的にレベルが高いというのもあるか? 少なくとも百四十……五十以上はあるはずだ。もともとがいくらだったのかまではわからんが、転生してからここまでの間に上げたと……しかしどうやって……?」
ワシはそこで、ようやく気づいた。
「……そういえばさっき、ゴブリンの腕を咥えていたな? もしかして『精気吸収』か? 喰ったものから精気を吸収して強くなれる能力を持っているのか? 転生してからここに至るまでに喰った生物の分だけ強くなったというのか? だからここまで、急激に強くなれたと?」
ゴクリ――ワシは思わず、唾を飲みこんだ。
「泥竜の竜語魔術と、エルフの魔力。魔気変換と、ここまでに吸収した魔物どもすべての精気の集合体……。これは下手をするとワシでも……」
ワシでも勝てぬ、敵かもしれん。
そう思った瞬間、戦慄が走った。
唇が震え、膝が震えた。
「いや……」
一瞬だけだ。
すぐに思い直した。
一瞬とはいえ怯えた自分を恥じた。
頬を拳で殴ると、前を向いた。
口の中に滲んだ血を、ペッと吐いた。
「そうだ――今まで積み重ねてきた『年月』を思え。魂に刻み込んだ『武』を信じろ。敵がどれだけ頑健だろうと、どれだけの体力や特殊能力を誇ろうと、一切関係なかっただろうが」
ゆっくりと、ゆっくりと身構えた。
左足を半歩前へ、右足を半歩後ろへ。
わずかに腰を落とすと、両手を顔の前で立てた。
立てながら息を吐いた。
「そうだ――ワシはドワーフ。体の小ささや魔力のなさといった悩みにはずっと悩まされてきたではないか。バカにされて、侮られて、人類連合軍ですら当初はのけ者にされていたではないか。その上で……」
長く息を吸って、長く吐いた。
それを三度繰り返し、体の準備を整えた。
「すべてを見返してきたではないか。実力と工夫でもって、皆を黙らせてきたではないか。今回も同じことではないか。敵がどれだけ強かろうと、大きかろうと、知ったことではない」
血の滲むような修練と、生死の境を彷徨うような戦いの日々を思い出した。
心の準備を整えた――整った。
「ドロガロンよ、ワシには『覚悟』があり、おまえには無い。ワシには『武』があり、おまえには無い。ワシにはニ百五十余年の積み重ねがあり、おまえには無い。なんならおまえは、産まれたての赤ん坊だ」
ドラゴ砕術は、『体の小さな者が大きな者に勝つための術』だ。
『相手の末端を崩し、中心を打つ』が根本思想にあることから、体格差があっても問題ない。
あらゆる相手、状況を想定していることから、走る馬車の上でもバランスが崩れることはない。
相手が飛行能力を持ったエルフ型のドラゴンであろうと、戦い方はある。
「それを今から、証明してやる。『ドラゴ砕術・獅子の檻』。とくと味わえ」
空を舞うドロガロンを挑発すると、ワシはニイと口の端を歪めた。
強敵と戦える喜びを噛みしめつつ、決死の戦いへと挑んでいく。
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