「冒険の書二百六十八:まさかの再会」
迫り来る『闇の軍団』のエルフヘイム攻略軍に呑み込まれぬよう、馬車は全力で走り出した。
激しく揺れる馬車の騒音に負けぬよう、ワシは大声で指示を飛ばしていく。
ルチルナを始めとしたエルフたちには『魔術』の準備を。
マリアベルには『邪眼』の準備を。
そして、つい先ごろから味方してくれるようになった精霊と森の木々たちには――
「精霊たちよ、森の木々たちよ! どうかワシらに力を貸してくれ! 森を傷つけ、汚さんと迫る悪しき者どもを遠ざけるため、力を貸してくれ!」
ワシの呼びかけに、まずは木々たちが応えてくれた。
樹齢千年にもなるだろう古木たちが一斉に『枝や蔓』を伸ばし、魔物たちを捕らえていく。
古木に比べるといささか小さい若木たちが、しゃく取り虫のように『根』を持ち上げては魔物の足を引っかけ、剣のように尖った『葉の雨』を降らせていく。
木々の間を抜けた魔物や空から攻め寄せる魔物に対しては、精霊が攻撃を加えていく。
『風』が吹き荒れ、『土』の塊が飛び、『氷や雷』が降り注ぐ。
木々と精霊の攻撃を突破した魔物に対しては、マリアベルの邪眼が飛ぶ。
『石化や即死』といった状態異常を受けた魔物たちが、そこここで絶命していく。
それらすべてをくぐり抜けてきた魔物へは、エルフたちの攻撃魔術が待っている。
世界樹の加護を失ったとはいえ、さすがはエルフ。
高い魔力でもって編まれた『雷や氷』が、次々に魔物を打ち倒していく。
「よう~しっ、いいぞ皆! その調子だ!」
「……師匠! この場は勝てそうだが、この後はどうするのだ!?」
邪眼を放った直後の待機時間を足止め魔術で埋めつつ、マリアベルが聞いてくる。
「勝利の勢いを維持したまま突き進み、エルフヘイムの守備隊と合流するのだ! エルフ族三千人にワシらやルルカらハイドラ王国の外交官も含めた共闘体制を構築し! 国内外の総力を挙げて『闇の軍団』を撃退するのだ!」
エルフヘイムとハイドラ王国の共闘体制という威勢のいい言葉で勇気が湧いたのだろう。
皆が「おお!」とか「やるぞ! 我らは勝てる!」などと勢い込んで叫び出す。
実際、流れはよかった。
この場だけでもすでに、百近くは敵軍を削れた。
戦場全体を含めればわずかだとしても、局面的勝利を納めたられたのは間違いない。
「うむ、いい調子だ。あとはこの勢いを主戦場へ持ち込めれば……ん?」
――ゾクリ。
一瞬、背筋が粟立った。
強者の気配だ。
しかも普通ではない。
じっとりと粘りつくような、嫌な気配がする。
「なんだ? いったい……?」
気配の出どころは、すぐにわかった。
古木の枝や蔓をブチブチと引きちぎりながら、ひとりの男が姿を現したのだ。
「エルフ……?」
男はエルフだった。エルフの男。
だが、普通ではなかった。
上半身は裸、下半身も布切れがかろうじて引っかかっている程度。
足は裸足、髪はボサボサで、全身血まみれ。
目は暗闇を映し出したかのように真っ黒で、口元にはゴブリンのものだろう千切れた腕が咥えられている。
「……尋常な様子ではないな。全身の血も……これは自分のものではない、返り血だな? 魔物を喰った? 『狂戦士化』の状態異常にでもかかったか……いや、待てよ? この顔……どこかで……?」
ワシの疑問を裏付けるかのように、ルチルナが叫んだ。
胸を押しつぶされたような、驚きと苦しさに満ち満ちた声で。
「ハイデルお兄さま!? ハイデルお兄さまなのよ!?」
そうだ、変わり果てているが、こいつはハイデルだ。
ワシを何度も襲い、最期はドロガロンの腹の中に消えた男。
てっきり死んだものとばかり思っていたが、まさか今、こんな姿になって再会しようとは……?
「どうしてそんな姿に……? ううん、いいのよそんなことは! とにかく生きててよかったのよ! さ、そこは危ないからこっちに来るのよ! みんなでエルフヘイムに帰って、それで……!」
最低のクズではあるが、それでも肉親には違いない。
極限状況での再会をルチルナは素直に喜び、こちらに招こうとする。
状況を把握した御者も馬車の速度を落とし、ハイデルを迎え入れようとするが……。
「でぃ、でぃ、でぃ……でぃあ、な?」
ハイデルはルチルナを見もしない。
じいぃぃぃぃ~っとばかりにワシを見つめると……。
「でぃ、あ、な、だぁぁぁぁ~」
にんまりと笑った。
大好きな食べ物を目の前にした少年のように、無邪気に笑んで見せた。
そこへ、古木たちが一斉に襲いかかった。
『枝や蔓』を伸ばし、『葉の雨』を降らせた。
相当な手練れであっても五体満足では済むまい、強烈な同時攻撃だ。
「ダメ……!」
ルチルナが叫ぶが、間に合わない。
古木たちの攻撃がハイデルを捉えたかと思った――次の瞬間のことだった。
「フ・ル・ル――」
どこかで聞いた声だった。
どこかで聞いた言葉だった。
パカリと四つに分かれた舌でハイデルが唱えたのは、間違いなく『竜語魔術』だ。
暴風は古木たちの攻撃を吹き払った。
枝や蔓を切り裂き、葉の雨を吹き散らした。
それでも勢いは止まらず、若木や古木たちの頑丈な幹をへし折った。
「今のは竜語魔術……ということはまさかこやつ、ドロガロンに……っ?」
それは恐ろしい想像だった。
しかし、それ以外に説明のつかぬ出来事だった。
「肉体はハイデルで、魂はドロガロンで……つまりはこういうことか? リトニア川を統べる泥竜が……エルフの男に転生したということなのかっ?」
かつてのワシがそうだったように。
種族を超えたいいとこ取りをしたというのか?
「ロ・ア・ロ――」
驚き固まるワシに向かってハイデルは――いや、ドロガロンは飛んできた。
背中に生えた大きな羽根を羽ばたかせて、宙を飛んだ。
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