「冒険の書二百六十六:イールギットVSギイ!⑤」
~~~イールギット視点~~~
「出でよ……『万孵の卵』」
ヴァネッサがその名を口にした、次の瞬間のことだった。
床に描かれた魔法陣から、一匹の生物が姿を現した。
ひょっこりと、音も立てずに。
気がついた時にはそこにいた。
「……む?」
卵だった。
形としては鶏卵が近いだろうか、皆がよく口にするあれに近い。
大人の頭ほどの大きさがあり、真ん中部分に『W』の形をした切れ込みが入ってはいるが。
「これはいったい……?」
防御の術構成をいくつか練っていたイールギットも、さすがに困惑した。
博識を誇る彼すら知らない、珍妙極まる召喚獣だ。
「卵で攻撃……なんだそれは……? ひょっとして幻惑のためか……? これに注意を引きつけておいて、他から攻撃をするという? いや……そう思わせておいて実は、こっちが本命? 大きさ的にはさほど脅威にならなさそうだが、猛毒を内包しているなどの可能性はあるか?」
ぶつぶつとつぶやきながら出方を窺っていると――パカリという音とともに、卵が割れた。
「割れた? いや……」
正確には、『W』の切れ込みが上下に開いたのだ。
内部には黒い闇が満ちていて、明るく光る目のようなものがふたつある。
「目……?」
さらに、卵の上部と下部から手足が生えてきた。
真っ白で細い手足がニョキニョキと生え、そして……。
「……増えた?」
またパカリと音がし、また数が増えていた。
手足の生えた卵の隣にもう一個の、まったく同じ形をしたのが立っていた。
「いったいどういうカラクリだ?」
怪しんでいるうちに、卵はさらに数を増した。
パカリ、パカリ、パカリ、パカリ。
二個が四個になり、四個が八個になり、八個が……。
「……いかん!」
倍々に増えていくのに気づいたイールギットは、ただちに攻撃の術を唱えた。
「『呪いの稲妻』!」
杖の先端から放たれた黒い稲妻が、七個の卵を破壊した。
しかし、残った一個が増殖を止めない。
一個が二個、二個が四個、四個が八個、八個が……。
「くそっ……キリがない!」
一個一個の強さの程度がわからない。
どこまで増殖を繰り返せるのかもわからない。
無限のエネルギーを持つわけでもないだろうし、どこかで打ち止めになる可能性は十分にある。
だが、それらを確かめる余裕はなかった。
それほどに、卵の増殖速度は速かった。
エルフ族三千人を皆殺しにするための召喚獣、というのもあながち冗談ではなさそうだ。
しかも厄介なのは、卵を攻撃している間にもヴァネッサやギイから目を離すわけにはいかないということだ。
どこかに集中すれば、どこかに隙が生じる。
隙が生まれれば、自分だけではなく翠星珠までもが危機に陥る。
「イールギットさま! わたしたちがお手伝いします!」
「僕も当然、助太刀するよ!」
「なんかそこの女騎士ムカつく顔してるから、そいつはあたいに任せろ!」
状況を理解したルルカ・ルシアン・チェルチが援護に入り。
「「「「「国王陛下は我々にお任せを!」」」」」
エルフの騎士たちがヘリオンの救助に入り。
「ぬおおおお~! そのエルフは我の獲物だぞ! 横取りするな卵どもおぉぉぉ~!」
ギイはなぜか卵を壊しにいってるしで、いよいよ場は混沌とし出した。
そんな中――
「……しまった!」
増殖した卵の一団がイールギットの攻撃を躱し、『翠星珠』への突撃に成功してしまった。
「ダメえぇぇぇぇぇぇぇぇ~っ!?」
これにはルルカが結界を張って対応したが……いかんせん数が多すぎる。
十六が三十二、三十二が六十四、六十四が百二十八……。
凄まじい数に膨れ上がった卵が結界に圧し掛かり、そして……。
――ピシリ。
硬い、硬い。
これ以上ない喪失の音が、高く高く、辺りに響いた。
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