「冒険の書二百六十五:イールギットVSギイ!④」
~~~イールギット視点~~~
不完全体とはいえ伝説の召喚獣である『氷界大蛇』を破壊された。
ギイと一対一の決闘、と見せかけてヴァネッサを瞬殺する作戦も失敗した。
失敗がふたつ重なり、状況は悪化の一途……かというと、案外そうでもなかった。
雑に扱ったことで人質としての価値がそれほどないと判断されたのだろう、ヴァネッサがヘリオンを手放したのだ。
これは正直、助かった。
足手まといのことを心配する必要がなくなり、ここから先は純粋なニ対一を行うことができる。
「ええい……やめろヴァネッサ! 手を出すな! こいつは我の敵だ!」
「そんなこと言ったって、向こうが殺しに来るんだもんしかたないじゃない! いいから一緒にやりましょうよ! そっちの方が明らかに効率いいじゃない!」
「だから効率とかじゃないのだ! 決闘というのは誰にも邪魔されず……自由で豊かでなければならんのだ……!」
どうやら純粋な二対一にはならなさそうだ。
あくまで一対一の決闘を希望するギイと、効率よく状況を打開したいヴァネッサの間で意見の食い違いが生じている。
「同じ組織に所属している仲間でありながら連携がとれず、ふたりでいながら個別に戦う……か。愚か者どもめ……」
状況だけを考えれば、こちらにとって都合がいい。
防御側としては、ただにんまり笑って構えていればいい。
構えていればいいのだが――直後のイールギットのつぶやきには、明白な怒りがこめられていた。
「やりやすくはあるのだが……まあ、ずいぶんとナメられたものだな」
数千年の時を生きてきた。
エルフ族のために多くの敵と戦い、ついには魔王までをも倒した。
国父と呼ばれ、今もエルフ族の中枢に君臨し、様々な異名で呼ばれている。
そんな自分を前にして、このふたりは味方同士でいがみ合っている。
ぎゃあぎゃあぎゃあぎゃあ、小鳥のように囀っている。
ナメられているのだ――この自分が。
「……なあおまえたち、忘れていないか?」
イールギットは、ぼそりとつぶやいた。
怒りをこめて。
「ここにいるのは、魔王を殺したエルフなのだぞ?」
極低温の声でつぶやくと同時に、術を発動させた。
「『雷よ、万象悉く灰燼に帰せ』!」
――ピッシャアアアァァァァン……!
音声魔術によって生じた雷が、天井から無数に降り注いだ。
「ぬおわあぁぁぁぁぁ~っ!?」
「きゃああぁぁぁぁぁ~っ!?」
ギイとヴァネッサが悲鳴を上げながら逃げ惑っているところへ……。
「――ならびに」
「「ならびにいぃぃぃぃぃ~っ!?」」
「『千剣支配』!」
――ゴオオオォォ……ッ!
古代魔術によって生み出された魔剣の群れが、部屋中を荒れ狂った。
「こんなん躱せるかあぁぁぁぁぁ~っ!?」
「痛ったああああぁぁぁぁぁぁ~いっ!?」
雷術を回避してバランスを崩しているところへ、追撃の魔剣の嵐だ。
さすがに躱しきれなかったふたりは、全身を切り刻まれた。
ギイが大剣で弾き、ヴァネッサが黒糸で急所を覆うなどして工夫はこらしたものの、体中のいたるところが裂け、血が噴き出た。
「このレベルの二重詠唱はさすがにズルすぎじゃないか!? まったく攻撃する暇すらないのだが!?」
「だから言ってるでしょこいつは違うって! ふたりして協力して叩きましょうって!」
「だからそれはつまらんと……!」
「そんなこと言ってる場合じゃ……!」
「『赤竜烈火砲』!」
「ぬおわあぁぁぁぁぁ~っ!?」
「きゃああぁぁぁぁぁ~っ!?」
この期に及んでなおも言い争うふたりを、イールギットは攻撃し続けた。
音声魔術と古代魔術の合わせ技の、息つく間もない連続攻撃を繰り出し続けた。
普通の人間ならただちに絶命するところだが、ふたりはしかし、神回避を続けた。
時おり体を掠めることはあるが、致命傷だけは避け続けた。
(まあ悪くない……というよりは、明白に有利な状況だ)
イールギットは内心でつぶやいた。
現状、遠距離戦はこちらが有利だ。
攻撃されても極短距離転移で回避できるし、魔術の二重詠唱を続ければ、いつかは必ず勝てるはず。
(今のところ、ヘリオンもなんとか生きてはいるようだし……)
ヘリオンは魔術に巻き込まれないよう、部屋の隅で縮こまっている。
時おり火や雷に巻き込まれそうになってはいるが、自分で張った結界術でギリギリ(髪の毛がチリチリになる程度で)耐えている。
(体力にも魔力にも余裕はある。問題は……)
イールギットはチラりと『翠星珠』に視線を走らせた。
(ヘリオンに関しては、生きてさえいればそれでいい。だが、翠星珠に関してはそうもいかない。今はまだ『ワタシという脅威』にふたりの注意が向いているが……)
イールギットとの決闘を望むギイはともかくとして、ヴァネッサは勘違いしているのだ。
彼女にとって『イールギットを倒すこと』は勝利のための絶対条件ではない。『翠星珠を破壊しつつ脱出すること』ができればそれでいいはずなのだ。
もし気づかれれば、有利不利は百八十度入れ替わる。
ギイの攻撃を捌きつつ翠星珠を護るのは、ハッキリいって至難の業だから。
(今できることは、とにかく攻めて攻めて、考える隙間すら与えないことだ)
音声魔術と古代魔術の詠唱の隙間に、イールギットは息を吸い込んだ。
(翠星珠に当てないよう攻撃範囲を絞るのもひと苦労だが……しかたあるまい)
額から垂れる汗もそのままに、新たな呪文を詠唱していく。
間違っても翠星珠を巻き込まないよう微調整しながら、慎重に、慎重に。
と、そこへ――
「やった!? 間に合った!?」
「よかった! 無事みたいだぞ!」
チーンと音がしたかと思うと、ルルカたちが魔法の昇降機を降りて来た。
上での戦いはカタがついたらしく、チェルチにルシアン、エルフの騎士たちも引き連れている。
状況を確認するなり、皆は叫んだ。
「翠星珠は無事ですか!?」
「ほらルルカ、あれあれ!」
「やった……よかった!」
決して悪気があったわけではないだろう。
状況を考えれば、翠星珠の無事を確認するのは当然。
だが、結果的には最悪の行動だった。
皆の注意が部屋の奥に鎮座している翠星珠に向いた、その瞬間――
「あら、あらあらあら。わたしとしたことが忘れていたわ。そうよね、ヘリオンより世界樹、翠星珠。あんたは最初からそう言ってたものね」
ニイッと、ヴァネッサが口の端を歪めた。
「だったら……やり方を変えなきゃね♪」
不敵な笑みを浮かべると、懐から小瓶を出した。
ガラス製の小瓶の中には、毒々しい赤色をした液体が入っている。
「ちょっと順番は狂っちゃうけど、しかたないわよね。だって、あんたをすり抜けて壊すの大変すぎだし」
小瓶は、床に落ちるなりパリンと高い音を立てて割れた。
毒々しい色をした液体が、凄まじい勢いで広がっていく。
しかもただ広がるのではない、まるで魔法陣を描くかのように広がっていく。
「『召喚血瓶』だと⁉」
イールギットは叫んだ。
召喚血瓶は魔法のアイテムで、彼自身が先ほど行ったような召喚獣を持ち運びできる形にしたものだ。
決まった召喚獣しか呼び出せないが、魔力や魔術の素養が必要なく、誰にでも召喚できる優れ物だが……。
「本当はね、翠星珠を壊した後に呼び出すつもりだったの。世界樹の加護のなくなったエルフ族三千人を残らず殺すために。もちろん特別製よ。一度きりしか使えない、伝説級のアイテムよ」
「いったい何を呼び出すつもりだ……!」
警戒するイールギットに、ヴァネッサは告げた。
口元に艶然たる笑みを浮かべながら。
「出でよ……『万孵の卵』」
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