「冒険の書二百六十三:イールギット VSギイ!②」
~~~イールギット視点~~~
「我は『闇の剣士ギイ・マニュ・ミルチエール』。いざ、尋常に勝負せよ」
ギイは古式ゆかしい、決闘の名乗りを上げた。
かと思うと……。
「ほら、イールギット。次は貴様の番だぞ」
早く決闘がしたくてたまらないのだろう、くいくいと手を動かして返事を催促してくる。
イールギットの返事が決闘開始の合図になる、ということだろうか。
(互いに名乗り合った後に決闘に移る。古の作法……様式美を重視するタイプか。つまり、こちらが答えないかぎりは仕掛けてはこないと?)
ならば試してみよう、イールギットはあえて答えずにギイの反応を窺った。
「ほら、イールギット。貴様の番だぞ」
くいくい、くいくい。
ちょっと焦れてきたのだろう、手の動きが激しくなる。
くいくいくい、くいくいくいくいくいくいくい……っ。
くいくいくいくいくいくいくいくいくいくいくいくいくい……っ。
「ほら、ほらほらほらあっ。早く早くうっ」
(……ふむ、やはりか。子どもっぽいこだわりまで、あのドワーフと同じだな。なら、ここで少し時間を稼がせてもらうとするか。増援を待ちつつ、仕掛けの準備をするとしよう)
素早く計画を立てたイールギットはギイの催促を無視すると、代わりに床に落としていた長杖を『念動力』の術で手元に引き寄せた。
「お、いよいよかっ? いよいよなのか?っ」
ワクワク顔をするギイに見せつけるように、ゆうううっくりと肩を回す。
「……なんだ、いやに時間をかけるな。もったいぶるなイールギットっ。おい、聞いているのかっ?」
しかしイールギットは名乗りを上げない。
代わりに、長杖をまっすぐ立てた。
ちょうど人体の急所が集中する体の正中線を護るように。
「……おっ、懐かしいなそれっ」
いかにもゆったりとしたイールギットの動作を見たギイの顔が、急にパアッと明るくなった。
「魔術師どもがとる防御の構えだっ。そうだろうっ?」
「ああ、その通りだ」
「人体に縦に集中する正中線を護る……だったかなっ。我には思いもつかん防御的な構えだっ。だが、それだけに面白いっ。貴様ほどの練達の魔術師でもそのような構えを取るのだなっ」
戦いに関することならなんでも知りたいのだろう、ギイはキャッキャッと楽し気に聞いてくる。
(……ふむ、悪くない食いつきだな。こちらの方向でも、もう少し時間が稼げそうだ)
とにかく時間を稼ぎたいイールギットは、あえてギイとの会話に乗っていく。
「無論だ。ワタシたち魔術師は、魔術を究めるために日々を費やす。研究などで部屋に籠ることも多く、戦士のような頑強な肉体は望んだって得られない」
「その分、攻撃力はデカいよな! 炎に雷、氷に土、精神攻撃など、種類も豊富だよな! あとあと、遥か遠くから攻撃できるという長所もあるよな!」
「一方で脆弱なので、戦場においては戦士たちに護られるのが常だ。だが、敵味方入り乱れての大混戦となると話は変わってくる。敵はどこから襲ってくるかわからず、戦士たちもそれらすべてを捕捉することはできない。必然、魔術師たちは自分で自分の身を護らなければならなくなる。そこで編み出されたのが『魔術の媒体である杖を使った護身法』というわけだ」
「ほおっ、ほおほおほお~っ!?」
「魔力で保護された杖は鋼鉄の強度を誇る。正しく受ち返せばあらゆる攻撃を弾き、逸らすことができるという理合いだ」
「ほおおおお~っ!? なるほどなっ、そういう理屈なのか! 打面を魔力で固めて打ち返すと! 力の流れだ重さだなんだのの計算は貴様ら魔術師が最も得意とする領域だからな! なるほどなあ~っ!」
ギイはぶんぶんと拳を振って喜んでいる。
「ああ~いいないいな! 楽しいなあ~! 戦うための技に、心構え! 我はこうゆ~話がしたかったのだ! 他の者では話にならんし! ヴァネッサは戦うよりは逃げる方が得意ときてる! これ以上ない強敵との! 命のやり取りを前提としたヒリヒリ感の中でする戦場訓! これほど楽しいものもないな!」
うんうんとうなずき、顔を紅潮させるギイ。
「なに遊んでんのよ、あんたたちは……」
ふたりのやり取り(ギイが一方的に興奮してるだけだが……)の意味がわからず、げんなりした声を出すヴァネッサ。
一方のイールギットはというと……。
(さて、ここまでで準備は三割といったところか……)
時間を稼ぎつつ、淡々と仕掛けの準備をしていた。
具体的には、密かに魔術を唱えていたのだ。
口にしてはいないはずなのに、いったいどうやって?
という話だが、魔術の系統には大きく分けて二つある。
ひとつが『音声魔術』。最も一般的な魔術で、口頭で呪文を詠唱するものだ。
もうひとつが『古代魔術』。『秘儀文字』と呼ばれる特殊な文字でもって奇跡を顕現させる魔術だ。
そのためには莫大な魔力が必要で、理屈はともかく現実的には実現可能な者などいないとされてきた魔術なのだが……。
(ワタシはエルフで、ここはエルフヘイム。しかも世界樹の心臓部、その恩恵を最大限に受けられる絶好の位置だ)
イールギットはニヤリと笑んだ。
(準備がすべて整えば、戦いが始まった瞬間に決着がつくだろう。それまで時間が稼げれば……)
ふたりに気づかれぬよう、密かに……密かに準備を整えていくイールギット……しかし。
「……んん? んんん……? あああ~っ! こいつ、足でなんかしてるわよっ!」
こっそり床に描いていた文字が、ヴァネッサにバレてしまった。
「足で床に文字……秘儀文字ってやつね!?」
「なにいぃぃぃぃっ~!? 名乗りをなかなかあげずに焦らしておいて、あと護身法の解説とかして我の気を引いておいて、実はこっそり術の準備をしていただとっ!? ズルだ! そんなのズル! 魔術師汚い!」
ギイとふたりになって、ギャアギャアと騒ぎ立ててくる。
「……ふん」
イールギットは肩を竦めた。
現時点で術の完成度は四割。
本当ならもうちょっと完成度を高めたかったのだが、こうなってはしかたあるまいと開き直った。
「騙し討ちは戦場の習いだろう。子どもではないのだから、それぐらいでいちいち騒ぐな。というか、味方のフリをして騙し討ちしたのはそちらが最初だろうが」
「……あ、そっか。じゃあしょうがないか」
「納得させられてんじゃないわよ! っていうか早く攻撃しないと、あいつの思う壺よ! ほら、早く早く! あんたの大好きな決闘してきなさい!」
「おお、そうだったそうだった! 事前にどんな準備をされたとしても、ヤラれる前にヤレばいいんだものな! それでは行っくぞおぉぉぉ~っ!」
大剣を上段に振り上げたギイが、ズドンとばかりに床を蹴った。
目にも止まらぬ速度での突撃――しかし、イールギットの術の発動の方が速かった。
「顕現せよ……『氷界大蛇』!」
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