「冒険の書二百六十二:イールギットVSギイ!」
~~~イールギット視点~~~
王の間から『翠命珠』のある世界樹の心臓部へ行くには、ふたつの方法がある。
ひとつは『秘儀文字』の刻まれた『昇降機』。
十数人を乗せたカゴをスイッチひとつで上下させる便利な魔導機械だが、莫大な魔力を消費するのでエルフヘイムの中でもここの一基だけしか稼働していない。
消費の分だけ速度は速く、いったん動き出すとなかなか追いつくことができない。
「おのれ、行かせるか……っ!
イールギットは『飛行』の魔法の付与された杖を飛ばしに飛ばしたが、間に合わなかった。
扉が目の前で閉まり、ギイと女騎士、女騎士に拘束されたヘリオンの三人が乗ったカゴが、ゴンゴンと音をたてて降下していく。
「くっ……しかたない、こっちで行くか」
悔しんでばかりもいられないと、イールギットはもうひとつの選択肢を選んだ。
それは昇降機の隣にある階段だ。
ここから心臓部までの高さは三十階建ての建物相当、しかも直線ではなく螺旋階段なので、カーブの分だけ余計に時間がかかる。
「間に合え……間に合え……っ」
焦りを口にしながらイールギットは、ぐるぐると円を描くように飛び降りていく。
「翠星珠を破壊されれば、世界樹が死ぬ。そうなってしまえば、世界樹と共に生きて来たワタシたちもただでは済むまい……っ」
世界樹の助けがなくても、魔法は使える。
だが、助けがあるとないとでは大違いなのだ。
常時稼働させられるゴーレムの数はさらに減るだろうし、魔術師としてのエルフたちの戦闘力も大幅に落ちるだろう。
「何よりまずいのは『千年結界』だ。あれが維持できなくなれば、魔物どもが一斉に押し寄せる……そうなればおしまいだ。エルフヘイムは一日のうちに滅びるぞ……っ」
最悪な想像をしてしまったイールギットは、ギリっと奥歯を噛みしめた。
「させん、それだけはさせんぞ。数多の先人たちが築き上げてくれたエルフの楽園を、我らが支えて来たエルフの都を、みすみす失ってたまるものか……っ」
自分に言い聞かせるように飛んで、飛んで。
やがて、イールギットは心臓部へとたどり着いた。
+ + +
心臓部はドーム型の大きな空間になっていた。
床から天井までを貫くように世界樹が鎮座し、樹皮に穴が開いて剥き出しになっているのが見える。
剝き出しになった空間は卵形をしており、そこにはヒスイ色の大きな球体が納められている。
球体には血管のように木が絡みつき、生き物の心臓のように鼓動を繰り返している。
「ほお~、こいつが翠星珠か。ドクンドクンいって、本当に心臓みたいだな。こいつを壊せばエルフヘイムが滅ぶって? ほお~、そいつは面白そうだなあ~」
一足先に到着していたギイが、翠星珠を見上げている。
唇をひん曲げるようにしてニヤリと笑んで、いかにもこの状況を楽しんでいる様子だ。
「……ふん、やはりそれが狙いか。ずいぶんと手間のかかる真似をしたものだ。だがなあ……」
イールギットは長杖から降りると、戦闘の準備を始めた。
「ワタシが間に合った以上、好きにはさせんぞ」
翠星珠を破壊される前に、有無を言わせず殺してしまうつもりだったのだが……。
「おお~っと、そこまでよ! 言っとくけど、それ以上動いたらこのボウヤの首が飛ぶからね!」
女騎士が叫んだ。
見れば、女騎士の手には大振りのナイフが握られている。
縄で縛られ動けないヘリオンの首筋に押し当て、それ以上動くなと、動けば王の首が飛ぶぞと脅してくる。
だが、イールギットは退かない。
ここまで侵入を許してしまった以上、手段を選んでいる暇はないのだ。
「ふん、言っておくが人質など無意味だぞ。世界樹と天秤にかけられるほど価値のある者などこの世に存在しない。それがたとえ王であったとしてもな」
「あら、家臣のくせに国王陛下を見殺しにするってわけ?」
「そう言ったつもりだが? そこの国王とて、よもや自らの命と引き換えに翠星珠を破壊せよなどとは言うまい」
そんなのは子どもでもわかる理屈だと、イールギットは鼻で笑うが……。
「大祖父さま! 助けてくれ! 僕はイヤだ! こんな珠のために命を捨てるなんて、まっぴらごめんだ!」
涙を流し、鼻水を垂らし。
子どものように泣き叫び命乞いをしてくるヘリオン。
「……世界樹を失えば、ワタシたちもまた滅びるのだぞ? 自分だけでなく、国民全員が路頭に迷うのだぞ? わかった上で言っているのか?」
いくらヘリオンでも、そんな愚かなことは言うまいと思ったのだが……。
「わかってるよ! でも死ぬのはイヤだもん! なあ~、世界樹だったらその辺を歩いてる苗木でも育てて、大きくなるのを待てばいいじゃん! 多少不自由でも、エルフは長生きだから待てるだろ⁉ なあ頼むよ! なんでもするから! 心を入れ替えて! 真面目に勉強して! 立派な王さまになるからさ! お願いだから見捨てないでくれ! 世界樹よりも僕を選んでくれえぇぇ~っ!」
「……バカな、なんたる無様な……」
イールギットは顔をしかめた。
頭を抱えてうずくまりたくなるのを、なんとか堪えた。
本音を言えば、見捨ててしまいたかった。
政務を顧みず女遊びに耽り、エルフヘイムを傾かせ続けているこのバカを、ひと思いに切り捨ててしまいたかった。
だができなかった。
国王と家臣という立場もあるが、それだけでもない。
いくつかの記憶が、イールギットの邪魔をした。
「ルーンヴァル……ラフィール……」
先王ルーンヴァルとその妻ラフィールがヘリオンを可愛がっていた記憶が。
そこへイールギットも加わり、三人で遊んでやった記憶が蘇ってくる。
あの頃のヘリオンは可愛かった。
イールギットの足にしがみついては「おおじいさま、あそんで、あそんで」と舌足らずな声でねだっててきたものだ。
「エウロラ……」
次に蘇ってきたのはエウロラという娘の記憶だ。
エウロラは数多くいたヘリオンの妻のひとりだった。
他の妻たちがヘリオンの放蕩ぶりに愛想をつかして実家に帰る中、ひとりだけ残って支えてやっていた、健気な娘だった。
サーカス団の踊り子をしていたせいもあるのだろう、エウロラは気が利き、男扱いが上手かった。
彼女が傍にいた間だけ、ヘリオンはまともに働いていた。
一瞬だが、まともな王のように見えたこともあったのだ。
フィオナという子宝にも恵まれ、三人の未来は順風満帆といった矢先に――だが、死んだ。
彼女は病に倒れ、死んだのだ。
死の間際、彼女は夫の面倒を見てくれるようイールギットに頼んできた。
「イールギットさま。夫のことをお願いします。あの人、バカで見栄っ張りで甘えん坊などうしようもない人だけど、本当はこの国のことを愛してるの。だからお願い、どうか見捨てないであげてください」
クスリと笑いながら『お願い』してきたあの表情を、隠しきれぬ寂しさを、イールギットは未だに覚えている。
もう戻れない過去を。
二度とは会えぬ皆との思い出を、今もずっと。
「…………ハア~、しかたあるまい。これも約束だからな」
イールギットは、自らの額をゴンと叩いた。
ギャアギャアみっともなく泣き叫ぶヘリオンを、助けてやることに決めた。
とはいえ、ただ助けるだけでは意味がない。
今回の事件をきっかけにして、少しでもまともな王になってもらわねばならない。
(……命からがら、ぐらいの酷い目に遭えば、多少は変わるか? 五体満足……まあ最低限心臓さえ動いていれば、回復魔術でなんとかなるしな……)
心の中でつぶやくと、イールギットは提案した。
「わかった。そいつはバカだが、一応、我らが王には違いない。頼むから殺さないでくれ。その上で取り引きをさせてくれ。なるべく穏便に、翠星珠を破壊しないで済む方法を模索したい」
両手を挙げて長杖を落とし、敵意のないことを示す。
普通の魔術師なら魔力制御用の媒体である杖は欠かせないアイテムだが、イールギットは普通ではない。
あればあったでいいが、なくても十分に戦えるよう訓練を積んで来た。
……などという裏事情を知らない女騎士は、わかりやすく調子に乗った。
「お、取り引きするつもり? 魔族絶対殺すマンのイールギットさまが、魔術師の魂である杖まで手放して、わたしに『お願い』するつもり? いいわねいいわね、その屈辱に満ちた表情含めて最高よ♪ さあ~てさてさて、どうしよっかな~♪ どういう取り引きにしよっかな~♪」
「くっ……なんたる屈辱……っ」
屈辱に歯噛みする……フリをするイールギット。
(いいぞ、調子に乗れ調子に乗れ。そのぶんこちらが仕掛けやすくなるからな)
などと考えながら、女騎士の隙を窺っていると……。
「おい――邪魔をするなよ、ヴァネッサ」
もうひとりの人物――ギイの体から、ドッとばかりに殺気があふれた。
その目はイールギットではなく、味方であるはずの女騎士ヴァネッサをにらみつけていた。
「忘れたのか? 最高の敵と戦わせてやると言ったのはおまえだろうが。なのにさっきからなにをしている? 人質? 脅迫? 取り引き? おまえは我をナメているのか?」
「え? いやでも……少し脅しとかないと勝率が……。今回の敵はそれぐらいヤバい相手だし……。できれば少しでも勢いを弱めたいところだし……」
「おい、寝言は寝て言えよ? 我はなあ、戦いに計算を持ち込む輩が大っっっ嫌いなのだ。いいか? 決闘というのは正々堂々、正面からぶつかるべきものなのだ。誰にも邪魔されずに、自由に、互いの誇りを賭けて殺し合うものなのだ。それともなにか? おまえは我を、これほどの敵に足枷をさせた上で勝って喜ぶような恥知らずにしようというのか?」
「わ、わかったっ。わかったわよっ。だからその『なんだったらおまえを先に殺してやろうか?』みたいな目をやめなさいよ」
ギイが本気で怒っていることに気づいたのだろう、ヴァネッサは慌てて後ろへ下がった。
ヘリオンの拘束自体は解いていないが、首に当てていたナイフを外し、部屋の隅の邪魔にならないような位置に移動した。
「じゃ、わたしはここで見てるから。終わったら声かけてよね」
「ふん、最初から素直に従っていればいいのだ」
ギイは満足げにうなずくと――
「来い、『新・黒吠剣』」
虚空から漆黒の大剣を呼び出すと、切っ先をイールギットに向けた。
「待たせたな、イールギット。あの女とバカ王子のことはとりあえず忘れろ。今は目の前の我だけを見ろ」
コホンと咳ばらいをすると――
「我は『闇の剣士ギイ・マニュ・ミルチエール』。いざ、尋常に勝負せよ」
古式ゆかしい、決闘の名乗りを上げた。
(ほう……なるほど。貴様はそういう奴か)
ギイという娘の趣向を一瞬で把握したイールギットは、会心の笑みを浮かべた。
(あのドワーフのバカと同じタイプか。そういうことなら、いくらでもやりようはあるな)
かつて――人魔決戦時に幾度となく浮かべてきた悪い笑みを、今また浮かべた。
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