「冒険の書二百五十九:ディアナは頭を抱えた」
さて、馬車に分乗し、エルフヘイムを目指しているワシらだ。
精霊が祝福し、森の木々が(物理的に)脇へどいてくれ、道行きは順調と思いきや……。
「ダークエルフの一族が、エルフヘイムに外交特使を送り込んで来ているだと……?」
ルチルナの言葉を聞いた瞬間、背筋に寒気が走った。
人類側についたエルフと、魔族側についたダークエルフ。
古来から仲が悪く、時に血みどろの紛争すら起こすことのあった両者が交流を行うなど、嫌な予感しかせんのだが?
「いったいなんのためだ? というかそもそも、長い間国交すら開いていなかったではないか」
「えっと、ダークエルフの王さまが頭を下げたらしいのよ。長年の恨みを忘れて、仲良くしてくださいって言ってきたらしいのよ」
「ダークエルフの王が頭を下げただと……? あのメルキオラが……?」
ダークエルフ族の現国王であるメルキオラは、すべてを兼ね備えた英傑だ。
弓術に長け、魔術に長け、軍略にも優れる。
人魔決戦時にも魔王側につき人類連合軍をさんざん苦しめてきた、難敵中の難敵だ。
「もし人類側に産まれていたなら、あと三十年は早く魔王を倒せただろうといわれるほどの英傑だぞ? それがまさか……」
「わからないけど、それでうちの王さま……ヘリオンさまが気持ちよくなっちゃったらしいのよ。たくさん貢物をさせることを条件に、仲良くすることにしたらしいのよ」
「間違いなく、なんらかの策があるのだろうな。現在の状況を考えれば、『闇の軍団』と組んで攻め寄せてくることすら考えられる。もちろんそれぐらいのことはイールギットとて承知しているだろうが……奴とて、ただのエルフには違いないからな」
国父などと称されてはいるが、イールギットとてただのエルフには違いない。
国王に命令する権利はなく、命令されれば逆らうこともできない。
「ちなみに、そのヘリオンというのはどんな王なのだ? ダークエルフと国交を開くぐらいだ、まともな王ではないと思うが……」
ワシの質問に、ルチルナは困ったような顔をした。
「えっとその……すごく女の人が好きらしいのよ」
「はあ?」
「女の人と一緒にいるのが好きすぎて政治に興味をもたなくなって、最近ではやる気もなくなって、すべて部下に丸投げらしいのよ。みんな困ってて、ダメな王さまの見本だ~って言われてるのよ」
「なるほど、英雄色を好む……というレベルではないと。身を持ち崩すどころか、国を傾かせるほどだと。前王のルーンヴァルは優秀な男だったが……メルキオラとも対等に渡り合えるだろう、数少ない王のひとりだったが……そうか、暗愚な息子が跡を継いだのか」
エルフの王ルーンヴァルとは、ワシも面識がある。
高潔で才知に溢れ、メルキオラとも渡り合えるだろう数少ない男だった。
だったが……人魔決戦のさ中に命を落とした。
妻であるラフィールと共に、魔族の暗殺者の手にかかったのだが……跡継ぎの話は聞いていなかったがそうか……。
「血縁主義の弊害だからある程度しかたないとはいえ……問題はエルフなことだな。下手に長寿命なせいで、この先しばらく、それこそ何百年も何千年も、国民は悪政に苦しめられるというわけだ。いやあ~、たまらんのう~」
「えっと……えっと……」
「どうした、困った顔をして?」
「他人事みたいに言ってるけどその……姫さまは記憶をなくしてるからわからないかもだけど………………のよ」
「ん? なんだ? 声が小さくて聞こえんのだが」
「えっと……えっと……」
「なんだルチルナ、ハッキリせい。腹からもっと、大きな声で」
声を大きくするように言うと、ルチルナは一瞬迷った表情になったが、すぐに意を決したようにワシの耳元に顔を近づけると、思い切り大きな声を出した。
「ヘリオンさまは……姫さまのお父さまなのよ!」
………………。
…………。
……。
「ああ~、そうかあ~……」
ワシはポツリとつぶやき、そして頭を抱えた。
「その暗愚な王が、ワシの父になるわけかあ~……」
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