「冒険の書二百五十八:ルルカたちは一緒に頭を下げた」
~~~ルルカ視点~~~
「その瞬間になって後悔なんかしたくないからな。今できることは、今しなきゃ」
覚悟を決めたチェルチちゃんとわたしは、看守さんに案内される形で迎賓館――外国の要人を泊める高級な宿舎のようなものらしい――に到着した。
窓からわたしたちが来るのが見えたのだろう、デクランさんとルシアンさん、そして高速艇の乗組員さんたちが走り出て迎えてくれた。
「ルルちゃん、無事か?」
「大丈夫か、ひどいことされなかったか?」
「ちゃんと飯は食わせてもらえてたんだろうな?」
みんなは口々に、わたしたちの身を気づかってくれた。
外国の牢屋に女の子がふたりだもん、そりゃ心配にもなるよね。
特にわたしたちはみんなから見れば小さい子どもだしね、なおさらだよね。
でもね、大丈夫なんだ。
意外なことに、全然平気だったの。
「わたしたちは大丈夫です。牢屋自体が高い所にあったから怖くはあったけど、ひどいこともされてないし、ご飯もたくさん食べさせてくれました。だから心配しないでください」
むんと拳を握って「無事でした!」アピールをするわたしを、しかしルシアンさんは眉をハの字にして心配してくれた。
「だが君は、イールギットの攻撃を受けていただろう? 頭に直接……傷はないのか? その後も問題ないか? 調子が悪いとか……」
「大丈夫です。わたしってばこう見えてけっこう丈夫だし、僧侶だから自分で治せるし。あとなんか、女神さまの加護もあったみたいで……」
チェルチちゃんによると、気絶はしてたけど傷は最小限のものだったらしい。
それも意識を失っている間に治っちゃって、「治療する間もなかった」って看守さんがびっくりしてたんだって。
「セレアスティール様の……? ああそうか、君ならそういうこともあるのかもな」
なるほどそれならと納得するルシアンさんは、少し頬がこけている。
師匠のディアナちゃんやSクラス生徒仲間のマリアベルちゃんだけじゃなく、わたしたちのことも心配してくれていたんだろう。根っこの部分がいい人なんだ。
「さすがはディアナちゃん、人物の見立てが確かだなあ~……っと、感心してる場合じゃないや。えっとその……みなさんにお話ししたいことがありまして……ってあれっ? あれれぇ~っ?」
話し出してすぐに、わたしは違和感に気づいた。
みんなの心配が、わたしだけに向けられていることに。
もの言いたげなみんなの目線が、わたしの後ろに向けられていることに。
「……みんな、ひさしぶり」
わたしの後ろからチェルチちゃんが姿を現すと、辺り一帯を痛いほどの沈黙が支配した。
彼女本来の姿である『誘惑する悪魔』の姿を、可愛らしい角や羽根や尻尾を、呪うような目線が殺到した。
「み、みなさん……あれ?」
みんなのそんな目を見たのは初めてだったから、わたしは本気で動揺した。
みんながチェルチちゃんをどう思っているかが怖くなって、思わず声が震えた。
「あの、違うんですっ。チェルチちゃんは別にみなさんを騙したかったわけじゃなくて……っ」
「いいから、ルルカ」
「でも、チェルチちゃん……」
「いいんだ。ここから先は、あたいの問題だから」
なんとかしようと慌てたわたしの体をぐっと押すと、チェルチちゃんは前に出た。
自ら選んで、みんなの視線の矢面に立った。
「みんな、ひさしぶり」
さっきと同じ言葉を繰り返すと、さらにぐいっと踏み込んだ。
「ごめんな? あたい、ホントはこんななんだ。角もあって、羽根も尻尾も生えててさ。ルルカみたいな人族じゃなくて、ディアナみたいなエルフ族でもないんだ。悪魔貴族で、しかも人を騙して誑かして生きる、サキュバスなんだ」
「「「「「……」」」」」
チェルチちゃんの一世一代の告白を聞いても、みんなはやっぱり黙ってた。
ムスッと腕を組んで、ちょっと怖い顔をしてた。
思わず飛び出しそうになったわたしだけど、ギリギリのところで耐えた。
どうあれここは、チェルチちゃんに任せるしかない場面だから。
衝動を抑え込みつつ、こう思ってた。
「がんばれ、チェルチちゃん」って。
胸の前で手を組みながら、一心に祈ってた。
「どうだ? 軽蔑したか? したよな? あたいもさ、そうでなかったらいいなとずっと思ってたんだ」
一方のチェルチちゃんは、ただただ話しを続けてた。
一切逃げることなく、まっすぐに。
「自分が人族の女だったらいいなと思ってた。飛行の魔術が得意なことを理由に勇者学院の生徒に選ばれて、王女さまに気に入られて、ディアナやルルカにも気に入られて、仲間として認められて、そんな風にさ。………………でも、そんな風にはなれなかったんだ。だって、事実としてあたいはサキュバスで、どこまでいっても悪魔貴族だったから」
チェルチちゃんは、これまでにあったことをすべて話した。
お母さんに育児放棄されてた、子ども時代。
瘴気の強さのせいで悪魔貴族に選ばれた、人魔決戦時代。
お腹を空かして行き交う人から食料を脅し取ってた、ベルキア時代。
そしてイールギットさまに封印された『魔の森』奥の遺跡での、孤独な五十年間……。
「生まれも育ちも、変えることはできなかった。だからウソをついた、つかなきゃいけなかったんだ。みんなを騙さないと、一緒にいることすらできなかったから。だけどっ、なあっ? それじゃダメなのかよっ?」
いつの間にか、チェルチちゃんの頬から涙がこぼれていた。
衝動が、口からこぼれていた。
「生まれを間違った奴は、もうダメなのかよっ? 一度でも失敗した奴は、もう仲間に入れてもらえないのかよっ? 友だちにもなれないのかよっ? どれだけ相手を想っていても、大好きな人と一緒にいることすら、許されないのかよっ?」
ぎゅっと、唇を噛んでいる。
ぐっと、拳を握っている。
怖いのだろうか、膝がガクガク震えてる。
自らの存在そのものを揺るがしかねないか弱い土壌の上で、それでもチェルチちゃんは喋り続けた。
「ディアナが好きだよ! ルルカが好きだよ! マリアベルもルシアンもデクランも、王女さまも好きだよ! ロイもケインもダンテもイーガンも、ジンもガレンもマイナもミレーヌも、ソダーバグもジョルイもトールもジェーンも……」
「チェルチちゃん……」
チェルチちゃんが口にしているのは、乗組員みんなの名前だ。
シルヴァリスからここまでつき合ってくれた三十人にも及ぶみんなの名前を、彼女は全員覚えているんだ。
だってみんな、チェルチちゃんにとっては大事な存在だから。
ご飯をくれて、笑い合って、ここまで一緒に旅してきた仲間だから。
彼女に優しくしてくれた、彼女にとっては家族みたいな存在だから。
「なあみんな……」
「もういいっ! もういいよチェルチちゃん!」
わたしは堪らず、チェルチちゃんに抱き着いて止めた。
だってこんなに悲しい告白、聞いてられないもん。
これ以上彼女に懺悔させるなんて、そんな酷な話ないもん。
そんなの、セレアスティールさまだってお許しにならないよ。
「これ以上はチェルチちゃんが傷つくだけだよっ! だから……!」
「でも、こうでもしないとみんなわかってくれないかもだしっ! あたいはもう一度みんなと……っ!」
わたしたちが揉み合っていると、誰かが叫んだ。
「うおおお~んっ! チェルチちゃん、よくがんばったなあ~っ!」
乗組員さんのひとりが、お~いおいと全力でもらい泣きを始めた。
それが呼び水になったのだろうか、みんなが次々にチェルチちゃんの頑張りを讃え始めた。
「そんなに辛い過去を背負ってながらいつもニコニコ笑ってたの? ヤバい尊い……っ」
「黙ってたの、辛かったねえ~」
「親しい人に嘘つくの、ヤダよねえ~」
「いいんだよ~、おじさんのことなんかいくら騙してもいいんだからね~。あ、お小遣い要る? いくらでもあげちゃうよ~」
「うちのカミさんより可愛いわ。いっそ俺の娘にならない?」
よく頑張ったね、親しい人に嘘つくの辛いよね、悪魔貴族だけど仲間だよ、むしろカミさんより愛しいよ、いっそうちの娘にならないか。
どんどんエスカレートしていくのが危ない感じもしたけれど、ともかくよかった。
「よかったね、チェルチちゃんっ? なんだかんだでみんな認めてくれたみたいだよっ?」
「うんっ……うんっ……」
「みんな、わかってくれたみたいだよっ? なんだかんだでチェルチちゃんの好意を受け止めてくれたみたいだよっ?」
「うんっ……うんっ……」
わたしが言うまでもなく、チェルチちゃんは涙ぐんでる。
ぎゅうぅぅって自分の服の裾をつかんで、叫び出したいのを必死に堪えてるみたいだ。
「うう……よかったねえ~……。うう……ぐすっ。うええ~んっ」
今までしてきた苦労を嫌ってほど知ってるから、わたしまでもらい泣きしちゃった。
と、そこへ……。
「チェルチさん、よくがんばりましたね」
チェルチちゃんの涙をハンカチでぬぐってあげていると、目を真っ赤にしたデクランさんが話しかけてきた。
「あなたの今後に関してはご安心ください。王女殿下が骨を折ってくださった結果、魔族からの亡命者兼回心者として扱うことに決まりましたから」
「ぼ、ぼうめい……かいしん……なんだ? それ?」
おそらくは初めて聞いただろう言葉に、ポカンとするチェルチちゃん。
「えっとね、わたしが教えてあげる。あのね、回心は宗教用語で、異なる神を信じる宗教者が別の宗派に改宗することを意味するんだ。この場合はハイドラ王国の国教の女神教に帰依したことにするんだと思う。もちろん、チェルチちゃんが実際に信奉するかどうかはさて置きだけど……」
「ふう~ん……?」
セレアスティールさまを信奉する気持ちなんか全然ないんだろう、チェルチちゃんはいまいちピンときてない様子だ。
「えっとね……何かあっても、わたしたちの教団がチェルチちゃんを護るってことだよ。だからかなり安心できるよって話」
「おお、それはいいな。ルルカのとこが護ってくれるってことだもんな?」
「そうそう、そうゆ~こと。わたしはともかく、諸先輩方が護ってくれるんだよ。それってホントに、ホントにすごいことなんだよ。歴史上、他に例を見ないレベルだよ」
「へえぇ~、そいつはすごいな。あたいってば、急に偉くなっちゃったみたいな? な~んてな、えっへっへ~」
ようやく話の流れを理解したチェルチちゃんが、ぱっと笑顔になった。
そこへさらにデクランさんが……。
「ちなみに亡命は政治用語です。なんらかの理由で自国で迫害を受けていた、あるいは受ける可能性のある人物が他国へ逃れること。つまりチェルチさんは、女神教と同時にハイドラ王家の保護下にも入ったのです。それらふたつの事実があなたたちを、ルルカさんとチェルチさんをも出獄させる結果となったのです。もちろんですが、本国へ帰ってもなお、チェルチさんの身の安全は保証されます。平たく言うと、あなたは『自由の身』となったのですよ、チェルチさん」
「わ、わ、チェルチちゃんっ。よかったねチェルチちゃん――?」
わたしが振り向いた時には、チェルチちゃんはもう大泣きしてた。
「あたいが……自由の身に? ホントに? もう二度と、嘘つかなくてもいいのか? 『変わり身』の術を唱えなくてもいいし、自前の羽根で空を飛んでもいいのか? それでもって、誰にも責められないのか? もう……二度とっ? わ、わ、わ、わあああああ~んっ」
みんなが許してくれた、みんなが認めてくれた。
今まで戦ってきた甲斐があった、人類のために尽くしてきた甲斐があった。
これからはもう何も気にしないでいい、大手を振って表を歩ける。
大好きな友達と、仲間たちと笑い合って過ごせる。
それらが一度に押し寄せた結果、チェルチちゃんの涙腺は崩壊した。
噴水みたいに涙がほとばしって、鼻水も出て、うめき声が止まらなくって。
ハンカチなんて、いくら用意しても足りないぐらいの勢いだった。
ホントならいつまでも感慨に浸っていたかったんだけど、そんな状況でもなかった。
だって、ギイが今まさにエルフヘイムに害を成そうとしているところだから。
それは誰より、チェルチちゃん自身が理解してたんだろう。
チェルチちゃんはわたしの服で、涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔を拭うと(なんで~っ!?)、改めてデクランさんに向き直った。
「ぐすっ……ともかくだ。デクラン、ルシアン、みんなも聞いてくれ。ギイっていうダークエルフのヤバい奴が、王宮に迫ってるんだ。そいつが実は例の『闇の軍団』の一員で、国王を騙してなんか悪いことしようとしてるみたいなんだっ。それこそパラサーティアを攻略しようとしたレベルのろくでもないことを考えているに違いないんだ。だからみんなはどこか、影響の出ないようなとこに隠れていてくれ。ルシアンがいれば、最低限身は護れるだろうから……」
チェルチちゃんの言葉に、デクランさんは首を傾げた。
「……その場合、チェルチさんとルルカさんは、どうされるので?」
「あたいたちは、ギイを止めにいく。なんとしてでも叩きのめして、エルフヘイムを護るんだ」
「……なら、わたしたちも行きましょう」
「は? え?」
今度はチェルチちゃんが首を傾げる番だった。
「なんで? どうゆ~こと?」
「ええ、ええ、その気持ちはわかります。たしかに戦力としてのわたしたちはいささか頼りないかもしれない。あなたたちに比べれば、赤子も同然。ですが、交渉事には慣れているのです。子どもふたりだけで行くよりも、よほど説得力のあるお話ができます。それこそ、国王陛下が誑かされないようにすることも」
「で、でも危ないしっ。もしかしたらケガするかもだし……っ?」
「エルフヘイムの危機なら、この辺り一帯のどこにいたって同じでしょう。ならばみんなで一緒にいた方が、結果的には動きやすいでしょう。それにほら、みなさんの顔を見てください」
「え……?」
デクランさんに促されてみんなの顔を見ると、そこには優しい笑みが浮かんでいた。
拳を握り、力こぶをアピールし、武器のつもりなんだろう棒切れを構えて見せたりと、やる気じゅうぶんな様子。
「おう、こちとらやる気はじゅうぶんだっ」
「チェルチちゃんとルルカちゃんはもう家族みたいなもんだからなっ」
「娘がピンチに陥ってたら、助けるのは当然だろ?」
「なあに、平気平気。いざとなった俺の棒術が火を噴くぜえ~?」
「平地で転んで骨折したことのあるおまえが言うセリフかね?」
誰ひとり怯えていないどころか、どっと笑いまで起こるほどのリラックスムード。
「み、み、みんなぁ~……」
チェルチちゃんは再び泣きそうになったけど、今度は堪えた。
歯を食いしばると、その場でぶんと大きく頭を下げた。
「ありがとう! 絶対に損はさせないから、みんなの命をあたいらに預けてくれ!」
わたしもチェルチちゃんに習って、頭を下げた。
「絶対に最高の結果をもたらして見せます! だから戦闘指揮は『聖樹のたまゆら』にお任せください!」
わたしたちの礼に、パチパチと大きな拍手が起こった。
口笛を吹く人、足を踏み鳴らす人、ぐっと親指を立てる人。
いいないいな、雰囲気は最高っ。
これならきっとうまくいくよねっ。
「さ、いくぞルルカ!」
「うん、『聖樹のたまゆら』戦闘モードだね!」
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