第16話 日高誠と約束の場所
桐生と別れた後、俺は家に戻ると、そのまま自分の部屋に籠った。
考えを巡らせてはみたものの、何が正解なのか分からない。答えなんて出せる訳が無い。
綿貫さん、真壁スズカ、桐生……。協力してくれた人達には、もう頼る事が出来ない。
俺に協力した事がバレれば、魔法士協会に反抗したとして罰せられるかもしれないからだ。それは絶対に避けたい。
でも俺の力だけでは絶対に無理だ。
何度も俺を助けてくれた火喰甲魚は死んでしまった。影と戦える可能性がある、唯一の俺の力だった。
学校のプールに行けば別の個体の火喰甲魚が居るかも知れない。でも新しい火喰甲魚と契約をした所で、今の状況を変えれるとは思えない。
それに居なくなった火喰甲魚は、ただの魔法生物じゃない。
水鞠コトリ、岸本紗英と三人で初めて過ごした化学部での思い出そのものなんだ。
六年後の世界と繋がっていた大切なものを失った。そう感じると自然と涙が溢れていた。
俺にはもう、何も残されていない。
無駄に時間だけが過ぎて行く。気が付くと深夜になっていた。
約束の時間は明日の二十一時だ。
随分と猶予をくれたと思っていたが、そんな事は全然無かった。あっと言う間に時間が過ぎて行く。
部屋のベッドに倒れ込むと、身体は鉛の様に重くなる。そのままマットレスに食い込んでしまった様な錯覚に陥入った。
ダメだ。もう、立ち上がれない。
このまま動かずに居れば魔法士協会に拘束されてしまうだろう。そうなったら俺はどうなるんだ?
未来改変を防ぐ為に、魔法士協会が俺の記憶を消すかも知れない。その瞬間に今の俺は死ぬんだ。本当の自分を誰も知らないこの世界で、寂しく消えて行くんだ。
怖い。今の自分でなくなる事が。
涙が止まらない。嗚咽で胸が苦しくなる。
────限界だ。
「水鞠……」
涙声になりながら、その名前を呟いた。
俺なんかより、もっと辛いのは水鞠のはずだ。六年前の状態とはいえ、俺には両親が居る。妹が居る。
でも、水鞠コトリは違う。
両親と祖父を失い、ひとりぼっちで部屋に閉じこもって今の時間を過ごしている。
六年後の水鞠は、そんな事を全く感じさせていなかった。
どうやって彼女はこんな孤独から立ち直ったのだろうか。まるで想像が着かない。
水鞠と過ごした記憶が蘇る。
魔法陣を作る為に学校を駆け巡った。
謎の修行を沢山した。
空に浮いて、夕日を眺めた。
岸本紗英を召喚する為に力を合わせた。
プールで釣り大会をした。
花火を観に行った。
魔法花火大会を成功させた。
ムヒョーイベントに一緒に行った。
笑ったり、怒ったり、恥ずかしがったり。
アイツのクルクルと変わる表情に、俺は救われていたんだ。そんな水鞠に、俺は惹かれていた。
水鞠に会えるのは六年後だ。俺はそれまで、俺でいられる自信が無い。
記憶を消されなかったとしても、きっと俺の精神は崩壊している。まともで居られる訳が無い。
最後に会いたかった。
会って話がしたかった。
「水鞠…………」
俺はお前に会いたい。
シーツを強く握り締める。
ひとしきり泣いた後、握った手をゆっくりと解いた。
「………………?」
手の中に、何かがある。
「何だ…………これ…………」
涙で視界が歪んではっきりと見る事が出来ない。だが少しづつ、見覚えのある形が浮かび上がって来た。
嘘だろ…………何でここに……!?
何で……。
白ねこムヒョーのストラップがあるんだよ……。
エネルギーの塊が部屋全体を叩き付けた。
ガラス戸は激しく砕け、破片が宙を舞う。
衝撃波が部屋を直撃する。家具や壁のカレンダーをミキサーにかけた様に粉々にして行く。
強烈な風が巻き起こり、それは全ての破片を巻き込んで行った。轟音と稲妻の様な強烈な光が激しく襲いかかる。
部屋を破壊し尽くした後、全ての動きが停止した。
そして逆再生の様に破壊された物が、元の形へ戻って行く。
痛くなる程の耳鳴りの後、ようやく目を開ける事が出来た。
部屋は全て元通りだ。何も変わっていない。
────ただ一つを除いて。
ガラス戸の前に小さな少女が立っている。
短めの黒いワンピースに裸足。
手入れのされていない長い髪は艶が無く、所々跳ねている。
身体は酷く痩せている。手足は棒切れの様に細く、頬は痩せ、目の下には大きなクマがある。まるで骸骨の様だ。
光に包まれながら、ゆっくりと少女が目を開ける。
猫の様な不思議な瞳──。
「水鞠…………!?」
水鞠コトリが目の前に現れた。
そう、六年前の姿で。
それ以上言葉が出ない。身体の震えが止まらない。
俺は心配していなかった。六年後に初めて会った水鞠コトリは、辛い過去を全く感じさせていなかったからだ。
なのに、何だよこれは。
目の前に現れた水鞠は、水鞠コトリは……。
限界を越えている。きっと、ロクに食べていないし、寝ていない。
深い悲しみの底で、もがき苦しんでいる。いつ倒れても不思議じゃない。
「水鞠…………俺は…………」
動揺して何を話そうとしていたか分からなくなった。頭が真っ白で何も言葉が出て来ない。
そんな俺の様子はお構い無しに、水鞠コトリが駆け寄って来た。
そして俺の手からムヒョーのストラップを奪い取ると、何か呪文の様な言葉を囁いた。
小さな両手の中に仕舞い込んだストラップを中心に、複雑な形をした立体魔法陣が精製され、ガラスの様に砕け散る。
何かの魔法を使い、完成させたんだ。
ムヒョーのストラップに、何かが起きていた……?
「水鞠…………多分それは、俺が引き寄せたんだ……俺の引力魔法の力で」
六年後の世界で水鞠コトリからプレゼントされたストラップ。俺は自分の不注意で失くしていたと思い込んでいた。
でも、違ったんだ。
何て事をしていたんだよ俺は……。六年前の世界から、ストラップを召喚していたなんて……。
「それは半分正解で半分は間違いだよ」
「え!?」
変わらない口調に安心を覚える。やっぱりこの子は水鞠コトリだ。
猫の様な目をした少女は手元を確認した後、ストラップを大事そうに両手で包む。
「ストラップの方から、この場所に飛んで来たんだよ」
「どういう事だよ!?」
すると、水鞠コトリは顔を真っ赤にして身体を震わせる。
「その……あの……。実はその……これはアンタを助ける為に飛んで来たんだ」
「はぁ!?」
言っている意味が分からない。
「こ、このストラップには強力な魔法が何重にも重ねられているんだ。丁寧に、慎重に、気持ちを込めて……。持ち主を危機から護る為に……。な、な、なな何て事してるのアタシ!? こんなの恥ずかしい……! はぁああああ……」
十歳の水鞠コトリは恥ずかしさに悶絶している様だ。なら、言わなきゃいいのに。
「きっと、アンタの危機を感知して飛んで来たんだ……。う、う、嘘でしょ……!? 六年も時間を超えてる……!? はわわわわわわ……。ええ……? こんな冴えない奴にアタシが!? 死にたい! 死なせて!」
顔を両手で隠し、床をゴロゴロと転がって移動を繰り返す水鞠コトリ。
しばらくすると、気持ちの整理が付いたのか、スッと立ち上がり澄まし顔に戻った。
「危なかった。もう少し遅れていたら協会に感知される所だったよ」
……切り替え凄いな。
「じゃあ、まだ気付かれていないんだな? このストラップの事は」
あの協会の魔法士なら気付いても不思議じゃ無い。危なかった。
「そうだけど、時間が経てば経つ程、感知される危険性がある。早く何とかしないと」
「お願いだ水鞠! 俺は元の場所に帰りたいんだ!」
詳しくは話せない。時間も無い。
水鞠にどうやって全てを伝えたらいいんだ!?
「分かっている。このストラップを見て大体は理解した」
「本当か?」
その言葉に驚いた。水鞠は現状を理解出来ている様だ。すげぇな。だったら話が早い。
「残念だけど既にアンタの居た場所は未来改変が起きて消滅し、パラレルワールドになっている。未来からの干渉で過去改変が起きているんだ」
「消滅!? どういう事だよ!」
嘘だろ……。事態は思った以上に深刻じゃないか。
水鞠はストラップを隈無く確認し、小さく頷いた。
「まだ元の世界に戻す方法は残されている。今のこの時を経て辿り着いた未来から、このストラップは移動して来た。だからアンタの居た世界に辿り着くルートが必ずあるはずだよ」
「すまん。言っている意味がよく分からないんだが」
「この世界は雑でいい加減だって事だよ。だからこそ、元の世界に戻れる可能性がある。アタシの魔法生物なら、何かの助けになるかも知れない」
「水鞠……猫目青蛙が今、何処にいるのか知っているのか?」
俺から魔法生物の名前が出た瞬間、水鞠は驚きを隠せない様子を見せた。そして優しい笑顔を見せる。
「何処にいるかは知っている」
……知っているのか!? 一体今何処に!?
「出て来て。アオ」
水鞠は優しく囁く。すると今迄ずっとそこに居た様な雰囲気を漂わせながら、水鞠の足元からヒョコっと何かが現れた。
体長一メートル程の巨大な蛙だ。
全身は水色。二足歩行で首元には赤いリボン。そして黄色い腰布を巻いている。水鞠の横に並ぶと、猫の様な目をギョロリと光らせた。
「……猫目青蛙!?」
まさかそんな事が!? 探し求めていた魔法生物「猫目青蛙」が目の前に居る。
「どうして…………?」
誰とも契約していない魔法生物が水鞠に従っている。
「これがこの子の能力なんだよ。猫目青蛙は、アタシを癒す為に生まれた魔法生物なんだ」
「水鞠を……癒す?」
そうか。そう言う事だったのか。
── 猫目青蛙。
水鞠七兵衛が自分の持つ全て力を注ぎ込み、最後に遺した最高傑作。
その正体は、両親を失った可愛い孫娘の悲しみを癒す為だけに生まれた魔法生物だったんだ。
水鞠は巨大な蛙の頭を優しく撫でる。
「一ヶ月前。突然、この子が何かの能力に目覚めた。特殊な改変現象を起こした事に気付いたアタシは、契約を解除してこの子の存在を隠した。そうしないと、魔法士協会の手に渡ってしまうと思ったからだよ」
現にそうなった。
魔法士協会は動き、猫目青蛙を探している。改変現象の正体を突き止める為に。
「当主は魔法士協会に嘘をつけない。それは魔法使いの絶対のルール。嘘がバレればペナルティを課せられる」
確かに水鞠は嘘をついていなかった。
契約は解除されている事を魔法士協会に報告していた。普通はそこで、行方が分からなくなるものだ。
でも猫目青蛙は違ったんだ。契約を解除されても、水鞠コトリの側に居続けた。何てものを作ったんだ。水鞠七兵衛と言う人物は。
「アンタにお願いがある。この子を貰って欲しい」
「水鞠……!?」
「このままの状態では魔法士協会に発見されて回収されてしまう。研究材料になる。そんなのは嫌だ。この子はアタシの唯一の友達なんだよ」
「いいのか? 本当に」
水鞠は頷く。
「この子と契約出来ても、アンタが元の場所に戻れるとは限らない。これはお互い賭けだよ」
「分かった。それでもいい」
もう、この魔法生物の力を信じるしか無い。このまま何もしなければ、どの道俺も消されるかも知れない。
水鞠は笑顔で魔法生物に伝える。
「アオ。この人の力になってあげて」
アオと呼ばれた魔法生物は、ジッと水鞠の事を見つめている。しばらくすると、下を向いてトボトボと俺の近くへ寄って来た。
魔法生物は魔法で作られたロボットだ。今の状況を理解出来ているとは思えない。ただ単に、水鞠の言葉に従っているだけだ。そうに決まっている。
でも、水鞠から離れたく無いと言っている様に見えるのは、気のせいなのだろうか。
猫目青蛙は振り返り、水鞠の事を見る。そしてまた俺の方へ歩き出す。それを、何度も繰り返す。
水鞠は笑顔のままだ。まるで猫目青蛙に気を使って、離れたく無い気持ちを押さえ付けて強がっている様にも見える。
猫目青蛙は時間をかけて、俺の足元に辿り着いた。だが、水鞠の方へ振り返ると、そのまま走って戻って行った。
水鞠は膝を着き、腕を広げて待ち構える。
「アオ…………!」
猫目青蛙がその胸に飛び込むと、水鞠は強く抱き締めた。そして大粒の涙が、滝の様に流れ出す。
「大丈夫だよ。もう、アタシは大丈夫だから。今まで側に居てくれてありがとう。アオ……アンタが居なかったら、アタシはここまで生きてこれなかった……」
精神と魂の能力。そう聞いていた通りだった。猫目青蛙は契約無しでも水鞠コトリの側にいる。魔法生物を超えた存在に間違い無い。
水鞠は震えながら声を絞り出す。
「アオをお願い。この子を守って」
涙を流しながら、俺に願いを伝える。
「約束する。必ず守る」
俺の言葉を聞くと水鞠は頷き、立ち上がる。
「アタシは今起きた事の記憶を全て消去する。記憶操作条件はクリア出来ているから」
六年後の水鞠は俺の事も、猫目青蛙が居なくなった理由も覚えていなかった。それが正解なんだろう。
「頑張って」
「水鞠……?」
すると、耳が真っ赤になり、恥ずかしそうにモジモジとし出した。そして手に持っていた、ムヒョーストラップを渡して来た。
「アタシも、アンタと同じ場所に辿り着きたい。こんな恥ずかしい物まで作ってしまった、そんな自分になりたいんだよ」
その言葉に、自然と涙が溢れて来た。
「水鞠……また会おうな」
「うん。また、この場所で」
また、絶対に会おう水鞠。
──六年後、この場所で。
水鞠コトリの登場です。
日高のピンチを救うのは、コトリとストラップなのは流れで分かる形だったので、コトリの現状をサプライズとしてみました。さらに猫目青蛙をドーンです。
何か一つでも驚きを与えられたなら幸せです。
この話を作った後、慌てて第一章を修正しました。
ハーレム物を目指していましたが、私には難しかった様です。




