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引力と猫の魔法使い [プロトタイプ版]  作者: sawateru
魔法使いと待つ影
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第15話 日高誠と氷の魔法

 身体の震えが止まらない。


 魔法士協会に捕まれば、魔法を使って未来から来た俺は、問答無用で消されるかも知れない。


 魔法での未来改変は、世界の崩壊を引き起こす可能性があるからだ。



「カケル……! 息が……!」

 桐生の吐く息が白く変化して行く。今は真夏だぞ!?


 この身体の震えは、恐怖から来るものだけじゃなかった。魔法の力で体温が奪われている。


「駄目だカケル。氷の結界魔法だ。……閉じ込められた」

 桐生が弱々しい声を上げた。


 誰か来る。

 鳥居の反対側から、コツコツと石畳を歩く足音が近付く。


 現れたのは魔法使いだ。


 誰が見ても、一目でそうと分かる。複雑な紋様の入った白い魔法着。頭にはフードを被り、不気味な模様の仮面を着けている。白いタイトスカートにハイヒールの格好からして、年齢は二十代から三十代の女性だろうか。こんな格好の人間は魔法使い以外は居ない。


 俺達二人が逃げ込んでいる場所は、古びた小さな神社だ。その世界観を無視した存在は、より異彩を放っている。


 拝殿の裏側に一緒に隠れていた桐生が、身を隠しながら片目で追跡者の姿を確認する。

「カケル……! あの白い魔法着……。協会直属の魔法士だ!」

「協会直属…………!?」

 最悪だ。ヤバい奴が来ちまった。


 仮面の女は、俺達を待ち構える様に鳥居の下で歩みを止める。

「もっと抵抗してくださると思っていたのに、残念ですわ」


 女性の声だ。声質からして、予測した年齢で間違い無いだろう。いや、もしかしたら、もっと上かも知れない。どうやって俺達の場所を割り出したんだ?


 すると仮面の女は、俺の知りたい事を先読みするかの様に説明を開始する。

「情報から貴方の行動を予測し、網を仕掛けて追い込みました。この神社に逃げ込む事も全て計算通りですわ」

 そう言って貴婦人の様に、小さな扇で口元を隠す。


 やられた。全ては掌の上で踊らされていただけだった。これが魔法士協会直属の魔法使いの力なのか。


「今のは嘘ですわ。フフ……。信じましたか?」


 嘘!? 嘘って何だよ……。この場面で冗談を言っている場合じゃないだろ。


「貴方の契約している『土煙田鼈(どえんたがめ)』……それ、壊れてますわよ」


「…………え!?」

 土煙田鼈(どえんたがめ)が壊れている!?


「だから私は貴方の魔力痕跡を追う事が出来たのですわ。まあ、そんな事が出来るのは私程の実力があってこそ、ですが」


 そう言えば、土煙田鼈(どえんたがめ)に初めて出会った時、いきなり俺と契約出来る状態になっていた。それは壊れていたからだったんだ。


 余裕のネタばらしかよ。分かっている。コイツの実力は桁違いだ。


「ようやく会えましたね。お願いがあります。土煙田鼈(どえんたがめ)を解除して、姿を見せてはくれませんか?」


 いきなり何を言っているんだコイツは。考えが読めないぞ。


「無理なら仕方ありません。そのまま聞いて下さい」


 何だよ……。何を話し始めるつもりだ? 


「私は今、一ヶ月前に起きた改変現象を調査中です。その原因と見られる、水鞠家の蛙型魔法生物を探しています。貴方の知っている情報を教えて頂けませんか?」


 素性の分からない俺達に、それを聞かせるとは驚いた。機密とかじゃないのか?


 仮面の女は手に持った扇を閉じ、俺に向ける。

「貴方は何かを知っているはずです。だって『猫目青蛙』を探しているのでしょう? ……元居た場所に戻る為に」


 ちょっと待て。まさかコイツは気付いているのか!?


「昨日、貴方が呼び出した魔法生物に違和感を感じました。それはおそらく、時間を越えて移動して来たものです」


 妹を助ける為に召喚した、火喰甲魚(ひくいこうぎょ)を感知したって事か!?


 動揺し、恐怖で体の震えがさらに強くなる。それが密着していた桐生に伝わってしまった。

「カケル……!? お前、まさか本当に……?」

 桐生は俺の方へ体を向け、顔を近付けて覗き込む。


 仮面の女は空を見上げる。

「移動時間は五年……いや六年ですかね……?」


「な…………!?」

 そこまで分かるのか。あの一回の召喚で。


「改めて、お訊きいたします」

 仮面の女は一歩、二歩と滲み寄る。


「貴方は、何処から来たのですか?」


 コイツ……ヤバ過ぎる。

「桐生。お前だけでも逃げろ」

「カケル!?」


 俺は右手に魔力を込める。光が弾け、球体の立体魔法陣が出現した。

 

『来い……水盾甲蟹(すいじゅんこうかい)

 まずは盾だ。奴の魔法を喰らったら、そこでお終いだ。


 だが、立体魔法陣が砕けない。

 召喚に失敗した……? そうか、土煙田鼈(どえんたがめ)を召喚したままだからだ。魔力が足りていない。でも、ここで土煙田鼈(どえんたがめ)を解除出来ない。


 水鞠家の従者である桐生が俺に協力している事がバレると問題になる。芋づる式に綿貫さんや真壁スズカに迷惑をかけるかも知れない。それはダメだ。


「ふふ……。抵抗を試みるおつもりですか? 面白い。次は何を見せて頂けるのでしょう」


 仮面の女は余裕を見せている。相手が油断している間に、ここから脱出する方法を考えろ。


 いや、考えるまでも無い。俺に出来る事なんて限られている。


 もう一度右手に魔力を込め、立体魔法陣を起動させる。頼れるのはもう、コイツしかない。きっとコイツなら、答えてくれるはずだ。


『来い。火喰甲魚(ひくいこうぎょ)

 名を呼ぶと、立体魔法陣の球体がガラスの様に砕け散る。


 ──魔法は完成した。


 光の渦を巨大な魚が泳ぐ。

 鱗が鎧に進化した、熱を喰う魔法生物が出現した。


 それを見た桐生が驚きを隠せない。

「カケルお前、そんな奴とどうやって契約したんだ!? ……ていうか、今は意味が無いだろ!?」


 桐生の言う通りだ。氷の結界を破るのに、氷から生まれた魔法生物を召喚しても何も出来ない。でも、他に方法が無い。


 何度もピンチを救ってくれた、この魔法生物に全てを賭ける。


「六年後から来た子はその火喰甲魚(ひくいこうぎょ)の様ですね? なるほど……素晴らしい個体です」

 仮面の女が嬉しそうに声を上げる。

 

 頼む、俺を助けてくれ火喰甲魚(ひくいこうぎょ)。ここから脱出させてくれ!


 俺の願いに応える様に、雄叫びを上げる。

 そして魔力のエンジンが加速し、熱を奪う能力が発動した。


「残念ですが、それでは結界は破れません。期待外れでしたわ」

 残念そうに答え、左手に持つ扇に魔力を集中させる。あれが仮面の女の立体魔法陣だったらしい。


 マズい。まともに戦ったら勝ち目は無い……!


 すると、火喰甲魚(ひくいこうぎょ)の動きに変化が現れた。鱗の奥から赤く染まった光が滲み出す。


「……!? 何が……起きているのですか?」

 仮面の女は魔法をキャンセルし、注意深く火喰甲魚(ひくいこうぎょ)と対峙する。


 その様子を見た桐生が俺の肩を揺らす。

「カケル……! 何をした!?」

「いや、俺は何もしていない!」


 火喰甲魚(ひくいこうぎょ)の身体が赤い光に覆われて行く。体内の魔法のエンジンが高速回転を始めている。


 いや、回転が速過ぎる。まさかこれは……。


「暴走……。自爆させる気ですか?」

 冷静に呟く仮面の女。


「カケル……!?」

「違う! 俺はそんな事を命令していない!」

「このままだと爆発するぞ!?」

「爆発……!?」


 何でそんな事に!? ダメだ! 自爆なんてさせない!


『戻れ! 火喰甲魚(ひくいこうぎょ)!』


 だが火喰甲魚(ひくいこうぎょ)は戻らない。拒否する様に雄叫びを上げた。


 何でだ!? 何で自分で召喚した魔法生物か戻せないんだよ……!


『命令だ! 戻れ火喰甲魚(ひくいこうぎょ)! 戻ってくれ!』


 願う様に叫ぶ。だがその声は届かない。


 火喰甲魚(ひくいこうぎょ)の全身から白い煙が噴き出す。赤い光は消え、エンジンが停止する。


 眼がチカチカと点滅し、黒く染まる。それは完全に起動が停止した証だ。


「ダメだ! 早く戻ってくれ!」


 魔法生物の体は氷の塊と化し、地面に落下した。衝撃で粉々に砕け散る。


 次の瞬間、俺の掌の中に光が生まれる。慌てて開くと、小さな氷の破片だけが戻っていた。


 それは俺の体温で溶け出し、水になって地面に落下した。


火喰甲魚(ひくいこうぎょ)……」


 俺の中にある魔法空間にも居ない。完全に消滅している。


 火喰甲魚(ひくいこうぎょ)は死んでしまった。


 その様子を見た仮面の女は興味深そうに声を出す。

「自爆もせずに消えた……? 面白い現象ですわね。そもそも、自爆の命令は受けていないのに、どうしてこうなったのでしょうか?」


 それは俺が知りたい事だ。

 ただ、一つハッキリしている事がある。


 火喰甲魚(ひくいこうぎょ)を殺したのは俺だ。俺にもっと力があったらこうならなかった。自爆を止める事が出来たはずだ。


 悔しさと後悔が押し寄せる。


「契約者を守る為に自ら選択した……? いや、まさか……。そんな話は聞いた事が無いですわ」

 そう言って仮面の女は通信機を取り出し、何かを打ち込む。


「魔法士達の契約を解除しました。これで邪魔は入りませんわ」


 女は話を続ける。


「見た所、貴方は未来改変を望んでいません。むしろ困っている。もし、そうなら私に協力させて頂けませんか?」


 協力……? 


「私は貴方を元居た場所に帰れる様に力を貸しましょう。だから猫目青蛙に関する情報を教えて頂きたいのです」


 本当は俺を泳がして猫目青蛙の居場所を突き止める計画だったのだろう。俺達に気付かれた事で作戦を変更したんだ。


「正直な話、今の私は何の情報を持っていません。水鞠家の全員が非協力的でしてね……。知っていそうな人物に思い当たりましたが、姿を眩ませている状態です」


 きっと「元」水鞠七兵衛の弟子、綿貫さんの事だ。既にマークされていた。これ以上、協力は頼めない。


 魔法士協会が味方になれば、猫目青蛙に会えるかも知れない。でもその後に、本当に約束を守って俺を未来に帰してくれるのか?


 最悪なのは「猫目青蛙」を取られ、俺が殺される、または拘束される事だ。この人は本当に信用出来るのか?


「貴方を、元居た場所に必ず戻します。それが魔法士協会の意思ですわ」


 魔法士協会は未来改変を防ぐ為の組織だ。確かに、それが最善のはずだ。


 でも、何かが気になる。何だろう。この胸の突っ掛かりは。


 すると桐生が俺の服を引っ張った。視線を太った少年に向ける。

「気を付けろカケル。魔法士協会の中に、法を破って禁止魔法の研究をする組織があるって噂だぞ」


「禁止魔法……?」


「死者を生き還らす蘇生魔法とかの事だよ。時間移動もそうだ」


 そんなの研究するとかヤバ過ぎるだろ……。俺は完全に研究対象の人間だ。


「貴方には急な話でしょう……。なので、考える時間を差し上げます。私に協力する気があるのなら、明日の夜九時迄に、この神社に来て下さい。来なければ、別の手段を行使致します。よくお考えになって下さい」


 仮面の女は手に持った小さな扇を頭上に投げた。それが回転しながら消え去ると、同時に氷の結界が解除される。


 冷気が押し出され、熱風が神社を包み込んだ。もう結界は必要が無いと判断したのだろう。


「また会いましょう。この場所で」

 そう言い残すと魔法着を翻し、仮面の女は姿を消した。


 桐生と俺は動く事が出来ない。絶望感と敗北感で精神が支配されていた。


 俺は桐生と向かい合い、目を合わせる。

「桐生……アトリエまで戻ろう」

「カケル……」


 桐生を後部座席に乗せ、魔法自転車で移動を開始した。


 その間、桐生は何も訊いては来なかった。きっと訊けない事を理解していた。


 俺は六年後から来た事実は認める事は出来ない。それが、どれ程の影響が未来にあるのか分からないからだ。


 森の中を進み、水鞠七兵衛のアトリエに到着した。

 今の俺は完全に補足されている。もう魔法士協会に隠れて行動する事は不可能だ。桐生を送り届ける場所は、ここが最適だろう。


 桐生と俺は魔法自転車を降り、向かい合う。そしてイヤホンマイクを外し、震える手で桐生に手渡した。

 

「桐生……今迄ありがとう。悪いが、誰かを呼んで迎えに来て貰ってくれ」

「カケル……」

「おそらく綿貫さんはマークされている。もう、あの家には戻れない。俺とは通信機を使わない方がいいと思う」

「カケル……どうするつもりなんだ?」

「俺もどうしたらいいか分からない。何が正解なのか、本当に分からないんだ」


 元の未来に戻る方法が思い付かない。この状態から、どうやったら正解に辿り着ける? 


 もしかしたら、既に大きな改変が起きて、未来が変化しているのかも知れない。そうだとしたら最悪な状況だ。


 桐生の目には涙が浮かんでいる。

 俺のシャツを引っ張り、大声で叫ぶ。

「カケル。今から俺と一緒に隠れ家へ行こう! 猫目青蛙を探しに!」

「桐生……」


「俺はお前の力になりたい! だから……」

 桐生は震えながら涙を流している。頬を滝の様に伝う。


 協会の魔法使いの実力を体感した上での言葉だ。相当な覚悟だ。頼りなかった太った少年から、そんな言葉が出て来るとは思いもしなかった。


「ありがとう桐生。少し考えさせてくれ」

 有難いが、桐生をこれ以上巻き込みたくは無い。その選択肢は無い。


「カケル! 俺はこの場所で待っている。明日、朝から夜まで、ずっとだ」

「桐生……」

 桐生は本気の様だ。説得しても引き下がりそうに無い。


「分かった。じゃあ、正午までだ。過ぎたら諦めて帰ってくれ」


 納得しない表情を見せる桐生。たが、渋々答える。

「分かった……」


 桐生をアトリエに一人残し、俺は一人で移動を開始した。別れ際に桐生が何かを叫んでいたが、全く耳には入らない。


 魔力も完全に尽きている。


 ──今日はもう、動けそうに無い。

 遂に現れた協会の魔法士。

 失った能力。引き離された仲間。


 日高の選択が、未来を変える状況です。

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