第13話 日高誠と桐生の事情
森の中を進み、ワタヌキ魔法具専門店に到着した。協会の追手は無い。
「いよぉ。待ってたよぉ」
綿貫さんが入口まで出迎えて来た。何の冗談だか、ピンクのフリルの付いたエプロンをしている。どうやら昼食の準備をしているらしい。
太った五十過ぎの丸坊主のオッサンの格好としては最低だ。どこのファルコンだよ。
「昼飯を用意しているから、桐生から先にシャワーに入れ。二人共汗だくだぞぉ」
それ所じゃない。今、俺達は魔法士協会に危うく捕まる所だった。しかも俺が未来に戻る為に必要な魔法生物「猫目青蛙」の手掛かりは未だゼロだ。
「アトリエには何も有りませんでした。他に思い当たる場所は有りませんか?」
「心配するな。まだ次の場所がある」
「早く教えて下さい!」
「まあ待て。腹が減っては魔力も回復しないぞ。魔法士協会もまだ何も掴んでいない。焦るな。桐生を見てみろ」
桐生は完全に疲弊した様子だ。立っていられず座り込んでしまっている。俺の足も力が入らない状態だ。
綿貫さんの言う事はもっともだ。今は正午で陽も高い。休憩してからの方が良さそうだ。
桐生は大人しく言う事を訊き、シャワーの準備を始める。
「桐生、俺も一緒に入る。その方が早いだろ」
そう言ってシャツを脱ごうとする。すると綿貫さんが割って入って来た。
「ああ。風呂場が狭いから一人づつにしてくれよぉ。カケルくんは部屋で休んでいてくれ」
綿貫さんは手に持っていた長い棒をクルクルと回し、ニヤリと笑った。
どうやら昼飯は蕎麦の様だ。一気にお腹が空いて来た。
畳の部屋に入り、テーブルの前に腰を下ろす。安心からか、疲労感が一気に襲う。
綿貫さんの言う通りだ。こんな状態じゃ猫探しを続ける事は無理だった。足が動かなくなっていただろう。
天井を見上げ、頭を空っぽにしていると、襖がスッと開き、綿貫さんが現れた。そして俺の反対側にドカリと座る。
「あれ? 昼飯の準備は……?」
「終わっているよぉ。実は、カケルくんに話があったんだ」
「話?」
「桐生の事だ。どう思う?」
「どう……って。幼いなりに、頑張ってくれましたよ」
それは本当だ。桐生が最後に力を貸してくれなかったら、魔力が足りずに逃げ切れなかったかも知れない。
綿貫さんは眉間のシワを増やし、首を横に振る。
「幼いと言っても、水鞠家に仕える魔法使いとしては実力不足だ。スズは桐生の年齢の時には、既に一族伝承の立体魔法陣を使いこなし、『影』と戦っていた」
「……え?」
あんな小さい頃から?
「まあ、スズは天才だ。将来は水鞠家の一角を担う魔法使いの一人になっているだろう」
確かに六年後にはそうなっている。強力な防御魔法、魔法装置の設計、製作。十一歳から魔法士協会にハッキング出来るスキル。天才に間違いない。変態だけど。
「実は桐生にも血の伝承により、強力な立体魔法陣が備わっている。だが、発現出来ていないんだよぉ」
桐生家は六年後、魔法花火大会の時に水鞠家の従者に復帰した一族だ。もし離脱をしていなかったら、どうなっていたのだろうか。
「何故、桐生は立体魔法陣が発現出来ないのでしょうか」
「カケルくんも感じているだろうが、修練不足もその一つだ。覚悟と自信。足りていないものは幾らでもある。でも、俺は桐生を一人前にしてやりたい。その為に、この状況を利用させて貰った」
「荒療治過ぎませんか? 実際、危険な目に遭いましたよ。雷旋のワタヌキが直接指導しないんですか?」
「そうしてやりたいが、俺のやり方は邪道なんだよ。血統付きの魔法使いじゃないからな。それに時間が無い」
「時間?」
「桐生の一族はアイツの事を諦めた。既に縁談が組まれている」
「はぁ!?」
「結婚して子を成せば、立体魔法陣が伝承される可能性が高い。他の一族と交渉したんだよぉ」
「魔法使いって奴は……何でそんな事が平気で出来るんですかね……」
桐生が家出をしている理由は、恐らくその事が原因だ。あの歳で結婚の相手を決められたと言う事は、桐生の一族が期待していない事を宣言した様なものだ。本人もショックだったに違いない。
「俺にも理解出来ない話だよぉ。だが、数百年前から続く由緒正しき魔法使い達の考え方は違う。世界の崩壊を止める為、自らの力を極限まで高め合う事。それこそが彼らの誇りなんだよ」
それは実感している。水鞠家のピンチを狙って襲って来た魔法使いも居た。この世界では当たり前の事なのだ。
俺の居た未来では、桐生の一族はこの後に水鞠家から離脱する。これから起きる事に関係しているかも知れない。
出来れば俺も桐生の手助けをしたい。でもそれは、俺の居た未来にどう影響するかが分からない。
だから俺は……桐生に何もしてやれない。
桐生と交代してシャワーを使わせて貰い、綿貫さんのデカいシャツを着る。まるでシャツのオバケだ。
部屋に戻ると、桐生はさっきと違う上下黒のスポーツウェアを身に着けてテーブルの前に座っていた。テーブルには蕎麦が山盛りで用意されている。
「さあ、食べるぞ! 初めて作ってみたが、どうかな」
すぐに綿貫さんが箸と麺汁を持って現れた。どうやら蕎麦作り初挑戦の現場に居合わせたらしい。
「あれ? スズさんは居ないんですか?」
アトリエを出る直前までは通信機で会話していたはずだ。ここには綿貫さんと桐生と俺の三人しか居ない。
「……指令が出てな。影の修正に向かった。終わったら戻って来る。先に食べるぞぉ」
すると桐生が黙り込み、妙な空気が流れた。天才と比べられるのは酷な話だ。十一歳で指令が届き、戦力となっている姿を見せられるのは桐生にとって苦痛だろう。
「頂きます!」
沈黙を破り、蕎麦をすする俺。続けて桐生も口に運ぶ。綿貫さんも豪快に食べ始めた。
これは……!?
また妙な空気が流れた。
「不味いぞ綿貫」
桐生がハッキリと口に出す。
「……だな。おかしいなぁ。レシピ通りなんだがなぁ……」
綿貫さんも申し訳なさそうだ。
いや、でも食べれない感じではない。ギリギリだけど。
腹が減っていたので、桐生も俺も大量にあった蕎麦を食べ尽くしてしまった。それを見て綿貫さんは、細い目を更に細めて嬉しそうな表情を作る。
そう言えば、家からおにぎりを持って来ていたんだった。……後で食べよう。
突然、入口から物音がした。どうやら真壁スズカが帰って来たらしい。
だが、しばらく待っても部屋に姿を見せない。
「綿貫! 綿貫!」
真壁スズカの声だ。困った様な声を出している。
「おう? 怪我でもしたのか!?」
綿貫さんが部屋を飛び出す。俺と桐生も後に続く。
シャッターの前に、真壁スズカが立っていた。良かった。怪我は無いらしい。
「どうしたスズ」
綿貫さんは腰を下ろし、同じ視線で優しく声を掛ける。すると、後に隠していた箱を差し出した。三人で中を覗く。
そこには子犬が横たわっていた。
かなり衰弱している様だ。痩せ細り、息を切らせて震えている。
真壁スズカが呟く。
「影の正体。捨て犬だった所を、誰かの悪戯で木の上に縛られていて動けなくなっていた。人間を恨んでいる」
無表情な彼女が、珍しく哀し気な表情を見せている。動物でも恨みで影を生み出すのか。それは知らなかった。
そしてその粒らな瞳を綿貫さんに向ける。
「この子を助けたい。ここで飼っちゃダメ?」
「ここで!? 無理だ無理!」
反対したのは桐生だ。
「貴方には関係無い。決めるのは綿貫」
冷静に答える真壁スズカ。それはその通りだ。だが綿貫さんも乗り気では無さそうだ。
「うーん。俺もこれから店の立ち上げやらで忙しくなるからなぁ」
「なるべくここに来て、面倒を見るから。お願い綿貫」
ぴょんぴょんと跳ね、子供らしく大人にお願いする仕草を見せる真壁スズカ。可愛いな。
「とりあえず保留だ。元気になるまではウチに置いておく。それでいいか? スズ」
「ありがとう綿貫!」
満面の笑顔になると、箱を持って家の中に入って行った。
「嫌いなのか? 犬」
俺は青ざめている桐生に声を掛けた。すると左右に首を振って答える。
「生き物が全部苦手なんだ」
「……そうか」
「だって、どうしたらいいのか分からないんだよ!」
「誰だって最初はそうだろ。好きになる様に努力してみたらどうだ?」
すると表情がさらに暗くなり、視線を逸らす。
「努力なんて意味無い。どうせ俺には無理だ」
そう言い残して桐生も家に入って行ってしまった。ヤバい……。余計な事を言ってしまったかもしれない。
その様子を見た綿貫さんは溜息を吐き、俺の肩をポンと叩く。気にしなくていい、と言われた様な気がして、救われた気持ちになった。
真壁スズカは子犬の手当てを素早く済ませると、部屋に戻って来た。
そして、またいつもの様に無表情でノートパソコンを叩き始める。魔法士協会のデータベースへハッキングを開始した。
綿貫さんと俺と桐生はテーブルを囲み、固唾を飲んで見守る。
「姿を消したまま移動している、謎の魔法自転車の事が報告されている。でも、カケルと私達の事はまだバレていない。大丈夫」
無表情のまま、真壁スズカが報告する。
良かった。「鳥の魔法使い」橘辰吉に発見された時は終わるかと思った。
さらに真壁スズカが読み上げる。
「コードネーム『演奏者』は謎の魔法自転車を逃した事で怒られて、反省文提出の上、報酬が二十パーセントカットになった」
うわ……。絶対それ橘辰吉の事だよ。何だか可愛そうになって来た……。
「そう言えば、俺と桐生がアトリエに行った直後に魔法士協会の奴らが来ましたよね? もしかしてハッキングがバレてるって事は無いですか?」
いくら何でもタイミングが良すぎるだろ。
「それは絶対に無い。ハッキングは完璧」
そう真壁スズカに否定された後、綿貫さんの額のシワが波打った。
「最近、新しく魔法士協会に登用された人物が、かなりの実力者らしい。そいつの能力に関係しているかも知れん。スズ。調査してみてくれ」
「了解」
綿貫さんは頷くと、地図をテーブルに広げる。そして目的地を指差した。
「ここは?」
「水鞠七兵衛の秘密の隠れ家だ。この場所で猫目青蛙に出会えなければ、もう諦めるしか無い」
これが最後の手掛かりなのか……。
いや、他にあったとしても、これ以上魔法士協会から逃げ続けるのは難しそうだ。
何とか出会える確率を上げれないものなのか? ……そうだ。
「『猫目青蛙』の行方、水鞠コトリに訊けないですか? 元々は彼女の契約した魔法生物なら、何か知っているかも知れません」
俺の提案に真壁スズカは初めて表情を変えた。小さな目を見開いて、驚きを隠せていない。あれ? 何かマズい事を言ったかな。
「コトリ様にその件を聞き出すのは難しい」
「どういう事ですか?」
すると桐生が口を挟む。
「お前、モグリにも程があるだろ。今の水鞠家の状況を知らないのかよ。それとも何か? 俺達を怒らせたいのか?」
口達者な奴だな。大人と会話しているみたいだ。
「ちょっと待て。このカケル君は、ちょっと訳有りなんだよぉ。あんまり責めちゃ可愛そうだろよ」
綿貫さんが何を言っているのか、一瞬だけ理解が遅れた。そういえば俺は、この場所では日高誠じゃなくて「カケル」と名乗っていたんだった……。
綿貫さんが状況の説明を始める。
「コトリ様の両親が亡くなったのが一年前。そして半年前、祖父である水鞠七兵衛が亡くなった。コトリ様はそれからまともに外出もしていないし、特定の人物にしか会わない状態だ。現在の水鞠家は混乱状態だよぉ」
「そんな……」
水鞠がそんな事になっているなんて思いもしなかった。
いや、待てよ……?
初めて水鞠と出会ったのは俺の部屋だった。窓を突き破っていきなり登場したのだ。
でも、その時は悲しい過去を感じさせていなかった。きっと、これからの六年間で水鞠コトリは立ち直る事が出来るんだ。
……良かった。本当に良かった。
でも、今の彼女は一番辛い時期を過ごしている。そんな状態の水鞠に「猫目青蛙」の話をさせるのは酷だろう。
契約が解除され行方不明になっている、祖父からの大事なプレゼントなんだ。
「行きます。水鞠七兵衛の隠れ家に!」
絶対に見つけ出してみせる。今度こそ。
橘辰吉が毎回酷い目に遭うのが楽しくなって来ました。いじりがいが有ります。




