第11話 日高誠と秘密のアトリエ
秒で魔力切れを起こす桐生を休ませながら、四十キロは移動しただろうか。
結局、予定より一時間以上遅れてしまった。街並みを外れ、田舎道を魔法自転車で走り続ける。
桐生は地図アプリを開き、位置情報を確認しつつ俺に指示を出す。それに従い、深い森に入った。
周りは生い茂った森だ。ワタヌキ魔法具専門店のある場所に雰囲気が良く似ているのは偶然だろうか。魔法的な何かの意味があるのかも知れない。
「この辺りだ。カケル」
桐生の言葉を受け、自転車を停止させた。
目の前にはボロボロの小屋が在り、脇には小川が流れている。今日の曇り空と相まって薄暗く、不気味だ。
「あれ……!? 間違えたか!?」
「……いや」
桐生の言葉に首を振る俺。
「違和感を感じる。偽装されているかも知れない。行ってみよう」
「マジかよ!?」
桐生は泣きそうな声を上げた。有力な手掛かりなんだ。簡単には引き返さないぞ。
魔法自転車を木陰に隠し、小屋に向かう。
小屋の扉は外れているので簡単に入る事が出来た。中には何も置かれて居ない。これはこれで不自然だ。
「どう思う? 桐生。……桐生?」
返事が無いので振り返る。だが、そこに桐生の姿は無かった。
「桐生……?」
──しまった!
何かが起きているのか!? 慌てて小屋から出る。
桐生はすぐに見付かった。
先程隠した魔法自転車の脇に桐生が立ち尽くしていた。
俺は駆け寄り、すぐに声を掛ける。
「どうした!?」
良く見ると顔色が悪く、足がガクガクと震えている。え……? まさか……。
「怖いのか?」
「こ、怖えーよ! て言うか、お前は怖くないのかよ!?」
生意気な性格なだけに、あっさり認めた事が意外だった。そう言えば桐生はまだ幼い子供だ。俺の姿も十一歳のままだし、頼りになる大人が居ないのだから怖くて当たり前だった。
想像を超えた魔力の弱さも、この年齢なら普通の事かも知れない。自分が馬鹿だった。
「悪いが、一緒に付いて来てくれないか? お前の助けが必要なんだよ」
鍵の件もあるし、水鞠家の従者以外を排除する仕掛けがあったら厄介だ。別行動は避けたい。
桐生は俺の言葉に驚いた様な表情を見せる。
「……わかったよ」
そう呟き、渋々歩み寄って来た。
俺は太った少年の右腕を掴み、手を繋いで歩き出した。
「何かあったら、俺が絶対に守ってやるよ」
気休めに声を掛けてみる。桐生はこの状況が不本意だったのか、迷子の子供の様にうつむいたままになってしまった。
何だか小さい頃の妹を見ている様な気持ちになるな……。
今度は二人一緒に小屋の内部へ踏み入る。
やはり何も変化は起きない。
「確か綿貫さんは、水鞠家の従者が居れば入れるって言っていたよな……」
「カケル……?」
「一度外に出てみるか」
手を繋いだまま、小屋の外へ出る。
「変わってる……!」
桐生の声に視線を上げた。
目の前に、さっきまでは無かった古びた洋館が出現している。
水鞠家の屋敷に雰囲気が似ている。間違いない。これが水鞠七兵衛のアトリエだ。この小屋に入ってから、一度外に出る事で鍵が開くシステムだったらしい。
屋敷のサイズは小さく、普通の一軒家程度だ。屋根からは、高さ七メートル程の塔の様な物が伸びている。
「行くぞ桐生」
「お、おお……」
扉の鍵は開いていた。中を覗くと、薄暗く、湿った空気が漂っている。屋敷の中はもぬけの空だ。
当たり前か。このアトリエの持ち主は半年前に亡くなっている。一族の誰かか、水鞠の祖父自らが片付けたのだろう。
「カケル。『猫』は居そうか?」
手を繋いだままの桐生が、俺の背後から不安そうに覗いている。
「いや、気配は無い……かな」
意識を集中しているが反応が無い。
中の部屋を一つ一つ確認してみる。
だが、何も手掛かりが無い。
あと見ていないのは、あの屋根から突き出た塔ぐらいだ。
「桐生。塔に登りたいんだ。協力してくれ」
「あれにか!? 上には何も無いぞ」
「そうなのか?」
「あれは魔力増福炉だ。魔法製造者が特殊な魔法を精製する時に使う物だよ」
よく分からんが、そう言うものらしい。それならそれで登ってみたくなる。もしかしたら、俺が未来に戻る為の手掛かりが有るかも知れない。
「登りたい。調べたい事が有るんだ」
そう言って桐生の手を引っ張り、屋敷を出る。内部からあの塔に登る階段は無かった。だとすれば、外側に在るに違いない。
「カケル! ちょっと待てって!」
桐生は抵抗を試みるが、お構い無しに強引に連れ出す。
塔に上がる方法はすぐに見付かった。
屋敷の裏側の壁に鉄製のハシゴが打ち込まれていて、それは屋根とその上の塔に繋がっていた。
「先に登るか?」
「後で!」
桐生に登る順番を尋ねると、秒で返事が返って来た。断られると思ったから、話が速くて助かる。
ハシゴに手を掛ける。しっかりとした造りだ。子供が二人同時に登っても問題無いだろう。
建物の外側に張り付く様に登って行く。身体が剥き出しになるのは怖かったが、下を見なければどうと言う程でも無かった。
心配だった桐生も、どうにか登る事が出来た。塔の上は誤って落ちない様に柵が作られている。屋根は無く、思ったよりも簡単な造りだ。
最初からこの状態だったのか、誰かが片付けたのかは分からない。
塔の上から景色を眺めても、森と山しか確認出来ない。曇っていた空は更に暗くなり、今にも雨になりそうな状態になっている。
「手掛かりは……無いな」
猫目青蛙も、未来に戻る方法も、ここには無い。残念だが、今は引き返そう。
「カケル! 綿貫から通信だぞ」
桐生がイヤホンマイクに手を当てている。
「綿貫さん!?」
通信は緊急の時にしか使わない話だったはずだ。嫌な予感がする。俺は通信モードを最大に切り替えた。
『カケル。そこから離れろ! 今すぐにだ!』
綿貫さんは、かなり焦っている様子だ。
「何かあったんですか!?」
『魔法士協会の奴らがアトリエに向かっている! そこに居ると鉢合わせになるぞ!』
綿貫さんの通信の後、真壁スズカに切り変わる。
『魔法士協会が水鞠家に協力を依頼した。水鞠家の執事を一緒に連れているから、アトリエの鍵が開くよ』
未来改変に関わる事案なら、魔法使いの一族が魔法士協会の依頼を断るはずが無い。そんな事は予想出来ていた。でも、何で今なんだよ……! タイミングが悪すぎる!
真壁スズカが話を続ける。
『ハッキングして分かった情報によると、アトリエに向かっている契約魔法士は二人。コードネームは〈レスラー〉と〈アフロ〉実力は不明』
レスラー!? アフロ!?
……まさか、ムヒョーイベントに居た魔法使いじゃないだろうな。いや、絶対そうだろ!! そんな怪しいキャラクター、二人も三人もいる訳無い!
確か水鞠は言っていた。あのイベントに来ていた魔法使いの内、エースナンバーを持つ奴が二人。全員が強力な魔法使いだって……。六年前はフリーの魔法使いだったのか。最悪だ……。
そんなの勝てる訳が無い。真正面から逃げ切れる訳が無い。絶対絶命のピンチじゃねーか!
「桐生! 直ぐに脱出するぞ!」
梯子に手を掛け、降り始める俺。だが桐生が降りて来ない。
何やってんだよアイツは……。
途中まで降りていたハシゴを上がり、塔の上に戻る。すると、しゃがみ込む桐生の姿があった。身体が激しく震え、大量の汗を全身から吹き出している。
「まさか桐生……降りれないのか? まさか高い所が苦手!?」
俺の声に桐生は何も答えない。
嘘だろ……何で今更!?
いや、悪いのは俺だ。確認すれば良かっただけの話だ。桐生は無理をしてくれたんだ。
俺は桐生に駆け寄り、優しく頭を撫でた。
「今迄ありがとな。桐生。お前はここに残ってくれ」
「カケル……」
「水鞠家の執事も来るのなら、その人が桐生の事を守ってくれるはずだ。俺はここから脱出する」
桐生とはここでお別れだ。
水鞠家従者の子供が一人でこんな場所に居るのは不自然だ。今回は見逃してくれたとしても、マークされるのは間違いない。そうなったら、俺と一緒に行動する事は難しくなるだろう。
だから今、別れの挨拶をしておいた。
すると、桐生が這いつくばったまま、ハシゴに向かって来る。
「降りる。やっぱり俺も一緒に行きたい」
「桐生……?」
「か、勘違いするなよ! 俺だって、問題を起こしたら家に連れ戻されるんだ! それだけだからな!」
桐生は、ツンデレキャラの様なセリフを吐き、ゆっくりとハシゴを降り始めた。
俺も後を追い、ハシゴに手を掛ける。
桐生は大分無理をしているらしく、身体の震えが起こす振動が、ハシゴを通して俺の方にまで伝わって来ている。
「頑張れ桐生! もう少しだ」
最後の一メートルで手を離し、地面に倒れ込む桐生。俺も飛び降り、すぐに桐生の身体を起こした。
「大丈夫か!?」
「お、おお。い、意外と大した事は無かったな」
強がってはいるが、全身は激しく震え、涙目になっている。
「良かったな! 怪我が無くて」
俺は桐生を抱き寄せ、頭をゴシゴシと雑に撫でてやった。
「大袈裟だっつーの! 馬鹿にするなよ!」
桐生は怒って振り払う。
そんなつもりは無かった。でも、桐生を見ていると放って置けない気持ちになる。何でだ?
……そうか。
桐生と自分を、重ね合わせてしまっていたのか。
非力な自分を見ている様な気がして、桐生に感情移入してしまうのだ。桐生にとってはいい迷惑に違い無い。ちょっと反省した。
「カケル何してんだよ! 速く逃げよう!」
「お、おう」
そうだった。魔法士協会が来る前に、ここから速く脱出しないとゲームオーバーになる。
桐生と小屋に入り、もう一度外へと移動する。鍵が掛けられ、アトリエが姿を消した。
木陰に隠してあった魔法自転車に二人で乗り込む。魔力をペダルに流し込み、急加速で走り出した。
森を抜け、舗装された道に入る。
やった! やったぞ。脱出成功だ!
思わずガッツポーズを取る俺。全力疾走のスピードだ。一瞬でアトリエから遠く離れた。
すると、すぐに桐生が脇腹を叩いて来た。
「カケル! もっと速く!!」
「え!? 何だって!?」
前を向いたまま、大声で訊き返す。
「何かが……追って来てる!」
「レスラー」と「アフロ」は魔法士協会から一時的に付けられたコードネームです。




