第7話 日高誠と引き寄せたモノ
どうなっているんだ? 夢か? 幻か?
自分の姿を鏡で見る。そこには十歳の少年が映し出されていた。そう、これは俺だ。六年前の姿だ。
落ち着け。慌てても意味が無い。どうしてこうなったかを考えろ。
敵の攻撃? あのイベントに来ていた魔法使いの誰かが、何か攻撃をして来たのか? だとしたら狙いは風鱗海月だ。
このまま俺は助けを待っていればいいのか? それとも自分で動いた方がいいのか?
いや待てよ。そもそも、この世界は本物なのか? もしかしたら、幻覚かも知れない。
まずいぞ。何が正解なのかが分からない。
右手に魔力を乗せてみる。どうやら魔法は使える様だ。魔法生物も召喚出来そうだ。
ここが本当に六年前の世界だとしたら、魔法を使用して大丈夫なのか? ダメだ。考えが纏まらない。
『困った時は思い出して下さい』
そうだ。鳥の魔法使いは言っていた。
『貴方の魔法イメージ〈引き寄せる腕〉は、何を引き寄せたかったのか』
──思い出した。
これは、俺が初めて魔法を使った日の出来事だ。
その時の自分では何も出来なかった。だから俺は願ったんだ。
力が欲しい、と。
そして願いが叶い……魔法が覚醒した。
だとしたら、ここに居てはダメだ。
俺は部屋から出ると、階段を駆け下り、リビングへ向かう。
部屋が暑かったのは気候だけのせいじゃない。過去の俺には見えていたんだ。その原因となった存在を……!
「美希!」
リビングに入るなり大声で叫ぶ。
妹はソファーに横たわり意識を失っていた。そしてその上には黒い物体が蠢き、メラメラと炎を上げている。
『キキ……キキ……』
耳障りな金属音を上げ、全身が震え出す。
「影だ……!」
あの炎は何だ? 何かを燃やす為のものじゃない。美希のエネルギーを吸い上げて炎を生み出している……!?
思い出した。あれは……。
──嫉妬の影だ。
六年前……。美希はリーダー格のクラスメイトと三角関係になって、陰湿なイジメに遭っていた。あれは、そいつが妬みで生み出した影だ。
「美希から……離れろ……!」
俺は迷う事無く右手に魔力を込め、立体魔法陣を起動させる。
光と共に、透き通った球体の立体物が出現した。
『来い! 火喰甲魚!』
魔法が完成し、立体魔法陣がガラスの様に砕け散る。
破片が消えると同時に光の渦が生まれ、その中から鎧を纏った古代魚が出現した。
竜の様な雄叫びを上げながら、空中を円を描く様に舞い泳ぐ。
熱していた室温が一気に下がる。熱を喰らう魔法生物「火喰甲魚」の能力だ。
『キキキ……キキキ……』
影はお決まりの金属音の呻き声を上げた。体にはヒビが入り、炎が収縮して行く。そして魔力は影が生み出す炎の力を完全に消し去った。
影はエラーを起こしたロボットの様な動きを始める。コイツは弱い。今の俺なら簡単に倒せるはずだ。
俺は助走を付け、思い切り跳び上がる。そのままの勢いに乗せて影に体当たりを喰らわせた。
薄いガラスを蹴り割る様な感触。スローモーションの様に漂う破片。影の身体はバラバラに砕け散る。
俺はそのままソファーを跳び越え、窓の近くに置いてあった観葉植物に激突して倒れ込んだ。
「痛ぇ────!」
痛がっている場合じゃない。すぐに体勢を立て直し、確認する。
影の破片は黒い霧に変化し、完全に消滅していた。
初めて自分の力だけで影を倒した事を実感するよりも先に、美希の無事を確かめる為に体が動く。
「美希! 美希!」
「う……ん……」
眠る七歳の妹の顔を軽く顔を叩き、反応を見る。顔色も良くなって来ている。意識もありそうだ。良かった。大丈夫だ。
俺はソファーの側に、ヘタリと座り込んだ。
信じられない事に、影を生み出したのは七歳の女子だ。しかも相手の生命力を奪って燃料にするとか、エグすぎるだろ。ストーカーの「追う影」なんて、全然ましな方だ。
この頃の美希は生きる力を失いつつあった。原因はこの影の能力だ。
きっと俺は家を出た後、妹の様子が心配になって家に戻ったんだ。
そこで妹を襲う「影」を見た。
俺はその非現実的な存在から妹を救う為に魔法を覚醒させた。そう──。
──引き寄せたんだ。「未来の自分」を。
「なんて事をしたんだよ俺は……」
こうやって美希を助ける事が出来た。魔法は成功したと言える。
でも、それは未来改変に繋がる事だ。
引力魔法で人体を召喚した場合は百パーセントの未来改変が起きると言っていた。
じゃあ、「未来の自分」の場合はどうなるんだ?
いや、もしも強力な未来改変が起きていたら、水鞠家の魔法使いが飛び込んで来るはずだ。テニスラケット一つだけで大騒ぎだったんだぞ?
まだ魔法使い達には気付かれていないって事だ。魔法生物の召喚もセーフだ。
問題は、このまま動かずにいた方が良いのか、その逆かだ。
ずっとこの状態でいるのはマズい。無意識に取った行動が、大きな未来改変になる場合もあるだろう。そうなったら、俺は「魔法で未来を変えた」重罪人だ。
その結果、魔法使いに捕まったら最悪だ。俺の中にはレアな魔法生物「風鱗海月」が居る。逃してはくれないだろう。
さらに未来から来た事がバレた場合は、どんな扱いを受けるか分かったものじゃない。殺されるかも知れない。
どうしたらいい……? 誰か相談出来る人は居ないのか?
思い出せ。今まで会った中で、今の状況を理解して助けてくれそうな人物……。もしくは、今の俺の状態を知っていた人物……。
考えろ……。考えろ……! 誰か居なかったか……?
──居た……!!
居た。居たじゃないか。明らかに不自然な対応をしていた人が……! きっと今の状況の俺を知っていたんだ。
「雷旋のワタヌキ……!」
ワタヌキ魔法具専門店で、俺とは初めて会ったはずなのに、「久しぶり」と言っていた。
その時は何の事だが分からなかった。きっと過去の世界で面識があったに違いない。
行こう。綿貫さんに会いに……!
玄関の扉を開ける音がした。
母さんが帰って来た様だ。俺はスイミングスクールに行っていたはずだった。見つかると厄介だ。
リビングに転がっていたスイミングバックを手に取り、一度階段の陰に隠れた。
母親がリビングに入って行くと、バレない様に廊下を抜け、玄関から外へ出る。
夏の日差しが容赦なく刺して来た。
身長が低いからなのか、地面からの熱気と土の匂いが身体を包み込む。懐かしい感覚だ。
そんな事に浸っている時間は無い。俺は全力で走り出す。行き先は決まっていた。
ワタヌキ魔法具専門店の前に、行くべき場所がある。いや、先ずはそこへ行かないと綿貫さんには会えない。
息を切らせながら、何とか駅に到着した。休む事も無く階段を駆け上がる。足は震え、力が入らなくなっていた。全身は汗まみれだ。でも、そんな事は気にしていられない。
反対側の出口を出ると、ロータリーの右側に視線を向けた。
あった。駐輪場だ。
まだ建て直しされていないので、ボロボロで錆まみれだ。トタン板が剥がれている所もある。
ここに眠っているはずだ。魔法自転車が。
移動の手段が無い今の俺には、どうしてもこれが必要だ。壊れているかも知れない。でも、これに賭けるしかない。
中へ入り、真っ直ぐに進む。両脇には自転車をロックする器具が並んでいる。
「確か……この辺だよな……」
地面に手を着き、ノックする。あ、ヤバい。ロック解除の条件を忘れた。
右手二回? 違うな、三回か。あれ? 何度か繰り返すが上手く行かない。確か足も使っていたな。
ああ、駐輪場の従業員にメチャクチャ見られてる……。謎のダンスを踊る姿に、眉間にシワを寄せて来た。知るか! そんなの気にしている場合じゃない!
「…………!?」
間の抜けた音が場内に流れた。ゲームの謎解き音だ。
「やった!」
思わずガッツポーズを取る。ロックが解除された様だ。
地面が揺れ、土煙が巻き起こった。んん!? 煙!?
そうだった。この階段は魔法生物によって隠されていたんだ。
土煙は一瞬で駐輪場を覆い隠してしまった。これは本物の土煙じゃない。土の魔力が生み出した幻だ。
目の前には、地下に続く階段が現れた。地下室の中から、緑色の二つの目玉が朧げに光る。一メートル程の巨大な昆虫が姿を見せ、その両腕の鎌をゆっくりと持ち上げた。
土の魔法力で「物を隠す」魔法生物……。
「土煙田鼈……!」
タガメが何故姿を消す魔法能力なのか……あまり意味はありません。夜行性で、昼間は体を半分ほど泥の中に潜らせて隠れている事が多いみたいです。




