第5話 日高誠とムヒョーストラップ
帰り道は短く感じるものだ。
水鞠家のある南谷駅到着予定のアナウンスが二人の時間の終わりを告げる。
これから水鞠は次の駅で降り、俺はその二つ先の駅で降りる事になる。
「日高」
突然、名前を呼ばれた。隣に座る猫の目をした魔法使いに顔を向ける。
「何だよ水鞠。急に改まって」
「今日は……その……イベントに付き合ってくれて……ありがとう。これはそのお礼」
水鞠が何かを手渡して来た。何だこれ?
ストラップだ。ムヒョーの。
「何かこれ、見た事あるぞ」
そうだ。購入者限定グッズだ。ムヒョー限定イベントのサイトに記載されていたな。
「大事な物じゃないのか? 本当にいいのか?」
こういうのはもう手に入らない物だろ。
「欲しい物を全部買ったら三つ付いて来た。紗英にもあげるつもりだから気にしないで」
水鞠は何故か目を伏せて視線を合わせない。
まさか三つ手に入れる為にこんな沢山買い物したとかじゃないよな? それはそれで、水鞠らしくて微笑ましい。
「サンキューな」
俺はお礼を言い、胸ポケットに入れた。
「スマホに着けて」
「スマホに!? 俺、ズボンのケツに入れてるから、めっちゃ邪魔なんだけど」
「スマホに着けて」
ええ……。ムヒョーの頭の尖りがいい感じに尻肉に刺さりそうなんですけど……。
「……分かったよ。でも、今のスマホケースには着けられないんだ。家に帰ったらケースを交換する」
「絶対だからね」
そう言うと、水鞠は立ち上がる。
電車はゆっくりとブレーキを効かせてスピードを緩める。駅はすぐそこだ。
この荷物の量だ。駅のロータリーまでは荷物を運ぶのを手伝った方が良さそうだな。
そんな事を考えていると、水鞠が左手を差し出して来た。
「荷物を全部頂戴。軽いし、自分で持てるから」
「え……。本当にいいのか?」
「迎えが来ているから大丈夫だよ」
「そうか。じゃ、またな。化学室で」
言われた通りに袋を二つ渡す。
大きな荷物を三つ抱えた魔法使いに車内から別れを告げると、電車がゆっくりと走り出して行った。
その時、ふと寂しい気持ちに襲われた。それは心を抉られる様な喪失感に変わって行く。
……この感情は一体何だ?
水鞠とは月曜日になれば化学室で会える。なのに、遠くへ離れて行ってしまう気がしている。誰が? 水鞠が? 俺の方が?
心配になって来た。また俺は誰かに改変されてはいないだろうか。可能性はある。俺は実際に改変されていた。しかも実の妹にだ。
「改変者」は魔法使いの天敵だ。
呪いを具現化した「影」を生み出し、自分が望んだ未来に改変する。
世界の崩壊を防ぐ為、魔法使いは魔法を使用し続けている。その大きな代償として改変者は存在し続ける。
俺は今までに何体もの影に遭遇した。そして、魔法使いが闇に堕ちた、強力な改変者とも戦った。また何か起きていても不思議は無い。
モヤモヤした気持ちのまま、電車が駅に到着した。
改札口を降りると同時に、神経を研ぎ澄ます。
魔法使いは「影」を感知出来ない。だが、近くに影が出現する時は違和感を感じるし、空は暗くなり闇に包まれる。
「影は……無いな」
夏の日差しが影の存在を完全に否定している。
考え過ぎかな。帰って課題進めよう……。
「あれ……?」
嫌な予感がした。いやいや。流石にそれは無いだろう。
俺はシャツの胸ポケットを叩いた。それからパンツのポケットに手を入れ、中の布を引っ張り出す。
「嘘だろ……!?」
無い。今さっき水鞠から貰ったムヒョーのストラップが無い。
最後に見たのは水鞠と電車で別れた時だ。その後すぐに胸ポケットに入れたはず。
振り返り、今まで通って来た路を見渡してみる。だが、無表情で半裸のとぼけた猫キャラクターグッズは見当たらない。
そうだ。実は思い違いで、改札口から出る前に落としていたかもしれない。
急いでホームまで戻り、探してみる。が、やはり無い様だ。
誰かに拾われた? あのムヒョーだぞ。そんな物好き居ないだろ。
……まあ、いいか。落とした物は仕方が無い。水鞠には黙っておこう。
そう決めて心を落ち着かせようとするが、胸の騒つきは収まらない。収まる訳が無い。
水鞠がストラップを渡して来た時の事を思い出す。あの時の表情。声。空気……。
ああ、そうか。この年齢になってようやく理解した。
……人から貰うのは物だけじゃないんだな。
あれはただのストラップじゃない。いつの日か、あれを見る度に今日の事を思い出す為の装置なんだ。そう思ったら、激しい後悔の気持ちが溢れて来た。
自分でも驚く程に落ち込んでいると、スマホが小刻みに震え出す。電話がかかって来ている。水鞠からだ。
まさか、俺がストラップを無くした事に気付いた? ……まさかな。とりあえず通話ボタンを押す。
『日高! 大丈夫!?』
第一声がそれだった。かなり焦った様子に、こっちも動揺する。
「いや、これと言って何もないぞ。どうした?」
この様子は、ストラップの件では無さそうだ。もっと大きな事件に違いない。
『今、何か不思議な感覚があったんだ。実際、改変現象の数値が変動しているんだよ』
「本当か!?」
アプリを起動してみる。便利な世の中になったもので、魔法使い専用のアプリで確認出来る時代になっている。
確かに僅かな変動が起きている様だ。
『数値は低いけど、感覚に違和感があるんだよ。今、弓と壁が原因を調べている。日高も何か気付いたら教えて!』
水鞠は何かを察知したらしいが、引力系魔法しか使えない俺にはさっぱりだ。
とりあえず、スマホを耳に当てながら周りを見渡してみる。異変はすぐに確認出来た。線路の反対側だ。
「水鞠! 煙だ! 近くで黒い煙が上がっている!」
勢いを増す煙に対し、いつもと変わらない駅の様子があまりにも不自然だ。誰も声を上げないし、電車も変わらず動いている。こんな事ってあり得ないだろ。
「水鞠! ここへ来れないか?」
『アタシは今動けない。そっちには鳥の奴を行かせるよ。絶対に一人で行動しないで!』
「分かった」
電話を切り、空を見上げる。
……覚悟はしていた。平穏な日常なんて一瞬だって事は。にしても、本当に短い……。
ん? 「弓」「壁」「鳥」の三人の魔法使いに老執事。全員稼働しているぞ!? 今日は全員用事があるって言ってたじゃねーかよ。やっぱり嘘だったのかよ。汚ねぇ──!
そんな事を考えている場合じゃ無い。早足で反対側の出口へ向かう。
確か反対側には、コンビニと弁当屋位しか無かったはずだ。奥には昔ながらの商店街が並んでいたな。
俺は行きつけの歯医者に行く位しか用事が無く、幸いな事に長年訪れていない。
階段を降り出口を出ると、ロータリーの右側から煙が吹き出しているのが分かった。
「駐輪場か」
二階建て屋根付きのそれは、割と新しく、二、三年前に建てられた様に見える。何処にでもある、ごく普通の駐輪場だ。
側には交番あるのに、警察官は気付かない様子で通常勤務を続けている。やはりこれは魔法案件で間違い無い。鳥の魔法使いはまだ来ないのか?
『慌ただしい一日ですね。今日は』
突然、艶やかな男の声が耳元から聞こえた。辺りを見渡すが、姿が無い。
『こちらですよ』
「うお!?」
肩に青い小鳥が乗っていた。特徴的な冠羽に、頬にある橙色の斑点。オカメインコだ。
俺の肩から地面に着地すると、戦隊シリーズの様なキメポーズを取る。
『戦闘時は鷲。そして普段はこの可愛いオカメインコの姿。それが我が魔法〈磨爪青鳥〉。鳥の魔法使い、コトリ様の命を受け、華麗に参上……』
そう言って一礼する。鳥がカッコつけてポーズする姿はまるでCGアニメーションの様だ。
『申し訳ありません。日高君。本体は吹奏楽部の練習中ですので、この姿で失礼します』
のっけからファンタジーさを打ち消して来たな!
鳥の魔法使いの正体は俺の通う高校の音楽教師、橘辰吉だ。確かに普段の生活も大事だけど、どうなんだそれは。
「今は緊急事態ですよね。部活を続けていて大丈夫なんですか?」
思わず訊いてしまった。すると、オカメインコは、チッチッチと舌打ちする。
『問題ありません。音楽教師であり続ける事……それが私の魔法ルーツなのですよ。これが維持出来なければ強力な魔法を使えません』
「魔法……ルーツ?」
『その話は後にしましょう。さあ、向かいますよ』
翼をはためかせ、オカメインコが駐輪場に飛び込んだ。
「え!? ちょっと待って下さい!」
俺も続いて煙の中に入って行く。それにしても、魔法の鳥と会話しながら魔法案件に関わるなんて、中々俺も魔法使いっぽくなって来たな。
駐輪場の内部は煙で充満していて何も見えなかった。でも不思議と息苦しさは無い。
煙の奥から鳥の魔法使いの声が聞こえる。
『魔法の土煙ですね。今は視界を奪っているだけですのでご安心を。そのまま真っ直ぐ進んで下さい。通路の両脇に自転車が並んでいます。気を付けて』
言われた通りにすると、オカメインコが地面に立って俺を待っていた。
『これを隠していた様ですね。魔力が尽きて解除された様です』
そう言って羽根で器用に地面を指差す。
「これって言われても、何も無いですけど……」
あ! もしかして……!? 封印か?
『その通りです。右手三回、左手二回、右足四回ですね』
オカメインコの言う通りに地面をノックをする。プールのロッカー、教員専用駐車場の時と同じだ。この下に何か隠されているに違い無い。
『チャラララララ──』
ゲームで謎が解かれた様な音が鳴る。地響きが起き、目の前に地下へと続く階段が現れた。それと同時に一帯を覆っていた煙が中へ吸い込まれて行く。何だよこれ。まさかダンジョンとかじゃないだろうな。
『行きましょう』
オカメインコはそう言うと、尻をフリフリしながらステップを踏み、先に階段を飛び降りる。
煙が消えたので視界が良くなった。階段を覗き込み、中を確認する。どうやら狭い部屋の様だ。地下倉庫か? 暗くて上からじゃ見えないな。
『これは……そんな……まさか……』
オカメインコの声が震えている。
「お宝でも在りましたか?」
そう言って俺も恐る恐る階段を降りる。
『お宝もお宝。超お宝です……!』
「嘘でしょ!?」
その言葉に、慌てて駆け下りた。
五メートル四方の空間に、何か鉄の物体が置かれている。何だこれ? ゴミにしか見えないけど……。
ああ……。やっと分かったよ。確かにお宝だ。元々の形をしていなかったので、気付くのが遅れてしまった。
オカメインコは興奮状態になり、頬を擦り付ける。
『魔法自転車の初期モデルですよ! 滅多にお目に掛かれない一品です!』
鳥の魔法使いは、魔法自転車マニアだ。俺が前に借りた時、壊して部品を無くした事を未だにネチネチと言って来る。
『数十年前。初期型の魔法自転車を持てたのはごく一部の限られた魔法士だけでした。高価なものだったので、魔法生物を使って隠していたのでしょう。そのまま忘れられたのかも知れません』
「完全に壊れてますよね。フレームが真っ二つですし」
部品を手に取り、確認をしてみる。
何か強い力を受けて千切れた様だ。
『残念です。状態が良ければ億では済まないでしょうに』
「マジでお宝じゃないですか!?」
『しかしこの損傷……。少し気になる部分があります。これは水鞠家の解析部隊に回して、我々は早くここから離れましょう』
そう言うと、オカメインコは羽を広げ、地上へと飛び立った。
てっきり、「これは見つけた私が貰います」位の冗談を言うかと思ったよ。意外な行動に返す言葉を失った。
階段を上がると、煙は完全に無くなっていた。あの煙は何だったのか。考えている事はオカメインコも同じだった様だ。
『魔法の土煙……。恐らく、魔法生物の能力ですね』
「魔法生物!?」
こんな街中に仕掛けられている事もあるのか。
『土煙田鼈。土の魔法力で物体の存在を隠す魔法生物です。かなりレアな種ですね。もし見かけたら即契約をお勧めしますよ』
そう言って、オカメインコがウインクをする。
タガメか……。またどうせ扱い辛いヤツに決まっている。風麟海月だけで既に大変な事になっているのに、これ以上厄介な物を飼うのは御免だ。
「でも、何で急に魔法タガメが解除されたんでしょうか」
『魔法の有効期間が過ぎたのか、魔法を使った術師が死んだか……それとも……』
分かっている。あと一つ、最悪な答えが思い浮かんでいる。
「何者かが解除した」
『その通りです。その答えも、解析をかければ何か判るかも知れません』
水鞠が感じた違和感。それと同時に現れた壊れた魔法自転車……。無関係では無さそうだ。
まさかムヒョーイベントに居た、魔法使いの誰かの仕業じゃないだろうな……。本当に絡むのを止めて貰いたい。俺の知らない所で魔法バトルでも何でもやってくれよ。
『それから日高君……重要な事が一つ』
「何ですか?」
『君からもコトリ様にお願いして頂けないだろうか。その……』
「欲しかったら、自分で交渉して下さい。魔法自転車の事は」
オカメインコの姿になるのは気に入りました。
真壁スズカはヤカンの姿になるのも有りかなと思っています。




