第4話 日高誠とムヒョーダイレクト
目の前に魔法使いが現れた。
えっと、都内は安全だって言ってなかったか? いきなり絡まれたぞ!?
ここは観光地スカイタワー四階のイベントスペースだ。こんな人だらけの場所で、何を始める気だよ。
結界は張られていない様だ。だったら心配は無い。きっと何かあったら水鞠が助けてくれるはずだ。
……助けてくれるよね? まさかムヒョーに夢中で気付かないってオチじゃ無いだろうな。
そんな心配をしていると、イベント会場に居たはずの水鞠がいきなり俺の背後から現れた。いつの間に!?
水鞠は腕を組み、コスプレの人を睨みつける。
「何をしに来た。お前の探し物は、ここには無いよ」
今迄に感じた事の無いプレッシャーが放たれている。これはダダ事じゃない。
すると謎のコスプレイヤーは、くっくっく……と笑いを堪え、細い腰に手を当てる。そして真っ直ぐに水鞠を指差した。
「今日は挨拶に来ただけだニャ。安心したまえニャニャ」
それに対して、水鞠の猫目はギラリと光る。
「だったら早く立ち去れ。私がキレる前にな」
何だよこれ!? 一体、二人はどんな関係なんだよ。話の内容が意味不明だ。
「怖い怖い。デートの邪魔して悪かったニャン。じゃ、またニャ」
そう言うと、コスプレイヤーは振り返り、イベント会場を跡にする。人並に向かって歩いて行くと、その異様な格好に気付いた客が避け、一本道が生まれた。そこを悠々と歩いて行く。
あの格好でどこまで帰るつもりなんだ!? 強メンタル過ぎるでしょ……!
とにかく確認が必要だ。
「水鞠……今の──」
「日高黙って! 後にして!」
水鞠は俺の言葉を遮ると、イベント会場へ戻って行く。十二時か……。ムヒョーダイレクトの時間だ。ちょ、そっちの方が大事なの!?
仕方が無い。俺もモニターの方へと行ってみる。そこに集まっていたのは三十人位だ。男女比は半々。下は三歳位から上は七十歳位まで年齢はまちまちだ。
って、本当にバラバラだな! 筋肉質なレスラーみたいな奴が居れば、お嬢様っぽい奴もいるし、高級ブランドらしきものを身に纏う、貴婦人も居る。あ、凄いアフロな外国人も居るな。
本当にみんな理解しているんだろうか。これから始まるのはアニメキャラクターの謎発表だと言う事を。大惨事にならなきゃいいけど。
モニターではカウントダウンが始まった。
会場が熱気に包まれる。
『ムヒョーダイレクト スタート!』
ついに始まった。静まり返る場内。興味の無かった俺も無駄に緊張して来たぞ。
画面には、「白ねこムヒョー五十五周年記念作品」の文字が浮かぶ。
『〈カケル君〉僕じゃないよ! 僕は何もしていない!』
おお、アニメだ。今回のカケル君は小学生設定か。何かデザインが現代風になって、萌えキャラっぽくなってる! そういや、有名な妖怪アニメも萌え路線で話題になったっけ。
『〈ナレーション〉突如消えたカケルくん家の生米……犯人は誰なのか!?』
絶対ムヒョーだよ……。そこ煽り必要か? っていうか、カケル君は誰に責められているの!?
『〈カケル君〉妖怪……!? そんなの居る訳ないよ!』
まさかの妖怪設定復活か。生米といい、結構第一期をリスペクトしてるな。これは水鞠的にポイント高そうだ。
『〈ナレーション〉カケルくん家の生米を守る為、一日後の未来からやって来た妖怪……その名は……白ねこムヒョー!』
近いな未来! もっと先でも良くなかった!?
『〈カケル君〉僕と……契約!?』
『〈ムヒョー〉聞こう。君がムヒョーの米スターか?』
オオィ! またヤバい所パクってない!? スタッフ全然懲りてないだろ!!
『〈ナレーション〉襲い来る鼻毛男爵! ピンチに陥ったその時、ムヒョーにも新たな力が宿る!』
『〈ムヒョー〉お前達に、カケルくん家の生米は渡さない! それはムヒョーの物だ──!』
いやいや。カケルくん家の生米はカケルくん家の物だろ! 言っている事がおかしい!
『〈ナレーション〉あの伝説のキャラクターがテレビアニメで復活! 来年四月スタート! 今、新たな精米戦争の幕が上がる』
おお!? テレビアニメじゃないか。良かったな水鞠。……打ち切られそうな不安要素満載だけどな。
そんな事はお構い無しに、会場には拍手と歓声が響き渡る。夢が叶った喜びが俺にも伝わって来た。
それからその場に居た、お互い知らない者同志で語り合う。水鞠はさっきのコスプレの人と硬く握手を交わしていた。
何で居るの!? 帰ったんじゃ無かったのかよコスプレの人……。ムヒョーダイレクトは見なくていいのかな? とは思っていたけどさ。意味が分からん!
しばらく会場は興奮状態が続いたが、次第に落ち着きを取り戻して行く。良かった。無事に終わったらしい。
「きゃっ」
足に何かが当たった。
次の瞬間、女の子が地面に倒れ込む。えっ!? 大丈夫!?
大丈夫だった。すぐに立ち上がり、走り出して行ってしまった。妹と同じ位の年齢だろうか。怪我をしていなきゃいいけど。
「いやぁ──。買った買った」
そう言って現れたのは水鞠だ。
デカい買い物袋を三つ抱えて、満足そうな笑みを浮かべている。
「テレビアニメ化おめでとう。でも、萌えキャラ路線は水鞠的には良かったのか?」
俺はそう言うと、水鞠から荷物を二つ引き取る。
「思ったよりも悪くない。二等身だったニャンキーガールが十等身美女になったのにはビックリしたけど」
「ニャンキーガール変わり過ぎでしょ!?」
それが許されるなら、もう何でもアリじゃない!?
まあ、こうして遠くまで出て来て良かったよ。この内容なら水鞠も文句無いだろうし、面倒臭い事にならずに済みそうだ。
イベント会場を跡にした俺達は、スカイタワーを離れ、帰途についた。
良かったよ。早く帰って課題をやろう……。
帰りの電車は空いていて、二人並んで座席に座った。快速だからストレス無く帰れる。ラッキーだった。
安心したらふと、あの怪しいコスプレイヤーの事を思い出した。一体何者だったのか。今度こそ、水鞠に確認しておく必要がある。
「そういえば水鞠。さっきのコスプレイヤーとの事なんだけど……」
そう話しかけると、水鞠の表情が固まる。
「日高も気付いていた様だね……」
そして溜息を吐く。
そりゃそうだろ。あの怪しい感じ。魔法使いじゃなかったら何なんだよ。
水鞠の猫の目が怪しく光る。
「……伝説のムヒョーマニア ムヒョ山ニャン子さんに」
「誰!?」
「え? 有名じゃない。ムヒョーファンサイト『ムヒョってハニー』の管理人」
「何だよそのバグりそうな名前は。さも知ってて当然、みたいに言うの止めろ! あの人も魔法使いなんだろ?」
俺の言葉で空気が張り詰める。無言のまま時が流れた。
「違うよ」
「違うのかよ!? さっきのやり取りはなんだったんだよ!」
「ああ、あれね。あの人が第四期『白ねこ魔法使いムヒョー』の人気キャラ、『セーラー服仮面様』のコスプレをしていて、アタシがそのライバルキャラ『三つ編み乙女ガール』の変身前のコスプレだったから、二人してなりきってただけ」
「意味が分からん! 紛らわしい遊びするな!」
「第六話のシーンだよ。帰ったら早速DVDボックスで確認を……」
「しねーよ!」
今日の水鞠の服装はコスプレだったらしい。普通過ぎて気付かなかったよ。いや、普通気付かないでしょ! 気付く方がどうかしてるよ!
水鞠は細い眉をハの字に作り、ヤレヤレといった表情をする。
「魔法使いなら他に居たでしょ?」
「他に?」
ちょっと待て。何を言っているんだ?
「筋肉質なレスラーみたいな奴。お嬢様っぽい奴。金持ちの婦人。アフロ外国人がそうだよ」
「嘘だろ……?」
あそこに居た、キャラがおかしい奴全員じゃねーかよ……。
「自分よりも強い魔法使いに素性を隠されたら感知は難しいからね。おそらく、あの中の二人はエースナンバーを持つ強力な魔法使いだよ」
「何であんな場所に集まっているんだよ……みんなムヒョー好き過ぎだろ……」
「ムヒョーは関係無い。確認しに来ただけ」
「水鞠家当主をか?」
「違うよ。日高の事だよ」
電車の駆動音が人の疎らな車内を通り抜ける。長い車内アナウンスが終わるまで、言葉が出なかった。
「冗談だろ?」
「水鞠家の情報操作もそろそろ限界になって来た。まあ、よく持った方だよ」
水鞠はそう言って自分のスマホを操作し、画面を俺に向けた。そこにはウェブサイトが表示されている。
会員制のニュースサイトの様だ。
『幻の魔法生物 確認される』
内容は、謎の魔法生物と契約した魔法使いが現れた、といったものだった。
ちょ、これってもしかして……。
「水鞠家の風鱗海月と契約した人間が現れたと報じている」
「大袈裟だろ……」
「そんな事は無いよ。召還魔法士や魔法創造者にとっては手に入れたい研究対象」
そう言うと、隣りに座る水鞠が、俺の顔を覗き込む。そして距離を縮めて来た。
「……なっ?」
俺は驚き、引き気味になる。だが追いかける様に水鞠の手が伸びる。
「痛っ!」
強烈なデコピンが俺の額をクリーンヒットした。
「何するんだよ!」
滅茶苦茶痛かったので思いっ切り叫んだ。
「最後、日高にぶつかって来た女の子が一番の大物。西の百瀬家の次期当主。スパイウェアを仕込んで来た」
そう言って掌を開くと、そこには小さな……虫か? 羽虫の様な物がバラバラに壊れた状態になっていた。
「魔法生物だよ。いい度胸だね。これはアタシに対してのメッセージだ。日高は気にしなくていい」
いや、気になるだろ……。めちゃくちゃ気になるよ。
爆弾に改変された風鱗海月を止めるには強引に契約するしか無かった。
運良く契約は成功し、今は壊れた状態で俺の魔法力の空間で漂っている。召還出来るまでには回復していない。
風鱗海月は本来、宇宙に近い距離に居た魔法生物だ。破壊は出来ても、契約する事は不可能だろう。だとしたら、俺をどうにかするのが手っ取り早いに決まっている。
「面倒臭い事になっていないか?」
「簡単な事だよ。修行して強くなればいい」
「答えになってねーよ」
それが大変だから気が重いんだよ……。
でも今から考えても仕方が無い。今の俺には、どうにか出来る力が無い。
ああ、やめだやめだ。切り替えよう。
とりあえず今は、早く帰って夏休みの課題を終わらす事を考えよう。
それまでの短い時間は、このウキウキになっている魔法使いに付き合う事にする。たまにはそういう日もあっていいだろう。
「そうだ日高! ムヒョーダイレクト『海外の反応』動画を一緒に見ようよ!」
「嘘だろ……!? そんなのまであるのかよ……」
次回から話が動きます。
百瀬家の時期当主の年齢を間違えていました。
幼女から女子中学生に変更しました。




