第3話 日高誠とムヒョーイベント
土曜日。遂にこの日が来てしまった。
『白ねこムヒョー 誕生五十五周年ファン感謝祭』
白黒テレビの時代に実写になっている位だ。長寿コンテンツなのは分かるが、実際に数字で見ると凄いな。
隕石でも落ちて中止になれ、と願っていたので、場所も何も調べていなかった。今慌ててスマホで検索している。
今俺が居るのは学校のある南谷駅のホームだ。水鞠コトリとは、この先頭で待ち合わせしている。天気が良く、出掛ける家族やカップルが目立つ。
俺は白の半袖ポロシャツに、ベージュのハーフパンツ、オレンジのスニーカーを身に着けている。水鞠はどんな格好なのだろうか。嫌な予感しか無い。
現在午前八時五十六分。そろそろ待ち合わせの時間だ。
「お待たせ」
水鞠が現れた。まずは装備を確認しなくてはなるまい。
髪は三つ編み。小さな花柄の白いシャツにデニムスカート、そしてグレーのスニーカーだ。大きめな水色のトートバッグを肩に掛けている。
「普通かよ!」
「悪い!?」
てっきりムヒョーグッズのフル装備で来るかと思っていたので拍子抜けだ。あ、トートバッグはムヒョー柄だった。
「アタシだってフルアーマー装備で来たかったよ? でも弓の奴がどうしても聞いてくれなくてさ」
水鞠はつまらなさそうに呟く。
ナイスだよ弓の魔法使い。事故現場になる所だった。フル装備は他の奴と行った時だけにしてくれ。
「で、他の連中は?」
「だから用事があるって言ったでしょ!」
「……とか言って何処かで見ているんだろ?」
俺はそう言って辺りを見渡す素振りを見せる。たが、現れたのは水鞠家の従者で無く、俺達が乗る予定の電車だ。ゆっくりと息を吐きながらブレーキを効かせて前進して来た。
これに乗ったらもう引き返せない。地獄への超特急だ。
「本当に二人だけかよ……」
「心配要らない。都内は安全だから、日高と二人でも問題無い。魔法士協会の管轄だからね」
そう言って水鞠が先頭車両に乗り込んだ。
魔法士協会!? 初めて知ったよ、そんな事。むしろ危険じゃないのか?
俺の魔法解析を妨害する指示を出した奴が居るかも知れない。わざわざエサが猛獣の檻に飛び込んで大丈夫なのかよ。なんて事を考えていると、水鞠は早く乗れと手招きする。
「その件は解決してるから大丈夫だよ」
お見通しか……。拒否する理由を奪われてしまった。もう観念するしかない。
そして怒り顔の水鞠を追いかけ、車両に乗り込んだ。発車ベルが鳴り止み、圧縮空気を放出する音と共にドアが閉まる。
さあ、地獄への旅の始まりだ。
……と、大袈裟にしてみたが、何て事は無い。一つ乗り継いで三十分少々電車に乗っていれば目的地には勝手に到着する。
場所は都内の観光地でもある、「東京スカイタワー」四階イベントスペースだ。駅からゼロ分。迷う事もない。
何故電車移動なのかと思っていたが、魔法で高速移動出来るのは、自分の領地の中だけらしい。納得だ。
走り出す電車の先頭車両の壁にもたれながら、これから起こる事件の数々を想像しては暗い顔を作る。
すると、側に立つ水鞠が口を開いた。
「アタシが我を失ってはしゃぐとでも思ってる?」
「違うのか!?」
すると水鞠はフフンと勝ち誇る様に微笑む。
「アタシは十六だよ? 高校生だよ? わーい、とか、ヒャッハー、っ何てなる訳無いでしょ?」
「それフリだよな。絶対やるだろ」
いや、むしろその位で済むなら良い方だと思っていた。分かりやすいし。訳の分からない謎の行動だけはやめて欲しい所だ。
「そんな心配よりも、ちゃんとDVD見て来たでしょうね」
ジト目で睨んで来る水鞠。勝手に他人の部屋に置いて帰ってその言い草……。本当に酷いな。
「見る時間があるわけ無いだろ。課題がまだ終わってないんだよ。夏休みが終わったらゆっくり見るよ」
「本当!? 絶対だよ!」
目をキラキラさせて笑顔になる水鞠。ヤバい。適当に答えたのに、ガチな反応が帰って来た。とにかく話題を逸らそう。
「こんな早くから出て何をするつもりだ? 限定グッズ販売にでも並ぶのか?」
「それもあるけど……ちょっと! 公式サイト見てないの?」
早速面倒臭いな……。どれどれ。二度と検索する事は無いだろうと思っていたサイトをスマホで検索する。
『全世界同時配信 ムヒョー新プロジェクト大発表! ムヒョーダイレクトで何かが起きる!?』
これかぁ……。なんか大手ゲームメーカーのパクリじゃないか……? ロゴとか似てるし。基本パクリが多いよねムヒョー。
「アタシは新テレビアニメか、映画化だと睨んでいるんだ。これは事件なんだよ。ムヒョーダイレクトは正午から。これをイベントの大画面で見たいんだ!」
これまでに見た事の無い、真剣な面持ちで語る水鞠。責任ある魔法使いの一族の当主として普通にダメでしょ。
俺はスマホの画面を消し、尻ポケットに入れる。
「何年か毎にアニメ化してるだろ。事件でも何でもないだろ」
「事件だよ! 前回のアニメ化の後、制作会社がこれで最後だって言っていたんだ。色々揉めたし」
「揉めたのかよ!」
察した。やはり「海賊ムヒョー」は調子に乗り過ぎだったんだ……。
すると、水鞠はフフンと勝ち誇った様な顔に変わる。
「でも全世界のムヒョラー達は諦めなかった。熱意が企業を動かし、パーフェクトボックス発売まで漕ぎ着けた。その予想を超える売上が奇跡を起こそうとしているのです!」
ムヒョーについて熱く語ると何で話の締めが「です」になるのかは不明だ。
もう、ここまで来たらアニメ化でも映画化でもドラマ化でもしてくれ。大した情報も無く落ち込む水鞠の相手をするのも面倒臭い。
今日のミッションは出来るだけイベントを早く切り上げ、家で課題を進める。これなのだ。
「わーい! ヒャッハー!」
イベント会場に到着すると、水鞠が叫んで駆け込んだ。言ったじゃんやっぱり!
東京スカイタワーは土曜日ともあって大混雑だ。入口のエスカレーターから行列で、人波で酔いそうだった。
そんな人気スポットの一画を使用出来るんだ。かなりの力の入れ様だと言える。実際、教室程度の広さのイベントスペースは大盛況で、老若男女がひしめいていた。
だが遠目から見ていると、何のイベントかよく分からないで居る人も多く、一周見ないで離れる人も多い。立地って大事だよね。やっぱり。
物販は少な目で、ギャラリーがメインの様だ。さすがに五十五周年だけあって、資料だけでもかなりの量になる。巨大モニターではムヒョーアニメのダイジェストが放送中だ。
水鞠は中に入ったきり出て来ない。俺はイベントスペースを遠巻きに見ている知らないお父さんの隣に立ち、手練れの暗殺者の様にスッと気配を消した。
この来場者の中で、本当に好きな人はどの位居るんだろうか。まあ、水鞠よりもディープなマニアは、そうそう居ないだろうけど。
「相変わらず、不思議な音色を奏でているニャね」
突然、女性に声をかけられ、視線を移す。
「──!?」
その姿に言葉を失った。
年齢は同じ位だろうか。ポニーテールに学校の制服姿。まあ、ここまでは普通だ。
よく見るとスカートは異様に短く、黒のニーハイソックス。肩の部分はせり上がって尖ったデザインになっている。リボンは大きく、中央にはムヒョーの顔がデザインされたボタン……って、コスプレの人だ! コスプレの人が居る!
そして逆三角の形をした謎の眼鏡をクイと指で押し上げ、ポーズを決めている。
えっと、お店の人かな。それとも何かのショーの一環? だったら、子供か、ムヒョーが好きそうな奴に声をかけなよ。
……もしかして、俺ってそういう風に見えるのか? だったら本当に勘弁して欲しい。放っておいてくれ。
──いや、違う。
この強烈なプレッシャー。異様なキャラクター。
今の俺には分かる。間違い無い。
──コイツは……魔法使いだ。




